表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/32

十九話

 朝、誰かの近づいてくる気配で目を覚ました。

 大方気配の主は逢だろう。

 昔の修行のせいか、いまだにこういった気配などに敏感に反応してしまうのはもはや習慣みたいなものだ。

 いついかなる時も警戒は怠るな、とは俺のじいさんの言葉だ。

 いまの生活の中でそうそう警戒するようなことも無いと思うのだが、一度身につけた習慣はそう簡単には無くならないらしい。

俺は逢の気配がそばに来るのを待ってから声をかけた。


「もう起きてて大丈夫なのか?」

「――っ!」

 逢は寝ていると思っていた人間から突然声を掛けられ、体をびくりとさせて驚いていた。


「起きてたんですか?」

 思いがけず自分が驚かされた事が不満だったのか、逢は責めるような声で聞いてきた。


「まぁな」

 俺はそんな逢の様子には触れず、適当に答えながらソファーから身を起こした。

 視界に写した逢の姿は、既にいつも通りの制服姿に着替えられていた。


「それで? もう一度聞くけど体調は?」

「はい、もうすっかり良くなりました」

 そう言った逢の顔色も良く、体もふらついたりせずしっかり立っていることから俺はその言葉が嘘ではないだろうと思った。


「そうか、そりゃよかった」

「先輩には色々ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」

 律儀に腰を折って謝罪する逢を見て、俺は思わず苦笑を漏らした。

 最初にあった頃も同じように謝られたことがあったなと。

 ただ、あの時のように責任を感じ、自分を悲観するようなことが無かったので、こいつも少しは変わったのだろう。

 真面目なのは変わりねぇけど。


「それで? お前は今日どうするんだ?」

「はい、体調も治ったのでちゃんと学校に行きます。なのでわたしはこれから一度家に戻ろうと思います」

「なんだ、このままうちから行けばいいじゃねぇか」

「いえ、鞄の中身が昨日のままなので一度家に帰って今日の授業の準備をしなきゃならないので。それに、昨日はその……お風呂に入っていないので、それも……」

 恥ずかしかったのか、後半になるにつれ逢はだんだんと声が小さくなっていった。


「病み上がりだからあんま風呂に入るのはお勧めできないが……そうだ、なんならまた俺が拭いてやろうか?」

 茶化しなが言った俺に、逢は冷ややかな視線を向けてきた。


「……先輩」

「すいません冗談です」

 どうやら風邪が治ったのと一緒に、冷たい逢も戻ってきたようだった。


「まったく……それじゃあわたしは家に戻ります。いつもの時間になったらまた来ますんで」

「そうか、それじゃあ俺はもう一眠りすっかな」

 先程時計を確認したらまだ朝の六時をまわったところだった。二度寝をするには十分時間がある。

 そんな俺を見て、逢は呆れたように溜め息をついたがそれ以上は何も言わず、失礼しますと言って家を出ていった。




 あれから普段と変わらない、と言ったら語弊があるが、ここ最近では当たり前となった逢との朝の一連を終え、俺達は学校へと向かった。

 途中知り合いに会うこともなく、そのまま二人で学校へ着き、別れの挨拶をしてそれぞれの教室に向かった。

 教室に入ってすぐに大和と千里がやって来て昨日休んだ理由を聞かれた。

 二人には昨日の朝のうちにメールで『今日は休む』とだけ連絡し、その後は連絡を取っていなかった。

 千里からは何度か連絡があったがその都度タイミングが悪く、返事をすることが出来なかった。


「それで? 昨日はなんで休んでたんだ?」

 大和からの質問に、俺は特に隠す必要は無いと思い、昨日の出来事を簡単に二人に話した。


「……大変だったみたいね。それで? 石動さんは大丈夫なの?」

「一応な。今日はもう学校にきてるぞ」

 つっても病み上がりだからな。完全復活とまではいかないだろうけど。


「そう、良かった……」

 千里は安堵したのか心配そうだった表情を弛め……たかと思いきや、すぐさまジトリとした視線で俺を睨んできた。


「それはそうと慶介。あんた石動さんに変なこととかしてないでしょうね?」

「あ? 変なことってなんだよ」

「それはもちろん、弱って動けないのをいいことに慶介が逢ちゃんに無理やり良からぬことを……」

「するわけねぇだろーが」

 ったく。千里たちは知らないとはいえ、あんなにも甲斐甲斐しく世話をしたというのにこの扱い。

 倒れた逢を運んだり、薬を買いに奔走したり、なれない料理を作ったり、ご飯を食べさせたり、『窮屈な制服を着替えさせ、汗をかいた体を拭いてやったり』と、こんなに頑張ったのにも関わらず疑われるとは。


