二話
翌日、俺は学校の教室の机に項垂れていた。
「はぁ……」
結局飯にはありつけなかった。昨日の夜から水しか飲んでいない。健康的な男子としてこれは由々しき事態である。
そんな感じで一人だれていると一人の男子生徒が話しかけてきた。
「おいおいどうした? 今日はいつにも増してだるそうだなぁ」
そう言ってやってきたのは、一年のときから同じクラスの東山大和だった。俺は仕方なく顔を上げ、大和の顔をみながら……
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
おもいっきりため息をついた。
「いやいや! お前人の顔見て盛大にため息とか失礼すぎんだろ!?」
「気にすんなよ」
「いや気にするから! こっち見ていきなりそんなため息されたら誰だって気にするから!!」
「うるせぇなぁ。いつものことじゃねぇか」
「いつものことじゃねぇよ! そんなことされたことねぇよ!」
「俺はいつも内心でため息ついてるぞ。『ああ、また来たよ』って。多分クラスの皆もな」
「え、なに? 俺そんな嫌がられてんの!?」
「うけるな(笑)」
「うけねぇよ! 面白い要素がどこにもねぇから!!」
「HAHAHA」
「笑ってんじゃねぇよ!! ……はぁ、俺これからどんな顔して皆に接すればいいかわかんねぇょ……」
そういって大和は落ち込み始めた。めんどくさい奴だなぁ。
そんなふうに大和をからかっていると……
「朝からよくそんな騒げるわねぇ」
そう言って声をかけてきたのは、これまた一年から同じクラスの神谷千里だった。
朝から時間をかけてセットしたであろう華やかな髪型に、着飾った制服。なかなかに綺麗な顔立ちで、いまどきって感じの女の子だ。派手な見た目だが不思議と近寄りがたいという雰囲気はない。
「騒いでんのは大和だけだ」
「お前が変なこと言うからだろ!」
「まぁ大和がうるさいのはいつものことだけどねぇ」
「お前までそんなこと言うのかよ!」
「だってそうじゃない。昨日だって朝から『新入生の可愛い子ランキング~』とかいってみんなで騒いでたじゃない」
確かにそんなこと言ってたな。
「あれはしょうがない。男なら、三年間しかない高校生活で一度は可愛い女の子と付き合いたい! だが去年の俺は残念なことにその夢を叶えることができなかった……。しかしっ! 新年度になって新しい一年生が入ってきたいま、再び夢を叶えるためにああしてみんなで情報収集をしていたのではないか!!」
そう熱く語る大和は、そこはかとなくキモかった。
「ばっかみたい。男ってみんなこうなの?」
「当たり前だ! 可愛い女の子に興味のない男などいない!!」
「……慶介もそうなの?」
少し控えめに千里が聞いてきた。
「なんだ嫉妬か? そうかそうか、俺も罪作りな奴だな」
「――は、はぁ!? べ、別にそういうんじゃないし! なに勝手に話し膨らませてんのよ!」
千里がムキになって怒りはじめた。
「まぁ正直いまんとこあんまり興味はねぇな」
いまはとりあえず平穏に暮らせていれればそれでよかった。
「ふ、ふぅん、そうなんだ……ま、まぁ慶介だしね、そういうのはないか……」
「だからお前がいくら俺に好意をよせても問題ないぞ」
「~~! だから違うっつってんでしょっ!!」
「うぐっ!!」
軽くからかっただけなのに空腹の腹に本気の腹パンだった。こいつはきついぜ……
千里は何かと手が早いのが短所だな……
「何だよまたやってんのかお前ら。一年から変わってねぇなぁ」
「いや、まったく……モテる男はつらい、ぜ……」
思ったよりダメージはでかかった。
「そんで、結局お前どうしたんだよ?」
熱く語り終わった大和がそう聞いてきた。
「なにが?」
「いやいつも以上に元気なかったからさ」
「確かに、よくみるとなんか顔色も悪いしね」
