十話
放課後になり、俺は待ち合わせ場所である校門に行こうと教室をでた。
面倒な授業も終わり、放課後ということで回りは浮き足立っている。そんな中を一人、俺は足取り重く歩いていく。
一階に着いたとき、一年の下駄箱の前に逢の姿を見つけた。
よく見ると誰かと話しているようだ。あれはさっき体育で一緒に走った吉岡とか言う奴だな。吉岡が熱心に喋りかけているが、逢はそれを困り顔で応対している。それでも話続けているのを見て、とりあえず俺は逢たちに声をかけることにした……
side逢
ホームルームが終わってすぐに、わたしは教室を出た。
今日はあの面倒臭がり屋な先輩と一緒に初めて仕事をする日だ。正直不安でしょうがない。あの人にちゃんとできるのかな?
先輩のことはよくわからない。まだ会って二日、今日を入れて三日しか経っていないから、わからないのも当たり前かもしれないけど。
ただ最初に会った――というより巻き込んでしまったと言うべきか……あの時の先輩は普段とは信じられない位別人だった。あの状況での冷静な判断、迷いの無い攻撃と動き。わたしも学生警察としてある程度格闘技等の経験があるけど、先輩の動きは学生警察の実働の中で荒事担当の人達にも引けをとらないと思う。本人はたまたまだというがそれも本当かどうか分からない。
実際、試験も無しに所長が学生警察入れるくらいだ。あの時所長と先輩の二人でどんな話がされたのか分からないが先輩には何か秘密がありそうだ。
でも感謝もしている。敵に捕まったとき、臆面には出さずに済んけど内心では恐怖を感じずにはいられなかった。もともとあの人数を一人で追い掛けるのには無理があったと自分でも思う。荒事担当ならまだしも、本来ならニ、三人で動くのが普通だ。にもかかわらずわたしは咄嗟に一人で動いてしまった。結果捕まってしまっては本当に救いようがない。自分の考えの甘さに辟易する……。
動きを封じてそのまま逃げるのならまだしも、もしそれだけじゃ済まなかったらと思うといまでも体か震える。
先輩が助けてくれた時、わたしは心底ほっとした。それを悟られたくなくて助けてくれた先輩についきつい口調で答えてしまったのは本当に申し訳ないと思う。あの時すぐに御礼を言いたかったのに。
だから同じ学校だとわかった時、実は少し嬉しかった。これであの人にちゃんと御礼がいえると思って。実際には学校じゃ言えなかったけど……
だけど学校であった先輩は、助けられた時と随分印象が違った。助けられた時は顔は暗くてはっきり見えなかったけど、それでもあの状況から助けてくれた先輩を少し格好いいと思った。状況のせいもあったかもしれないけど。
でも学校での先輩は、本当にこの人に助けられたのか疑いたくなるような人だった。確かに顔はそんなに悪くない、寧ろいい方だと思う。背も高いし。でもあのふざけているというかなんというか……面倒臭がりだし、冗談とも本気ともつかないことばっかり言ってるし。その癖たまに良いことを言ったりするから困る。もう少し普段からしっかりしてくれれば良いのに……
そんなことを考えてるうちに一階まで着いた。靴を履き替える為に下駄箱の前まで来たときに、不意に声をかけられた。
「石動さん」
振り向いた先にいたのは知らない男子生徒だった。上履きの色が赤色なので夕霧先輩と同じ二年生みたいだ。
「はい? 何か用ですか……?」
二年生の先輩が私になんの用だろう。それになんでわたしの名前を知ってるんだろう? 多分初対面の筈だけど……
わたしが訝しんでいるのに気づいたのか向こうが名乗ってきた。
「突然悪いね。俺は二年の吉岡って言うんだ、よろしく」
「はぁ、どうも……」
そう吉岡先輩が爽やかな笑顔で自己紹介してきた。
意図せず淡白な台詞になってしまったのは私の性格上仕方のないことだ。もう少し愛想よくした方が良いのはわかっているけど、どうしても上手くいかない。わたしはあまり感情を表に出すのは苦手なのだ。それが知らない人だと尚更。一種の人見知りなのだろう。
でも夕霧先輩にはなんだかんだで感情を発露してしまっている気がする。
なんでだろ? 話しやすいのかな。少し考えてみたけどやっぱりわからなかった。
一瞬自分の考えに耽ってしまったのを吉岡先輩の声で我に帰った。
「どうかした?」
「あっいえ、何でもないです……」
人と話してる最中に物思いに耽るなんてなにやってるんだろう。これも夕霧先輩のことを考えてたせいだ。まったく、いないところでも迷惑な人だ。そういもしない相手に文句を言ってしまった。
「そういえば俺のことは知ってる?」
「? いえ、知りませんが……」
なんで初対面の私がこの人のことを知ってると思ったんだろう。
……あれ? そういえば前にクラスの子が野球部の吉岡先輩がどうとかって言ってた気がする。この人がそうなのかな?