「……ねぇ、なんかいま不穏なものを感じたんだけど?」

「気のせいだ」

 モノローグに『』とか付いてないから、気のせいだから。

 それにしても、


「まったくお前らは。人をなんだと思ってるんだ。相手は病人だぞ?」

 俺は二人に呆れた顔をして言った。


「だって……女の子とずっと二人きりなんて……」

 千里が一人で何か言っていたが、声が小さくて聞き取れなかった。

 聞き返そうとするよりも早く大和が入ってきた。


「でもさぁ、男ならこうガァーってなったりしなかったわけ?」

「お前みたいなクソ野郎と一緒にすんじゃねぇよ」

「ひどっ! そこまで言うこと無いじゃん!」

 大和のようなアホは放っておこう。

 それにしてもここまで信用が無いとはな。俺のような善良な人間は世界中探したって見つからないというのに。

 ん? いま鼻が少し伸びたような……気のせいか?




「そういやさぁ、最近街の中に変な奴ら増えてきてるよな」

「変な奴ら?」

 俺は唐突な大和の話に聞き返した。


「なんか(いか)ついっつーか、こう柄の悪い奴らがさ」

「あたしもそれ思った! 昨日の帰りとかも何人か見かけたし」

 大和の言葉に千里も覚えがあったようだ。

 かくいう俺も、話を聞き少し前に気になっていたことを思い出した。

 

「うちの学校じゃないけど、他の学校で何人か絡まれた奴もいるらしいぜ」

 実質的な被害も出てるのか。学生警察ガードはこの事を知ってるのか?


「あたし達も気をつけないとね」

「……そうだな」

 確かに、周りの人間に被害が出る前になんとかしたほうが良さそうだな。

 ここは逢、いや彗華辺りと一度話をしてみるか。

 なにか面倒なことになりそうだが。



 放課後になり、合流した俺と逢は気持ち足早に学生警察ガードへと向かった。

 道すがら逢に話を聞くと、どうやら逢のクラスでも同じような話があったらしい。

 やはり街の様子の変化に他の人間も気づいているということか。


「今日は少し急ぎましょう。早くこの事を所長に聞きにいかないと」

 自分が気づかないうちに良からぬことが起きていたことと、そんな中で休んでしまったという焦りか、逢は学生警察への足取りがだんだんと速くなっていた。

 仕方なく俺もそれについていっていたのだが、


「ちょっと待て」

 突然に呼び止めた俺に、逢は立ち止まって振り返った。


「なにかあったんですか?」

 神妙な顔をしている俺をみて、逢は何事かというような顔した。


「喉渇いたから飲み物買ってきていいか?」

「は?」

 俺の言葉に、逢は「なに言ってんだコイツ」みたいな顔をしていた。

 だが俺にもちゃんと理由はある。

 今日は湿度が低いのか空気が乾燥していてやけに喉が渇くのだ。しかもいまは炭酸な気分だ。喉を潤し、且つ炭酸のシュワッとする爽快感が味わいたい。

 しかしそんな俺に逢は、


「我慢してください」

 無慈悲にもそう言った。


「ちょ、なんでだよ。大丈夫だって、パパっといって買ってくるから」

「ダメです。この辺自販機もコンビニも無いんですから。あるとこまで戻ると時間が掛かります。それに学生警察に行けば給水機も自販機もあるんですからそこまで我慢してください」

