トリトニアの伝説外伝16 わが姉の残し給いし歌〜火の鳥後日談〜
この作品はトリトニアの伝説 外伝「火の鳥」の後日談です。
「火の鳥」のあらすじ
六歳になったアスランを連れ、一平はキンタと共にモノリスを訪れた。
第一の目的は勉学に励むようになった息子に、縁者を探し当てて会わせること。
そこで彼らを待っていたのは一方的に一平を陥れようとするウラーの暴挙だった。
度が過ぎる罪科に問われ処刑寸前にまで至った一平を救ったのは、針術師によって彫られた背中の刺青、不死鳥の絵姿だった。
そしてそれを刻んだ男が未だ見ぬ一平の従兄弟であったと知り、一平は彼を抱き締めることで感謝の意を表していた。
本編第一部〜八部、外伝1〜14も別途投稿しています。
モノリスの首都モノトーンの郊外にあるカリーユという街で、一平は針術師と再会していた。
「何なんだ、一体?オレは男と抱き合う趣味はねえんだ。離せ、こら!」
ソングは力の限り一平の抱擁から抜け出そうともがくが、敵うわけがない。
「おじさま。父はどうしちゃったの?何であの人に抱きついて離さないのかな」
父のこんな姿を見るのは初めてで、アスランも面食らっている。
「アスラン。覚えとけ。あのおじさんが今回の立役者だ。一平の命を救ったのは他の誰でもない。あいつなんだ」
針術師との一部始終を一平はキンタに話していた。キンタの見知らぬモノリス人に一平が感謝の言葉を伝えるとしたらあの針術師しかいない。キンタはそう察していた。
「おまえの父の命の恩人だよ」
「ソナタおばさまの家から出てきたよ。ここのおじさまじゃないの?」
「ほんと、驚きだよな。まさか従兄弟に助けられるなんて一平の奴も思わなかったんじゃないか?」
キンタの言う意味を理解し、アスランの顔がぱあっと明るく輝いた。
「ソングおじさま!!」
二人の方に泳いで行く。
「おわっ!!なんだてめえ」
嬉しげに足に齧り付く幼な子を見て、ソングは一層嫌な顔をした。
「ソングおじさま、ありがとう!!父を助けてくれて本当にありがとうございます!!」
「何なんだよ、一体…」
外の騒ぎに何事かとソナタが顔を出す。
「何を騒いでいるの?…あら!?」
ソナタには一平たちがじゃれ合っているようにしか見えない。
「もうそんなに仲良くなったの?それにしても…男って子どもねえ…」
呆れられているが一平は楽しくて仕方がない。
自分にはこんなに素晴らしい従兄弟がいた。
遥か彼方にいるもう一人の従兄弟と三人で酒を呑み交わせたらどんなに楽しいだろうと、叶わぬ妄想に浸っていた。
ソナタの家を後にした夜はビバークだった。つまり野営、野宿である。
早々に寝付いてしまったアスランの傍らで、一平とキンタは寛いでいた。
まだあどけないアスランの寝顔が二人を穏やかな心持ちにさせる。
「…ちち…」
寝返りを打ってむにゃむにゃ言う中に自分を呼ぶ言葉を聞きつけて、一平は思わずアスランの髪を撫で付ける。
「…かわいそうなことをしてしまったな…」
この度のモノリス行きは、仕事もあったが、気持ち的にはアスランのため、というのが第一だった。
それなのに、巡り巡って父親が処刑されるという非常事態にまでなってしまったのだ。
自分の不始末から端を発していたので、アスランの小さな胸は押し潰される寸前だったはずだ。
一平が勾留されている間、不眠の中何度も魘されて「父!」と叫んでいた。その時の寝言とはまるで違うニュアンスであることに、間近でそれを見聞きしていたキンタは胸を撫で下ろす。
本当に、どうなることかと思った。
八方塞がりのあの状態で形勢が逆転したのはあの刺青のおかげだ。
モノリスの人々が信奉する神の化身、不死鳥の刺青が一平を救った。
そしてそれを彫った針術師が実は一平の従兄弟だったという信じられない展開は、巡り合わせの不思議を痛感させられた。
やはりこの義兄には神の加護がついている。
事の発端に合わせたように人事不省になった国王が、たったの三日でピンシャンして現れたのだ。あの長官を断罪する権限は他の誰にもなかったから、国王に助けられたと言えなくはない。だが、重病人があの短期間で通常の職務に戻れたことに、キンタは疑問を感じていた。
ルクルドは、カシムと共に騎イルカを飛ばして駆け付けたのである。そんなことは普通あり得ない。
もしや仮病だったのでは?