「あの、吉岡先輩は野球部の……」
「そうそう! なんだやっぱり知ってたのか!」
「いえ、直接は知らなかったんですがクラスの子が話してたのを思い出して……」
どうでもいいけどなんでこの人こんなに嬉しそうなんだろう?
「それで、わたしに何か用なんですか?」
なかなか話が進まないので自分から質問をした。
「ああ、そうだった! 実は今日は丁度野球部が休みでね」
「はぁ……?」
それがどうしたんだろう?
「予定もなくて、丁度帰ろうとした所に石動さんを見つけたんで声をかけたんだ。いや~実は前々から君と話がしたいと思っててね。よかったらこの後どこか寄ってかないか?」
そう吉岡先輩が誘ってきた。
でもわたしはこの後学生警察に行かなきゃいけないのでその申し出は受けられない。だからと言って無闇に学生警察のことは言えないし。
とりあえずわたしは無難な言葉で断ってみた。
「あの、申し訳ないんですが今日は用事があるので……」
「それは今日じゃないといけないのか?」
「えっと、はい……」
わたしは早くこの場を離れたかった。大分話していたので結構時間が経ってる。夕霧先輩待たせちゃってるかもしれない。
それに知り合ったばかりのよく知りもしない人とどこかにいくというのも抵抗がある。悪い人ではなさそうだが、正わたしは吉岡先輩みたいな人は苦手だ。なので多分用事がなくても断っていただろう。今回は本当に用事があったからよかったけど。
でも吉岡先輩は簡単には引き下がってくれなかった。
「じゃあ他に予定の空いてる日とかない? 俺もその日空けとくからさ」
「あの、ちょっとまだわからないです……」
これ以上時間がかかるのは不味いと思って、私は少し強引に話を終わらせようと思った。
「すみません先輩、わたし人を待たせているので……」
そう言った瞬間吉岡先輩の顔が苦々しいものになった。私、いま何か余計なこと言ったかな?
「……それはもしかして、夕霧慶介か……?」
「? そうですけど……」
なんで吉岡先輩が知ってるんだろう?
それを疑問に思ったけど、それよりも早くこの場を去りたかったので、わたしは再度断りを入れて行こうかと思った……けどその前に、突然吉岡先輩に腕を捕まれた。
「あ、あの、ちょっと……!」
「君とあいつはどういう関係なんだ? まさか付き合っていたりってことはないよな?」
いきなり詰め寄ってきた吉岡先輩に驚いて、わたしは言葉を発せなかった。たけど、それを黙っていると勘違いした先輩がさらに詰め寄ってきた。
「なぁどうなんだ?」
「いっ、痛……!」
腕を掴む力が強くなって思わずわたしは苦鳴をもらしてしまった。流石は野球部だけあって握力も強いんだなと、場違いなことを思った。
「君は騙されてるんだよ! あんな取り柄も無さそうな奴より絶対俺のが良いって! 今日の体育の時だってあいつは俺より全然たいしたこと無かったし。良いところなんて全然無いじゃないか」
途中から独り言のようになっていた吉岡先輩だったけど、わたしはその夕霧先輩を小馬鹿にしたような言葉にむっとした。
確かに普段はふざけてるかもしれないけど、夕霧先輩は大したことない人なんかじゃないし、わたしを助けてくれた。なにも知らないのにそうやって先輩を馬鹿にするこの人が許せなかった。
わたしは捕まれてた腕を外すための行動をとろうとした。だけどその前に、わたしの腕を掴んでいる吉岡先輩の腕を誰かが掴んだ……
俺は逢の腕を掴んでいる吉岡の腕を掴んだ。そのまま掴んでいる手に力を込める。
「っ……!」
痛みで握力が弱った隙に吉岡の腕を捻って背中に回し、突き飛ばした。突き飛ばしたっつっても軽くだよ?