 逢は「急ぎますよ」と言って先に進んでしまった。

 倒れたときはあんなに素直でいい子だったのに治った途端これか……

 俺は一抹の寂しさを抱きながら逢の後についていった。




 学生警察に着いてすぐ、俺達は会議室へいくように言われた。

 いきなりのことに疑問を感じつつも俺達は会議室へと向かった。


「きたか」

 俺達が会議室に着くと、そこには彗華を始め、既に学生警察の他の面々が揃っていた。


「みんなお揃いでどうしたってんだ?」

 会議室に集まってる奴の中には今日は非番の人間もいた。

 一体これだけの人数が集まっていまから何をするというのか。

 その疑問には彗華が答えた。


「そのことだが、いまから緊急会議を行う」

「緊急会議、ですか?」

 彗華の言葉に逢も驚きを感じているようだ。


「緊急会議って、なんかあったのか?」

「それを今から説明する。君達も早く席に着きたまえ」

 言われ、俺達は後ろの空いている席へと座った。

 俺達が座るのをみてから彗華は話を始めた。


「それではこれより緊急会議を始める。今日君たちに集まってもらったのは他でもない、ここ数日のうちに増えた通報や苦情の件についてだ。気づいている者も要るかも知れないが、最近街の中に柄の悪い連中が増えてきている。その影響か、あちこちで恐喝や暴行などの被害に遭ったものが多数出てきている」

「先輩、これって……」

 彗華の話は今日俺達が聞いたのと同じものだった。


「どうやら彗華達も気づいてたみたいだな」

 というかそんなに苦情とかもきてたのか。俺達が知らないだけで被害は意外に多いらしい。


「それを受け、我々は調査班に依頼してこの街の現状を調べてもらった。その結果わかったことがある」

 調査班か、そんなものまで要るんだな。

 俺は話の内容とは違うところに感心していた。


「実はいまこの街で起きていることにはとある二つの不良グループが関わっているようだ。一つは『JOKER』というグループ、もう一つは『 阿魏斗(あぎと) 』というグループだ。この二つのグループの抗争が今回の問題に繋がってくる」

 彗華の話を聞いた学生警察の面々は一様に戸惑いの表情を見せていた。

 そもそも不良の喧嘩が何故、街にいる一般の学生に被害を及ぼしているのかというのが気になる。

 会議室がざわめき出したところで彗華の声が響いた。


「静粛に! これから何故このような経緯になったのかを説明する。まずことの発端は両グループによるほんの些細ないざこざから始まったらしい。いざこざ事態は下っぱどうしの喧嘩で、その喧嘩は巡回中だった学生警察によりすぐに止められたようだ。だがその喧嘩で起きた火種を無理やり大きくしようとした者がいた。それが片一方のグループ『阿魏斗』だ。『JOKER』の方は所詮は下っぱの喧嘩ということで争う意思は無いらしい。というより『JOKER』自体好戦的なグループではなく、仲間内で集まって面白可笑しく騒いでるだけのグループのようだ。しかし『阿魏斗』の方はそうではなく、好戦的で恐喝や暴力も平気で振るう典型的な不良グループだ。そして別の不良グループである『JOKER』の存在も前々から気に入らなかったらしい。そこに丁度よく今回の喧嘩騒動があり、それを気に『JOKER』というグループの排除、もしくはグループ自体を取り込もうと企ているらしいのだ」

 なるほどね。じゃあ街にいる連中は『阿魏斗』の連中で、大方『JOKER』への牽制、あるいは威嚇で、恐喝は戦闘資金の調達といったところか。

 なんともまぁ迷惑な話だ。


「そこでだ、今回の緊急会議の本題。この街に起きてる被害をどうするかということなのだが……」

 言葉を区切った彗華に皆の視線が集まっていた。

 被害をどうにかするということは、やはり学生警察総出でことに当たると言うことだろう。

 予想以上に事態は大事のようだ。

 そして、彗華は全員の視線を受け、いつものように大仰に宣言した。


「我々はこの事態を受け、現在この街に実質的な被害をもたらしている『阿魏斗』の一斉検挙を実行する!」



 ほう、一斉検挙か。彗華も大胆なことをするな。

 ここに集まっている他の学生警察の奴らも彗華の発言に驚きを隠せないようだった。隣に座る逢もそれは同じだ。

 でも戸惑いはすぐに治まり、それ以上に皆やる気になっているようだった。

 だが言うほど簡単ではないだろう。

 相手はそこら辺にいる奴らと違って喧嘩慣れしてる筈だし、人数だって結構いる筈だ。

 さすがに難しいと思うが……。

 まぁ彗華にも何かしら作戦があるのだろう。

 俺はそれを聞くために彗華の言葉に耳を傾けた。


「それでは、今回の一斉検挙に辺りその作戦を説明する。だが作戦と言っても至極簡単だ。今回の作戦では、奴らの根城にしている場所を叩く。今回、調査班の働きにより、『阿魏斗』が溜まり場にしている場所が判明した。そこを我々学生警察の総力を持って完全包囲し突入する。突入部隊については本部、支部よりこちらで抜選した人員によって編成する」