そう思う一方で、キンタはそうではあるまいと思う。
直感でしかなかったが、姉の力が関与している、との思いをキンタは払拭することができなかった。
ルクルドを回復させたのは姉のパールの癒しの力だ。
パールから恩恵を蒙ったことを日頃から説かれているキンタとしては、あの絶体絶命の危機にパールが何の手助けもしてこないことはあり得ないと思ってしまう。
何はともあれ、姉にも国王にもあの針術師にも感謝しかない。
今回モノリスに来ることになって、キンタは事前にモノリスのことを勉強していた。
信仰心に篤い国であることも、罪科に対しては厳しい国であることも知っていた。赤科の教授たちに教えを請い、白の剣の守人のウート老の元へ出向いて博識の一端を分けてもらい、事前にできうる限りの情報を集めていた。
父のオスカーはいろいろ見てこいと言っただけだが、ただそれだけではないこともキンタにはわかっていた。
父は自分を鍛えようとしている。己が守人を退いた後のことを憂え、万全の準備を進めようとしている。王族の一人として他国と渡り合ってゆくために必要であろうと、キンタにより多くの経験をさせようとしているのだ。
だが一人では心配だから一平を付けた。
一平にはキンタを同行させると言ったようだが、実際は逆だっただろうとキンタは思っている。キンタが一平の補佐をするのではなく、一平の方がキンタの補佐を任されたのだ。
それも無理ないや、とキンタは思っていた。どう足掻いたって、自分は父にも義兄にも敵いやしない。乗り越えることなんてできるわけがない。
それでも自分はこの道を進むと決めた。やれるだけはやるさ。己のため、愛する妻子のために。
そしてもう一つ。この義兄の生き様を身近で見聞きしていけることが、キンタはラッキーだと思うのだ。こんな凄い奴は二人といやしない。
姉のおかげで自分は一平の家族となれた。心から信奉する人が自分に心を許し、気安い口を利き、素の自分を曝け出してくれる。その幸運をずっと手放したくないと、キンタは思うのだ。
「一平はどう思う?ルクルドのこと」
キンタは訊いてみる。自分と一平の考えがどう違うのか、或いは違わないのか、確かめてみたかった。
「ルクルド王か…。狸親父かと思ったこともあったが…」
(やっばり、そうなんだ)
キンタは一平の返答にちょっと嬉しくなる。
「今オレがこうしていることが答えだろう。ウラーの奴がオレを恨みに思っていなければ、今回のようなことは起こらなかった。少なくとも、オレの身の上に関しては」
「だよな。一応まともに見えるもんな」
「そうだな。国主として立つだけの器はあるのだと思う」
「でもさ。出来過ぎだと思わないか?あの緊急入院」
ルクルドは問題が発生したと殆ど同時に発作を起こし、医療館に担ぎ込まれ、三日の間人事不省に陥っていたという。そのためキンタが上申しようとしても叶わず、なんの対策も打てないまま処刑当日を迎える羽目になったのだ。
「オレもルクルド王に一縷の望みをかけていた。話の通じないウラーとでは何の交渉も成り立ちそうになかったからな。まさか入院中だとは思わなかったが」
「オレも耳を疑ったよ。会食の時は元気そうだったもんな。それが急に入院とか。…オレたちは本当は謀られてたのかもしれないって思ったよ」
「そうかもな」
全くそう思っていない口調で一平は応えた。
「だが結果的にはオレは命拾いしている。王の下令のおかげではある。本心では何を考えていたのか、オレには知る術はない」
「オレはさ、腑に落ちないんだよ。たった三日で元気回復って、あり得なくないか?」
キンタが何を言いたいのか、一平は気がついた。
「…パールの仕業だと!?」
やはりその考えに辿り着くよな、とキンタは鼻から息を吐いた。
「それ以外にあると思うか?」
