二十二話
俺達は通行の邪魔にならない場所に移動した。
「それで? お前らの話ってのは何なんだ?」
馬場の言葉の中に早くしろという意志がこもっていた。
こっちとしても別に焦らすつもりはない。
俺は逢に説明を促した。
「まず貴方に聞きたい……というか確認なんですが、貴方は今日行われる一斉検挙のことを知っていますか?」
「一斉検挙……?」
馬場は眉をしかめながら問いを繰り返した。
その反応からしてどうやら馬場は一斉検挙のことは知らないようだ。
それはそうか。一斉検挙のことは学生警察内の機密事項だからな。知ってる方が不自然だ。
「その一斉検挙ってのは何なんだ?」
当然のように馬場は質問してきた。話を進めるにあたってそこについては説明しなきゃならないだろう。
俺は再度逢に説明を促した。
逢はコクリと一つ頷いて馬場に説明を始めた。
「実は――」
…………………………。
「――というわけです」
「…………」
逢の話を馬場は黙って聞いていた。
聞き終え、暫ししてから馬場は口を開いた。
「……そんなことになってたのか」
「まぁそれだけ『阿魏斗』の行動が目に余るものだってことだな」
実際、被害の数も相当数にのぼってるしな。
「あの馬鹿が……!」
馬場は怒りと悲しみが入り雑じったような声で呟いた。「あの馬鹿」というのが誰かは解らないが。
「こちらの話は以上です。次はあなたの話を聞かせてもらえますか?」
タイミングを見計らって逢は馬場に話をふった。
「今日これから、あなたが何処へ行き、何をしようとしていたのかを……」
逢の言葉に、馬場は静かに頷いた。
「そんじゃ改めて聞くが、お前は何処へ行こうとしてたんだ?」
俺の言葉に馬場は一瞬迷いを見せたが、すぐに覚悟を決めたようで、静かに話始めた。
「俺が何処へ行こうしてたか、か。それは、まぁお前たちの予想通り、『阿魏斗』のところだ」
「……やっぱりそうか。それで? お前は『阿魏斗』のところへいって何をするつもりなんだ?」
「決まってる……『アイツ』を止めに行くんだ」
馬場は吐き捨てるようにそう言った。
「アイツ?」
俺の代わりに逢がそう聞き返した。
「アイツとは誰のことですか?」
逢の質問に、馬場は重苦しく答えた。
「アイツは、今は『阿魏斗』のリーダーで、俺の……親友だった男だ……」
親友だった? 過去形ということは今は違うのか……。
それにしても……
「『阿魏斗』のリーダーと『JOKER』のリーダーであるお前が親友だったってのはどういうことなんだ?」
親友同士だった二人が、なぜ今別々のチームで敵対しあってるのか解らない。
そこについてはさすがに俺も気になった。
「その話は少し長くなるが……」
「構いません」
逢の言葉に頷き、馬場は昔を思い出すように語り出した。
俺がアイツ――周防暁人に会ったのは、中学に入った時だ。たまたま同じクラスになり、入学当初から浮いていた俺達は自然とつるむようになった。
その頃は何をするのも二人一緒だった。
遊びに行くのは勿論、学校をサボるのも、喧嘩するのも。
いつからか、自他共に認める不良となった俺達の回りに、同じような奴らが集まってきた。日増しに人数が増えていって、高校生になる頃には結構な人数になっていた。
そのせいか他の不良グループ達との争いも絶えなかったが、俺達は誰にも負けなかった。
喧嘩したりバカやったり……思えばあの時が一番楽しかった。
だがそんな日々にも終わりが来た。
あることが理由で、俺と暁人は喧嘩になった。
殴り合いにこそならなかったが、激しい口論になりお互い退かず、そのまま決着のつかない状態で俺は一方的に暁人のもとを去った。あのまま口論を続けていたら本当に殴り合いになりそうだったからだ。
それから暫く暁人に会うことはなかった。
俺も自分から暁人の所へいこうとは思わなかった。いま暁人に会ったところでまた喧嘩になるだけだと思ったからだ。
だがそれがいけなかった。
暁人と喧嘩別れしてから一ヶ月ほどたったある日、たまたま俺は人通りの少ない場所を歩いていた。そこで偶然喧嘩をしてる四人組に遭遇した。