と俺の顔を見た千里も同意。
いやそれはさっきのお前の腹パンのせいだろ、というのは黙っておいた。
「実は昨日の夜から何も食べてなくてな……」
「はあ? どうしてだよ、ダイエットでも始めたのか?」
「そんなわけねぇだろ、お前じゃあるまいし」
「いや別に俺も必要ねぇけど……。じゃあなんでだ?」
「昨日の夜、飯買いに行く途中で財布落としたっぽい」
「ホントに? それはさいなんねぇ」
同情の混じった目を向けながら千里が言ってきた。
「一応通った道は探したんだが無かった。暗かったし見落としたのかもしれないが」
「学生警察にはいったのか?」
「いや、まだだけど……」
昨日のこともあるから行きにくいしな。
「一応放課後にでも行っとけよ」
「まぁ行けたらな……」
実際あんまり気は進まないんだけどな。
「そういうわけでお前ら、なんかおごれ」
「すでにお願いですらないな」
「顔見知りだろ?」
「友達ですらない!?」
「まぁでも実際可哀相だし、おごってあげなくもないわよ」
「マジで?」
「ただし! 今度あたしのお願い聞いてくれたらね」
お願いか。千里のことだからろくなお願いじゃなさそうだが……。
「この際おごってくれるなら何でもいい。俺にできることならな聞いてやるよ」
「ふふ、そうこなくっちゃ! 楽しみにしときなさい」
「へいへい……あ、お前は無償な」
「なんで俺だけ!!」
こうして何とか昼飯にはありつけることができそうだ。持つべきものは友達だな。
そんなやりとりをしてる間に教師がやってきて、談笑していた生徒たちも自分の席に戻り授業が始まった。
そんなこんなでなんとか空腹をこらえて授業を乗り切り、昼休みになった。
俺は大和と千里と一緒に、買ってもらった惣菜パンを食べていた。
すると教室の入り口の方でクラスメイトが俺の名前を呼んだ。
「おーい夕霧っ! 後輩がきてるぞ!」
「あぁ?」
後輩? 俺に後輩の知り合いなんかいないはずだが……。
「あんたいつの間に後輩なんてできたのよ。部活もやってないくせに」
「さあ? というより心当たりがないんだが……。まあ一応行ってくるわ」
そう大和と千里に言って俺は廊下に向かった。
廊下に出ると一人の少女が待っていた。もちろん面識はない……はず。
少女の容姿は、黒髪でショートカット、少し釣り目だが整った顔立ちをしていて、なんだか少し猫っぽい印象だ。
制服の胸元には一年の証である青色のリボンをしている。確かに後輩なのだろう。
だがやはり俺はこの学校で彼女と知り合った記憶はない。彼女が一方的に俺のことを知っているだけなのかもしれないが、そもそも俺は部活には入っていないし、特に目立つ生徒でもない。どういった経緯で知ったんだ?
などと考えていると、少女の方が先に話しかけてきた。
「こんにちは、夕霧先輩」
幼さの残る声に少し生真面目そうな口調で彼女は挨拶してきた。
「とりあえずお前誰? 俺に何の用?」
「わたしは一年の石動逢といいます。今日は先輩に届け物があって来ました」
「届け物?」
「はい」
そう言って石動はスカートのポケットから黒い少しくたびれた二つ折りの見覚えのある財布を取り出した。というか俺の財布だった。
「あ、俺の財布!」
「失礼ですが中身を少し確認してしまいました。でも中に学生証が入っていたのですぐに先輩のだと分かりました」
「そうか。わざわざ悪いな、助かったぜ。でもどこでこれを?」
そう俺が問うと石動は、少し表情を引き締め改めて俺に向き直った。
「そのことで先輩に少し聞きたいことがあります……」
……なんかよくわからないが、あまり楽しい話じゃなさそうだ。
石動は昨日のことについて語りだした。
「昨日の夜、駅前で不良グループによる一般生徒への恐喝行為があったのを知っていますか?」
「いや、しらねぇけど……」
それと俺の財布に何の関係があるんだ?