一平がそう思ってくれたのならそうに違いない。
一平は瞑目していた。何を考えているのだろう。
「まだ来るなということか…」
ふっとため息を吐いてそう呟く。
「何?」
キンタは戸惑う。一平の言葉の意味を考える。
「まさか…死にたかったわけじゃ、ないよな!?」
パールがルクルドを治して一平を助けに向かわせたのだとすれば、それは一平を生かすためだ。
二人はどれだけ会いたいだろう。死ねばその望みは叶うのかもしれないが、この英雄が自らの死を望んでいるなど、どこの誰が考えようか。
「…覚悟は決めたさ。アスランのことが気がかりではあったが、ここが死に場所か、とな。だがその時、ソングの言葉を思い出したんだ」
「モノリスの奴に殺されそうになったら刺青を見せてやれって、あれ?」
「一か八かの賭けだったが、思いつく手はもうそれしかなかった。いくら感謝してもし足りないな」
一平だけではない。キンタもアスランもソングのいる方にはもう足を向けて寝られない、という心境だ。
「…驚いたよな…」
「ああ…」
何に驚いたとキンタは言いたいのか。
不死鳥の威力もそうだが、今言いたいのはそのことではない。一平にもわかっているようだった。
ソング本人は自分の仕事をしただけだと言うだろう。
最高傑作の舞台との遭遇にこそ感謝したいと。
だが彼のしたのは依頼者の思惑通りの仕事ではない。不死鳥の絵柄など彫るとはウラーは思ってもみなかったはずだ。
―誰が見てもアッと驚くような作品―
ウラーとの会話の中から自分に都合のいいところだけを受け取って、ソングはデザインを選んだ。
被技体からインスピレーションを得たとは言うものの、そこには確かにウラーへの反発が含まれていた。
ナメック王子の下で数々の噂や情報を仕入れ、本人と面識もあったが故に、ウラーをとっちめるチャンスを掴んだとほくそ笑んではいたのだろう。
何より、僅かな関わりの中でも、一平の器量に惚れて、殺すには惜しい男だと思ったのだ。自分のできることはこんなことしかないが、これで何とかうまく切り抜けてくれと思っていたことは確かだ。
キンタはそう思う。
(全く。従兄弟ですら、これかよ…)
その男が実は一平の従兄弟だった。衝撃的すぎる現実に、キンタだけはさもあろう…と、血のなせる技に感服していた。
針術師がソングという名だと知った時、一平はめちゃくちゃ嬉しそうだった。少年のように無邪気な笑顔でソングを抱き締めて離さなかった。
(こんな表情をするんだ…)
それを見てキンタはソングのことをとても羨ましく思ったのだ。
日本には一平の従兄弟がいるという。
存命しているのは一人だが、かつては二人いた。
従兄弟とはいえ、親友であり、兄弟のようでもあったらしい。共に泣き、共に笑い、十三年間苦楽を共にした仲間との決別は、自ら望んだこととはいえ断腸の思いのする選択だったことだろう。
きっと一平はそのことを思い出している。
会いたくても会う事の叶わない地上人の従兄弟。一平の数少ない血縁の一人。
モノリスで血縁者を見つけた時、一平はどれだけ嬉しかったことだろうか。表面には出さなかったが、心が満たされていくのを感じていただろうことは想像に難くない。
そして窮地を救ってくれた男が己の従兄弟だと知った時、それは頂点に達したに違いない。
家族も身分も地位も知り人も何もないトリトニアでやっと見つけた身寄り。
―自分が何者か知りたい―
かつて一平はそういう思いで海へ出たのだという。
父親の故郷だとはわかっていたが、証言を得ても形のないものだ。実際に生きて動いている縁者の存在は大きな拠り所となったことだろう。
「アスランがさ…」
キンタは思い出す。軟禁された部屋から処刑場へ向かおうとした時のことを。
何だ?と一平が顔を上げる。
