二十一話
一斉検挙当日。
作戦開始時間は十七時ジャスト。
現在時刻 十五時。
開始まで残り二時間。
俺達は事前の作戦通り街の警備に当たっている。俺達の担当はエリア2。一番初めの仕事と同じ場所だ。
これといって街の様子に異常は無いが、今日は休日と言うこともあり街の中は一般の学生達で溢れている。
警備強化によりいつもより多くの学生警察が投入されてるとはいえ、街中で騒ぎがあってもすぐにはそれと気づかない可能性がある。
それも考慮し、普段録画のみでなにかあった場合にのみ再生する監視カメラの映像を今日はリアルタイムでチェックしている。
異常があればすぐに各学生警察に連絡が来るようになっている。
俺達が警備を始めて二時間、今のところまだ一度も連絡は来ていない。
「暇だなぁ……」
俺がこの言葉を発したのは何度目だったか。
だって二時間歩き回ってるだげなんだぜ?
飽きるっつーの。
「先輩、ちゃんと集中してください」
そんな俺の不真面目な態度を逢がたしなめてきた。
「いつ何が起きるか解らないんですから」
「はいはい」
相変わらず真面目な奴だなぁ。
逢は先程から警戒するように辺りを見回しながら歩いていた。時たますれ違う他の学生警察の奴も同じような感じだ。
悪いことではない。
だが、人間の集中力がそれほど続くかと言われれば、答えは否だ。
以前聞いた話だと、普通人間の集中力は平均で二十~三十分程しか持たないらしい。しかも集中力が持続しているかは本人には殆ど分からないという。
だから本来ならば適度な休憩を挟んだ方がいいのだが……まぁ言って聞くような奴じゃないか。
内心で溜め息を吐きながら、俺は逢の後ろをついていった。
男が歩いている。
その足取りに迷いは無く、その目には確かな決意が見てとれた。
「アイツらを巻き込むわけにはいかない……!」
口に出すことで更に決意を固める。
「俺が、アイツらを守るんだ……!」
男……馬場恭二は、更に歩みの速度を速めた。
仲間を守るため、一人敵地へと。
だが彼が歩みを進め、曲がり角に差し掛かった時、運悪く向かい側から人が現れた……。
「きゃっ!」
「うわっ!」
曲がり角を曲がった時、運悪く反対側からも人が来ていて、前方を歩いていた逢とぶつかった。
「っと」
俺は反動で倒れそうになった逢を受けとめた。
「大丈夫か?」
「あ、はい、すいません……ありがとうございます」
どうやら特に怪我などはしてないようだ。
「そっちのお前は?」
俺はまだ地面に尻餅をついている男にも声をかけた。
「あ、あぁ……こっちも大丈夫だ」
言って男は立ち上がった。
「すまない、急いでいたもので……」
「いえ、わたしも注意して無かったので」
やっぱり集中力が切れてきてるか。注意力が散漫になってるのもそのせいだな……と一人納得する俺。
「それじゃあ悪いが俺はこれで。本当にすまなかった」
そう言って男は足早に去っていった。
どうも何か焦っているように感じたが……。
とそこで、俺は先程男が尻餅をついた辺りに何かが落ちてるのに気づいた。
拾い上げて見るとそれは、
「財布だ」
「もしかしてさっきの人のじゃないですか?」
「とりあえず中に持ち主がわかるものが入ってるか見てみるか」
俺は財布を開き、何か手がかりがないか確認した。
他人の財布の中を漁るというのは心苦しかったが(嘘)、そのお陰で持ち主を特定できるものを発見した。
「免許証があったぞ」
「これで持ち主がわかりますね」
俺はすぐに免許証の顔写真を確認した。
するとその顔写真は先程の男と同じ顔だった。
「やっぱりさっきの奴のだ」
「先輩、その人の名前は?」
「名前? えーと、馬場……馬場恭二だ」
「え!?」
俺が名前を言うと、逢は驚いたような声を出した。
「お前こいつのこと知ってんの?」
「先輩、昨日の資料ちゃんと読んで無いんですか?」
「もちろん読んでない」
「…………」
逢は呆れて声も出ないようだった。
だってああいうの読むのって面倒臭いじゃん?