よく見るとそれは喧嘩ではなく、一人をよってたかって暴行しているようだった。しかもそれは最近会ってなかった仲間達で、やられてる奴も同じく仲間の一人だった。
俺はすぐに止めに入った。
ただの喧嘩なら放っておいたが、俺は複数人で一人を襲うのが一番嫌いで許せなかったからだ。
俺が間に入ると、殴っていた奴等は揃って戸惑いを見せた。最近顔を見せてなかった俺が突然現れたからだろう。
仮にも俺はグループのトップの一人だったからその動揺は余計に大きかったと思う。
その場はなんとか俺の顔に免じて三人を引かせ、残った一人に介抱の傍らあの状況になった理由を聞いた。
その内容は信じられないものだった。
そいつが言うには、さっきのリンチは全て暁人の命令のもとにおこなわれていたらしい。
その頃の暁人は仲間の中で自分の意にそぐわない奴を見つけては片っ端から同様の行為を行っていたという。
話を聞き終えた俺はすぐに暁人のもとへと向かった。無論暁人の行為をやめさせるためだ。
向かった先はいつも俺達が溜まり場にしていた空きビルだ。
中に入ると見知った顔の奴らが何人かいたが、どいつも俺を見るとどこかよそよそしい態度で視線を逸らしていった。
俺は構わず奥へと進み、暁人がいるであろう部屋まで向かった。
案の定暁人はそこにいた。
見た目こそ変わりはなかったが、一月ほど前とは別人のような雰囲気を醸し出していた。
その理由はわかる。
敵意だ。明確な敵意をもって暁人は俺の前にいた。
あの一月前の出来事は、今も暁人の中で続いていた。
親友だった人間に敵意をもたれるというのは流石に辛いものがあった。
だがそれとこれとは別だ。暁人が俺に敵意を向けるのは分かる。そもそもの発端は俺と暁人の喧嘩から始まったんだから。
しかし暁人は、本来俺達だけの問題であるはずのことに、何の関係もない仲間達まで巻き込んだ。俺はそれが許せなかった。
俺は暁人を問い詰め、すぐに今の行為をやめるように言った。
だが、暁人はまったく聞く耳を持たなかった。
俺が何を言おうと、お前には関係ないの一点張り。終いには、ここにお前の居場所はもうないと言われ、数人に引きずられるようにして俺はビルの外まで追いやられた。
結局俺は暁人を説得出来ず、その行為を止めることができなかった。
その後、幾度も暁人のもとへ足を運んだが、結局最初のとき以来暁人に直接会うことはできなかった。
俺は自分の無力さを痛感させられた。
過ったことをしている親友さえ止めることができないのかと。
「……そして今に至るって感じだな」
馬場は話終えたという風に溜め息にも似た息を一つ吐いた。
「そんなことがあったんですね……」
話を聞いた逢は感慨深そうにそう言った。
だが俺は、少し疑問に思う所があった。
「お前と『阿魏斗』のリーダーの関係はわかった。だが一つ疑問なんだが、何で今になってまたお前らは争うことになってんだ? 話を聞く限りじゃ今はもう絶縁状態に思うんだが」
「そう言えばそこについて話してなかったな……。俺は、暁人を説得することは無理だと悟った。だが、どうにか虐げられてる奴等を救えないかと考えたんだ。
そして、最初に俺がリンチの現場に出くわした時に助けた奴に連絡を取り、同じような目に遭っている奴等を集めてくれるよう頼んだ。そうして集まったのが今のグループだ。『JOKER』って名前は今の仲間が勝手に着けた名前だがな……。
俺が暁人の所から仲間を引き抜いた後、俺はダメ元で暁人にメールを送ったんだ。『お前に虐げられてる奴等は俺が引き取る。これ以上手を出さないでくれ』っと。幸い暁人のアドレスは変わってなくてメールは送れたんだが、やっぱり暁人からの返事はなかった。だがそれと同じように、向こうからの攻撃も無かった。
それから暫くは何事もなく過ごしてたんだ。けどこの街も広いようで狭い。つい最近、俺の仲間が『阿魏斗』の奴と喧嘩になった。その場は学生警察が駆けつけてすぐに止められたんだが。だがそれが火種になったんだろう。今まで干渉してこなかった『阿魏斗』がその事を境にこっちに干渉してくるようになった。干渉といっても直接的なものじゃない。