「お姉ちゃんみたいだった…」
「……」
アスランの目は母親そっくりだ。常々一平はそう思うし、周りの者も同様だった。だがキンタが言いたいのはそういうことではない。
「こいつ…オレが言わなくても悟ったんだよ。オレが、一平を助けるために処刑場に行こうとしていることを」
「……」
「ボクも行くって…オレの邪魔はしないから連れてってって…。待ってるだけなんて嫌だって…。それまで憔悴してたくせに、凄い目力でオレに食いついてきた」
「……」
「お姉ちゃんも…そうだったよな。…一平が囚われた時なんか特にさ…。あんなか弱いくせに、助けに行くって聞かなかったって、ナシアスが言ってた」
「……」
「お姉ちゃんはさ…。ここにいるよ。こいつの中に」
一平は一言も発せずキンタの言葉を聞いている。
息子を見下ろし、静かな眼差しを注いでいる。
姉の話は義兄をしんみりさせる。心の奥深く沈めた悲しみを浮かび上がらせる。
それはわかっていたが、キンタは言いやめなかった。何を言いたいのか自分でもよくわからなかったが、キンタの口から言葉は出た。
「だからさ…。死んでもいいなんて、思わないでくれよ」
そうか。
キンタは思った。
自分はこの男にいなくなってほしくないのだ。だから、こんな話をした。
「キンタ…」
一平が呼び掛ける。
「一平までいなくなっちゃったらオレ…」
「キンタ…」
「…甘える人がいないと困るんだよな」
寂しくて仕方なくなる、と言おうと思ったのに、口を吐いて出たのはこんな台詞だった。
いい年をして甘えたいとぼやいたことが照れ臭くて、キンタはそっぽを向く。
一平は目を細めてそんなキンタを眺めていた。
「…甘えたいならいくらでも甘えていいぞ。ほら。来い」
そう言って一平は両手を広げた。アスランにするように。
昔は甘えん坊のパールに対し、そうしていた。
「ばっ…!!そういう意味じゃねーよ!!」
わかってやっているな、と怒鳴りながらキンタは思う。まるで父みたいだ。
キンタ本人には思いもよらないことだったが、父母を同じくするだけあって、パールとキンタには共通点も多かった。男ゆえ甘えたい素振りは見せなかったが、基本、男は甘えん坊だ。一平とて、同類だった。
キンタの思いを汲み取って一平は思った。
―パールはここにもいるな―
キンタの中に。
そう思えば、悪くない。
あいつが迎えに来てくれるまで、何とか頑張ろう。
一平は決意を新たにし、目を細めてキンタに笑いかけた。
(トリトニアの伝説 外伝16 亡き姉の残し給いし歌〜火の鳥後日談〜 完)
こんな短い話にあとがきでもないですが、ちょっとだけ。
「火の鳥」を書き終えてからも、最終シーンの続きが繰り返し頭に浮かんで仕方ありませんでした。書き足そうかとも思いましたが、あれはあれでああいう終わり方がベストな気がするので、後日談として書いてみることにしました。
一平がソングを抱き締めて離さず楽しそうにしている様は、そうそう見れるものではありません。彼は余程嬉しかったのでしょう。
その心境にキンタは想いを馳せます。
心から信奉する一平に近づきたいと願いつつ、そうはなれまいと達観するキンタですが、なんとかその差を縮められないものかと、一平のことを研究します。
今回のことを一平はどう見ていたのか。
一平との会話の中から、キンタは一平が死に急いでいるような感覚を覚えます。それはキンタには肯んじ難いこと。キンタはパールに負けず劣らず一平のことを崇拝しているのですから。
そして…。
今回の題名はドボルザークの「母の教え給いし歌」からとりました。我ながらいい曲名を見つけたと思っているのですが、如何?
次回は少し成長した後のアスランの姿をお届けします。
しばらくお時間いただきます。