まぁ過ぎたことは置いといて、それよりもだ、
「で? その資料と馬場になんの関係があんだ?」
「……はぁ、あのですね、資料によると『JOKER』のリーダーの名は馬場恭二」
「……こいつじゃん」
「そうです、さっきの男です」
「へぇ……」
アイツが『JOKER』のリーダーだったのか。こんな所で会うなんて、偶然ってあるもんだな。
俺が一人感慨に耽っていると、逢が神妙な声で言った。
「ただ、少し気になりますね……」
「? なにが?」
「馬場は今日の一斉検挙のことを知らないとはいえ、今現在『阿嶷斗』と険悪な状況下にいます。なのにこんな所を一人で出歩いているなんておかしいと思いませんか?」
「そうか? たまたま一人でいただけだろ」
「その可能性もあります。ただ、それにしてはなにか急いでいたような……」
逢は馬場の出現が妙に気になっているようだ。
学生警察としての経験からか、はたまた女の勘か。
馬場の一人行動。しかもなにか急いでいる、か。
仕方なく俺も考えてみる。
二つのグループの険悪な状況。
片一方はやる気で、もう一方は争う意思無し。
だがこのままだと遅かれ早かれ争いは始まる。
争う気のない方としては何とかしてそれを避けたい。
……ではどうするか?
…………………………。
「……自分を犠牲に仲間を守る、か」
「え?」
俺の漏らした言葉を聞いてたのか、逢が反応した。
「どういうことですか?」
「いや、少し馬場の立場になって考えてみたんだ……抗争を止めるにはどうするべきか」
「それがいま先輩が言った?」
「あぁ。あくまで推測だが、馬場は一人で『阿魏斗』に向かおうとしてるんじゃないか? 馬場は今日の一斉検挙のことを知らない。だからこのままいけば、いずれ抗争は免れないと思っている。しかも争いが始まれば自分達が不利なことも分かっている。ならどうするのが一番被害が少ないか。答えは簡単だ……降伏するんだ。戦う前に、争いが始まる前に、自分から負けを認めるんだ」
「降伏、ですか? でもそれじゃあ相手の思うつぼなんじゃないですか?」
「確かに、ただ降伏するだけじゃ結局は『阿魏斗』に取り込まれるのが落ちだ。そこでリーダーである馬場の出番だ。馬場が一人で『阿魏斗』のアジトに赴き、そこで交渉するんだ。『俺はどうなってもいい。その代わり仲間には手を出さないでくれ』みたいな感じのな」
俺が推論を言うと、逢は珍しいものでも見たかのような顔をして言った。
「……驚きました、先輩がなんか探偵みたいです!」
「まぁな。つっても今の話、この間大和に借りた漫画におんなじような話があったから言ってみただけなんだけどな」
「…………」
一瞬にして冷やかな視線に戻った。
何故だ? 漫画の知識だからいけなかったのか?