この街には幾つか俺達のようなグループが存在するが、普段はそれほど関わり合いがないんだ。どこも大なり小なり自分達の領域を持っていて、基本的にはそこに集まる。暗黙の了解として、他のグループは無闇にその領域で侵すのは禁止されている。
だが『阿魏斗』の連中はそれを無視し、無断で俺達の領域に入り騒ぎを起こした。学生警察のお前たちなら知ってると思うが、アイツらがやっているのは、主に一般学生へ恐喝や暴行だ。多分これは暁人からの警告だろうと俺は思ってる。なぜ直接俺達のところに来ないのかは分からないが、恐らくは脅しだろう。いつ襲ってくるか判らない不安や恐怖感を俺達に与えようとしてるんだ。実際俺の仲間もそういったストレスに晒されたせいか、こちらから仕掛けようとしたりと言った突飛な考え方をする奴等が出てきてる。それこそ相手の思う壺だろうに」
「…………」
確かにその通りだろう。学生警察の資料を見る限り、『阿魏斗』の人数は『JOKER』の倍以上いる。根本的な戦力が違いすぎる。
それは馬場も分かっているのだろう。
だが、事実がそうであっても感情とは別物だ。
馬場が怒りを孕んだ声で言った。
「結局暁人の奴は、いつか俺を……俺達を潰そうと考えていたんだろう。つかの間の平穏の中で俺達を泳がしてなっ!」
そう言った後、話しているうちに高まった感情を落ち着けるように、馬場は二、三度深い息を吐いた。
「だがこのままじゃいずれにしろ俺たちは潰される。折角暁人から解放した仲間たちも、これじゃあ元の木阿弥だ。けど、それだけは避けたかった……。俺と暁人が発端で起きたこの争いに、これ以上仲間を巻き込みたくなかった。だから俺は、一人で暁人の下にいこうと思った。今度こそ暁人とけりをつけるためにな……」
「ですが……」
逢の言葉を遮るようにして馬場は言った。
「分かってる。もう学生警察が動いてるんだろう?」
「……はい」
「ならいいんだ。実際俺一人がいったところで確実に暁人を止められるかどうかは微妙だったんだ。その点、お前達に任せておけば確実に『阿魏斗』を抑えることができるだろうしな」
そう言って馬場は笑って見せたが、その顔はどこか無理をしているような顔だった。
今は敵対し合ってるとはいえ、もとは親友同士。何か話したいこともあったのかもしれない。
「ひとつ聞いていいか?」
「なんだ?」
「結局お前と周防暁人の喧嘩の理由ってのは何なんだ?」
俺の質問に、馬場は首を横に振ってから言った。
「人に話すほどのことでもない、くだらないことだよ……」
「……そうか」
誰にでも話したくないことはあるだろう。俺もそれ以上深くは追求しなかった。
「それじゃあ俺はもう行くよ。勝手言って悪いが、後はお前たちにまかせた」
「あぁ」
そう言って馬場はもと来た道を引き返していった。
だが、俺はそこでひとつの違和感を感じた。
しかし何が変なのかが分からない。
なんだ、何がおかしい? 馬場の話か? いや、それは違う。あいつの話は多分本当のことだろう。あいつの目は嘘を言ってる目ではなかった。
ならなんだ?
俺は去っていく馬場の後姿を見た。
そこで俺はあることに気づいた。
馬場の去っていく方向。それは朝美駅のあるほうだ。
あいつはいま来た道を引き返している。それは俺たちも辿ってきた道だ。
そしてここはエリア2。朝美駅から南朝美駅方面の範囲だ。
俺は昨日の彗華の話を思い返した。確か『阿魏斗』のアジトはエリア1の最端と言っていたはずだ。
なのに馬場はここにいた。あいつは『阿魏斗』のアジトにいこうとしていたはずだ。ならここにいるのはおかしいんじゃないか?
俺が無言で考え込んでいたせいか、逢が心配そうな顔で話しかけてきた。
「先輩、大丈夫ですか? 珍しく考え込んでるみたいですが」
「珍しくは余計だ。だがそれよりも、だ。少し気になることがある」
「気になること?」
「今からそれを確かめる」
そう言って俺は、小さくなりつつある馬場の背中を追った。
突然走り出した俺に、逢も慌てて付いてきた。