そのまま吉岡を放っといて逢に話しかけた。
「余計だったか?」
「い、いえ……ありがとうごさいます」
逢は掴まれたところが痛むのか、もう一方の手で掴まれた部分を擦っている。時折見えるその部分は赤く指の後がついていた。まぁあの程度ならすぐ消えるだろう。
「それで? この状況なに?」
事情がよくわからない俺は逢に説明を求めた。
「わたしにもよくわからないんですが、最初はどこかに行こうと誘われてたんです。それを断った後に夕霧先輩の名前が出て、そうしたら突然腕を掴まれて……」
あぁ~こいつ俺のこと嫌ってるっぽいからなぁ。それに体育のときもなんか言ってたし。
「まぁいいや。それよりさっさと行こうぜ、遅くなると彗華の奴がうるさそうだ」
「え、あぁ、はい……そうですね。というか先輩、まだ校内にいたんですね……」
逢が冷ややかな視線を向けてきた。
「いや~実は五現の途中から寝ちまってさぁ、起きたらホームルーム終わってんのな(笑)」
「はぁ……授業位真面目に受けてください……」
「めんごめんご」
「……先輩、それ死語です」
そんなやり取りをしていると吉岡に呼び止められた。
「ちょっとまてっ!」
俺は仕方なく吉岡の方に気だるいげに振り向いた。
「お前、いきなりなにすんだ!?」
「いや、こいつが嫌がってたから」
「お前には関係ないだろ!」
「まぁないけど…………あ、じゃあ続きどうぞ」
「先輩……」
「冗談だって、そんな睨むなよ」
あんまりふざけてると逢が本気で怒りそうなので、とりあえずなにか言い訳を……
「あ~悪いんだけどさ吉岡、俺たち今日はこれから大事な用があるんだよ」
「大事な用ってなんだよ」
ヤベェ考えてなかった……
「それはあれだ、俺とこいつ二人の秘密だ」
「そんなんで納得できるわけねぇだろ!」
別に納得してくれなくてもいいんだが……
「つーかお前石動さんのなんなんだよ?」
「なにって…………なんなんだ?」
「わたしに聞かないでください」
「無責任な奴だなぁ…………ォホン! つまりそういうことだ」
「わかるわけねぇだろ! お前おちょくってんのか!」
「そんな怒んなよ」
ったく、最近の若者はキレやすいってのは本当だったみたいだな……
「てか別になんだっていいだろ、それこそお前には関係ねぇし」
「それは……」
言い返された吉岡は言葉に詰まっていた。
「つーかそろそろやばそうだ。ギャラリーが増えてきてる」
いつの間にか周りに野次馬らしき奴らが数人集まってきていた。放課後の下駄箱の前なんて人通りが多いところで騒いでれば当たり前か……
「あんま大事になるとお前も不味いんじゃないのか?」
なにせこいつは野球部のエースらしいからな。ここで問題を起こせばこいつにとってもマイナスにしかならない。吉岡もそれを理解したらしく……
「チッ! 俺はまだこの事に納得してねぇからな!」
そう言って吉岡はどこかにいってしまった。
だから別に納得しなくていいから関わんないでほしいんだが……
でもなんとかこの場は治まったな。はぁ……ったく面倒くせぇ。
「そういやお前、腕は平気か?」
「はい、大丈夫です。痛みありませんし」
「そうか。じゃあ俺らももう行こうぜ、なんか目立ってきてるし」
「そうですね……」
俺達はそのまま周りを気にしないようにしながら学校を出た。