 支部からも人員がくるのか。そうとう大掛かりな作戦だな。

 真治や山寺達もやる気になってるみたいだし、みんな仕事熱心だな。


「作戦の結構日は四日後。詳細については前日の会議で話す。今日からの見回りは人員を増やし、今まで以上に強化して行う。各自気を抜かないようにしっかりやってくれたまえ。それでは緊急会議を終了する、解散!」

 会議の終了と同時に、皆期待や興奮の入り雑じった表情で部屋を後にしていった。

 俺達も見回りに行くために部屋を出ようとしたところで彗華に呼び止められた。


「そういえば逢君、体調はもういいのかい?」

「はい、お陰さまで。昨日はお休みしてしまい申し訳ありませんでした」

「気にしなくていいよ、風邪なんていつ引くか分からないからね。それよりも治って良かったよ、今日からは少し忙しくなりそうだからね」

 彗華の言葉に逢も神妙な顔つきになった。


「そういや俺達も突入部隊には入るのか?」

 俺の質問に彗華は首を横に振って答えた。


「まだ部隊の編成はこれからだが、多分逢君と君は突入部隊には入らないよ。元々逢君は荒事担当ではないし、君はまだ新人だ。それに支部からも人員は来るからね。君達は当日、街の見回りになると思うよ。いくら一斉検挙といっても全ての人員を連れていって街の警護を疎かにするわけにはいかないからね」

「そりゃ確かにな」

 目先のことばかりに囚われて、本来の役割を忘れてちゃ元も子も無いからな。

 まぁ俺としても街の見回りしてた方が楽でいいし。


「それじゃあ今日からの見回りはいつも以上によろしく頼むよ」

「はい!」

 そう言って彗華は先に部屋を出ていった。

 俺達も後を追うように部屋を出て見回りに向かった。




 見回りに出てすぐに、俺は自販機を見つけて駆け寄った。


「これこれ、これだよ! やっと買えるぜ」

 そう言って俺は財布から小銭を出し、投入口に入れていく。コーラのボタンを押し、ゴトリと音をたてて出てきた缶を取り出し、プルタブ開けるとプシュッと炭酸の抜ける音がした。俺はすかさず一口飲み、


「かぁ! うめー!!」

 口の中で弾ける炭酸、喉の奥が焼けつくようなこの感じ。

 生きてるって素晴らしー!