「はぁ、全く先輩は……でもあながち間違いじゃ無いかも知れませんね」
「だろ?」
「はい、ですから万が一のことも考えてすぐに馬場を追いましょう」
「はい?」
え、追うの? いまから? まーたまたぁ。
「……冗談はよし子ちゃん」
いまから追うとか最高に面倒くさいだろ。ここに留まってた時間を考えると、馬場は結構先に進んでるだろうし(面倒くさいし)、それにさっきの話だって結局は推測だし、絶対そうだってわけでもねぇし(面倒くさいし)、財布だって後で連絡して取りに来てもらえばいいし(面倒くさいし)……
「よし子? なに変なこと言ってるんですか先輩、早くいきますよ」
「……はい」
……………………………………………………。
馬場はすぐに見つかった。
お陰でこちらは無駄に走らされるはめになったが……。
「おーい」
少し離れた後方から呼んでみたが、自分が呼ばれていると思ってないのか馬場は反応しなかった。
「おーい、馬場恭二~!」
さすがに自分の名前を呼ばれて気づいたのか、馬場は辺りを見回してこちらに振り返った。
「……なんでお前が俺の名前知ってるんだ?」
追いついた俺達に、馬場は訝るような目でこちらを見てきた。
それはそうだ。さっき会ったばかりの人間が自分の名前を知っていたら変に思うのは当然だろう。
「まず先にこれを返しとく」
変な疑いを晴らす意味も込めて、俺は持っていた財布を差し出した。
「……これは、俺の財布?」
「あぁ。多分さっきぶつかったときに落としたんだろう。悪いが持ち主の確認の為に少し中を拝見させてもらった」
「だから俺の名を……そうか、悪いな、わざわざ届けてもらって」
「いえ、ぶつかったのは私なので」
馬場は財布をしまうと、申し訳なさそうに言ってきた。
「本当に悪かったな、折角のデート中なのに俺のせいで時間を取らせちまって」
「……」
何を勘違いしたのか、この男は俺と逢がデートをしていると思っているらしい。
「で、デート!?」
馬場の言葉にことのほか強く反応し顔を紅くする逢。いつもの冷静さは何処にいった?
デートじゃないことは自分が良く分かってる筈だが……。
「別に俺達はデートをしてた訳じゃない」
「そうなのか?」
俺の否定に、馬場は少し驚いたような反応を見せた。
だが面倒なのでそれは無視し、俺は本題に入ることにした。
「実はお前を追いかけてきたのは財布を返す為だけじゃない」
「……どういうことだ?」
意味が解らないという顔をする馬場。
「お前に少し話がある」
「……悪いが他に用があるんだ。別の日にしてくれ。礼もその時にする」
「あ~それじゃあちょっとばかし遅いんだよな。こっちもあんま時間がないんだ」
「……なに?」
馬場は少し警戒する雰囲気を出した。
「そう警戒すんなよ、ただちょっと聞きたいことがあるだけだ」
「……なんだ?」
「お前……これからどこに行こうとしてんだ?」
俺は馬場の目を見ながらそう聞いた。
「……そんなの、お前には関係ないだろ」
答えた馬場は、顔や声は平常を保ったままだった。が、俺には分かった。俺が見ている馬場の目……その目には、ハッキリと動揺がみてとれた。
俺はそのまま質問を重ねた。
「『阿魏斗』のいるところに向かおうとしてるんじゃないのか?」
「――!?」
今度は見た目にもハッキリと動揺してるのが解った。
「……なんでお前がそのことを!」
図星かよ! 漫画の知識パネェな……。
笑いそうになるのをグッと堪え、俺は努めて平静を装った。
「あなたが『JOKER』のリーダーなのは解っています。それを踏まえて、少しお話させてもらっても構いませんか?」
努めて冷静な逢の声。さっきまで一人動揺していた人物とは思えない変わり身だ。
「お前ら、何者だ……?」
「わたしたちは学生警察です」
「……そうか、だから俺のことを」
俺達が学生警察と知って、馬場の警戒心が薄れた。馬場も今回の件で、学生警察が味方じゃないにしろ、敵で無いことは解っていたのだろう。
「はい。その上であなたにお話があります」
「……わかった。その話、聞かせてもらおう」
まず始めに……
皆様申し訳ありませんでした!!!!!!
長い間放置してしまい、私の小説を楽しみにしてくださっていた方々には大変ご迷惑お掛けしました!!
言い訳になってしまってしまうのですが、実は10月の後半からですね、ちょっと学業のほうが忙しくなってしまって課題やら論文やらに追われてしまい、その上更に今度は就職活動まで始まってしまい、執筆どころじゃなくなってしまったというわけなんです……。
私の勝手な都合により投稿が滞ってしまったこと、深くお詫び申し上げます。
今後はなるべく投稿していくつもりですが、なにぶん現在進行形で就活真っ最中なので、楽しみにしてくださってる方には申し訳ないのですが、やはり幾分更新が遅くなるやもしれません。
こんな状況ですが、皆様、今しばらくお付き合いいただければと思います。
本当に申し訳ありませんでした。