そう思っていると、石動は話を進めはじめた。
「実はわたし、昨日その現場の近くにいたんです。なのですぐにその場に向かったんですが……」
「ちょっとまて……。なんでそこでお前が行くんだ?」
「あ、言い忘れてたんですが、わたし学生警察に所属してるんです」
「へぇ~そうなのか」
学生警察ねぇ……ん? なんか引っかかるな。…………まぁいいか。
「それで、現場についてすぐに犯人たちを見つけたんですが、逃げられてしまって……すぐに後を追ったんですが裏道に入られ、急いで追いついたんですけど……そこでたまたま居合わせた一人の一般生徒が人質にされてしまったんです」
待てよ。どこかで聞いたことがあるような……というより体験した気が……
「わたしは人質をとられ、身動きできないように拘束されてしまったんですが……」
「ははは、ドジだなお前」
「…………」
「すいません」
めっちゃ凄まれたので思わず謝ってしまった……。
年下の癖に凄い迫力だったな。
「捕まって危なかったのは本当です、けどそこで……人質にされていた生徒が、突然自分を捕まえてる男を突き飛ばし、そのまま意図も簡単にその場の全員を倒してしまったんです」
……そこまで聞いて俺は確信した。昨日の夜俺が遭遇したのは石動達だったのだ。
石動は探るような視線で俺を見据え、たぶん一番聞きたかったであろうことを聞いてきた。
「それで確認なんですが、昨日の夜、あそこにいたのは先輩……ですよね?」
やっぱりそうか。石動はそれを確認するためにわざわざここまで来たのか。
いや待てよ、でも何で俺だって思ったんだ?
「それは、昨日の現場にこの先輩の財布が落ちていたからです」
痛恨のミス!! まさかここで財布が出てくるとは……。
まぁばれちまったのならしょうがないか……。
別に意固地になって隠すようなことでもないしな。
「確かに昨日のは俺だ。だけど別にやましい事は何もないはずだぞ。少し過剰防衛だったかも知れないけど……」
でもナイフまで突きつけられたんだ、多少過剰でも正当防衛になるはずだ。
「それはわたしも認めます。ですが話はこれだけじゃないんです……」
そう言ってまたも言いにくそうに石動は言葉をとぎる。
何か嫌な予感がする。こういう時の勘は大抵あたるんだよなぁ……。
そしてやはりその勘は当たってしまった。
「実は昨日のことを学生警察に報告したら、その……なぜか先輩を学生警察につれて来いと……」
「はぁ!? 何で俺が? 別に何も悪いことしてないだろ。お前だってそういったじゃねぇか」
「わたしにもよく分からないんです……。ただ今日の放課後、先輩を連れてくるようにと朝連絡があって……。なので先輩、放課後私と一緒に学生警察にきてください」
「断る」
とりあえず即答しておいた。
「も、もう少し考えてください……! それにたぶん無理だと思います。今日わたしが連れて行かなくても、いずれ学生警察の誰かが先輩を連れにきますよ」
「マジで?」
「マジです」
「逃げたりしたら?」
「たぶん捕まえて強制連行されると思います」
「犯罪者かよ俺……」
最初っから俺に拒否権ないじゃん……
「それに、個人的にも先輩には聞きたいことがありますし……」
「彼女はいないぞ」
「誰もそんなこと聞いてませんが」
「すいません」
鋭い眼光に思わず謝ってしまった……
でも他に聞きたいことってなんだ?
俺が考えていると……
「すみませんが先輩、そろそろ教室に戻らないといけないので……」
「ん、あぁもうそんな時間か」
時間を見ると、もう昼休みも終わる頃だ。結構話し込んでいたみたいだな。
「はい。なので話の続きはまた後ほど。それじゃあ失礼します」
「あぁ……」
そう言って石動は自分の教室に戻っていった。
あれ? 待てよ。結局俺行くことになってんの?
石動の奴もまた後で的なこと言ってたし。
「はぁ……めんどくさいことになってきたなぁ」