「突然走り出したかと思ったら……もう、仕事中ですよ……」

 後から追い付いてきた逢が、俺を見て呆れたように言った。


「んなこと言ったってしょうがねぇだろうが。結局学生警察の中でもなんも飲めなかったんだから」

 ついてすぐに会議室にいかされたせいで結局飲み物を買う時間が無かったのだ。


「はぁ、さっき会議でも見回りを強化するって聞いたばかりじゃないですか」

「まぁ細かいこと気にすんなよ」

「先輩は少しくらい気にしてください」

 いいじゃねぇかよ飲み物くらい、これだから真面目ちゃんは……。


「ほら、いつまでも立ち止まってないで行きますよ先輩」

「ヘイヘイ」

 逢に促されて俺はコーラを飲みながら付いていった。




 歩いていると何処かからか微かに声が聞こえた気がした。


「先輩、今声が聞こえませんでしたか?」

 逢も聞こえたということはどうやら俺の幻聴では無いようだ。

 俺は声の出所確かめようと耳を澄ましてみた。

 すると、五メートル程先に見える路地裏の方から声が聞こえてくるのが分かった。


「多分、あそこの路地裏からだな」

「路地裏ですね!」

 逢は場所を聞くや否や止める間もなく駆け出していった。

 これが昨今の不良ならともかく恋人同士の逢瀬とかだったらどうすんだよ。めっちゃ気まずいじゃん。

 そう思いながらも俺は仕方なく逢の後を追った。



 まぁ結果的には逢の予想はあっていたようだ。

 俺が逢に追い付くより早く、逢の声が聞こえた。


「あなた達、何をやっているんですか!」

 俺も追い付き、逢の後ろから路地を覗いた。

 そこには厳つい風貌の二人組と、壁に背を預け二人と向かい合うようにしている気の弱そうな学生が一人いた。

 状況からみてカツアゲでもしようとしていたのだろう。

 二人組は俺達をみて威嚇するように声を荒げた。


「あぁ? んだよテメェ等?」

「調子こいてシャシャッてっとやっちまうぞ!」

 おぉ! まさに不良って感じの奴らだな。

 俺が変なところで感心していると、逢は不良達に怯まずに宣言した。


「わたしたちは学生警察ガードです! あなた達を恐喝の容疑で逮捕します!」

 その逢の言葉を聞き、不良達の顔色が変化した。


「な、お前等学生警察か!?」

「お、おいどうする?」

 不良達が狼狽していると、襲われていた学生がタイミングを見計らって声を出した。


「た、助けてください!」

 学生は逢が学生警察ガードと知り、すかさず助けを求めた。

 いやまぁいくら逢が学生警察ガードだからって女の子に助けを求めるのもどうかと思うけどな。

 俺はコーラを飲みながらそう思った。

 だがここで逢が失敗だったのは、名乗るのが早すぎたということだ。

 相手との距離が離れていて向こうが何か行動した時にこっちの対応が間に合わなくなってしまう。

 そしてそれはそのままの通りになった。


「おい、学生警察はさすがに不味い。逃げるぞ!」

「お、おう!」

 自分達に部が悪いと思ったのか、不良達は路地の反対側へと逃げ出そうとした。


「ま、待ちなさい!」

 逢も咄嗟にそれを追おうとした。

 だが、不良の一人がそれを阻もうとしたのか、襲っていた学生を逃げる際に逢の方に向けて突き飛ばした。


「うわっ!」

「きゃっ!」

 逢は咄嗟に学生を受け止めようとしたが、万全の状態ならまだしも病み上がりということもあってかさすがに男一人を受け止めきれず、そのまま後ろに倒れてきた。

 そして倒れてきた逢はタイミング悪くコーラを煽っていた俺にぶつかった。


「ぶっ!!」

 俺は逢にぶつかられた衝撃で飲んでいたコーラが気管に入り、盛大にせた。


「先輩、なにやってるんですか! 早く追ってください!」

「ゴフッ! ガハッ! ヒュー、ヒュー、ゴッホ、ゴッホ! ハヒー、ハヒー、オェッ!」

 無茶言うなよ。気管に入ってせてるのに加え、飲んでたのが炭酸飲料だったせいで喉が焼けつくように痛いし、噎せた拍子に逆流したコーラが鼻を通って穴から出たりしてる俺にそんなことできるわけねぇだろうが。

 そうこうしているうちに不良達は逃げ、路地には倒れた学生と逢、そして前屈みて壁に片手をつき、目から涙、口と鼻からコーラを撒き散らしながらせている俺だけが残っていた。




「はぁ、まったく先輩は肝心なときに役に経たない人ですね」

 歩きながらも逢はずっと俺を責めていた。


「いやいや、あれは半分位お前のせいだろ」

 誰のせいで噎せたと思ってんだよ。


「あんな場面でコーラなんか飲んでるからじゃないですか。そもそもあの状況で飲んでること自体おかしいんですよ」

 反論のしようがない逢の言葉に、俺は黙るしかなかった。



 あの後、すぐに学生警察に連絡をし、絡まれてた学生に事情を聞き、俺達が来るのが早かったため何も取られずにすんだというのを確認した。

 学生には、なるべく人通りの多い道から帰るように言って別れ、俺達は再び見回りに戻った。


「それにしても、こんなに早く遭遇するとはな」

 学校や学生警察で話を聞いた後に実際に現場に遭遇するとは。運がいいのか悪いのか。


「まぁ結局逃げられちゃいましたけど」

「しつけぇなぁ、人が話題変えてんのに引っ張んなよ」

「それは先輩が言う台詞では無いですね」

 いつまでも根に持つ奴だなぁ。


「それはそうと、やっぱり所長の判断は正しかったみたいですね」

「なにが?」

「見回りの強化ですよ。わたしたちがこんなに早く事件に遭遇したというのはそれだけ事件が増えているってことじゃないですか」

「まぁな」

「これから一斉検挙まで、私達も忙しくなりそうですね」

「はぁ、面倒くさいことこの上ねぇな」

 ったく、阿魏斗だかなんだかしらねぇが余計なことしてくれたぜまったく。

 俺は一斉検挙の日までのことを考え、気が重くなるのを感じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