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友達の記憶


 ジユウは、はぁっと大袈裟にため息を吐いてしゃがみこんだ。


「ヒントも何もない状態で探せって無理ゲーだろ」


 食べても食べても、満たされないお腹。私もしゃがみこんで、お腹を撫でてみる。何も答えてはくれないけど。


 二人でしばらく見つめあって、ため息をこぼした時。

 ちりんちりんと、物悲しい音が店内に響いた。ハッと立ち上がって出迎えれば、同い年くらいの女の子。短いスカートに、ラフなTシャツを着ていて、茶髪のボブが可愛らしい。


「いらっしゃいませ」


 私の声に、顔を上げてからぽかんっとした表情に変わる。そして、両手を広げて、ばーっと近づいてきた。


「えー! 華じゃん、うそっ、まじ?」


 ハナ、と呼ばれたが、私の記憶にはない。女の子は一瞬固まったあと、きゃっきゃっと高い声をあげながら、楽しそうに笑う。


「えっ、華?」


 後ろから聞こえた声に振り返れば、また同じような年齢の女の子。こちらの女の子は、長めの黒髪で、ひとつに縛っていた。

 二人が私を取り囲むように、ぎゅうっと抱きしめて、懐かしさを噛み締めている。私には、二人の記憶もないのに。


「えっ、全然変わってない」

「エミも変わってないじゃん、久しぶり〜!」

「って、華固まってるんだけど。まぁ、そんな親しいってほどでもなかったもんね、うちら」


 パッと離れたかと思うと、お腹を抱えて笑い出す。そして、エミと呼ばれた女の子が、厨房へと向かった。瞬間、ハンバーガーのファーストフード店に、景色が移り変わる。


「ポテトLと、えーっとルイナ、バーガー食べる?」

「食べる食べる。華も一緒に来る? ここにいるって事は、そういうことでしょう?」


 ルイナと呼ばれた迎えに来た子は、こっそり目配せをした。勘違いしてる。私もエミを迎えに来たって思ってるんだ。誤解を解かなきゃ、と口を開けば、バーガーとポテトを持ったエミが戻ってきた。


「わ、私は違うんです」

「え? 華の、そっくりさん? ルイナも、私も見間違えてるって事?」

「えっと、そういうことじゃなくて」


 エミは困惑したような顔で、「えぇー」とため息を吐いてる。ルイナは、察したように「あぁ」と頷いた。


 咄嗟に否定の言葉が、出てしまった。自分自身が、二人の言ってる華か、わからない。だって、私には友達の記憶がないんだから。


 戸惑いながら、立ち尽くしていれば、目の前を大きな背中が遮った。黙り込む私に大丈夫だと、力強く示すようにジユウが言葉にする。


「ハナちゃんの知り合いっすか? ハナちゃん、今記憶ないみたいで」

「あ、そうなんだ。ルイナも私もそんなに仲良かったわけではないけど、同じクラスで」

「ハナちゃんも一緒に食べる?」


 ルイナちゃんの提案に、頷けない自分がいた。もし、思い出せなかったら。

 体がバラバラになりそうな恐怖感。足がゆっくりと震え出して、自分でコントロールできない。


「まず、ハナちゃんについて俺も教えてもらっていいっすか?」


 気づかなかったが、ジユウの手には、ハンバーガーとポテト、それに炭酸飲料が載ったおぼんがあった。隣の席に食べ物を置いて、私の手を引く。ジユウのおかげで固まっていた体が、動き始める。


 私も隣の席に座れば、エミも、ルイナも「もちろん」と微笑んでくれた。ポテトを、一口かじりながらエミがうーんっと呟く。


「やばっ、デジャブしたんだけど!」

「どんなどんな?」

「ルイナと私で、優勝するって!」


 エミが飛び跳ねそうな勢いで、ばんばんっと手を叩く。きっと、実際に合った記憶。ルイナの唇が緩んで、幸せそうに遠くを見つめていた。


 私のことで、この二人の再会を邪魔してしまっていいんだろうか。不安になりながら、私もポテトの端を齧る。サクッと軽い食感の後に、じゅわりと油が口の中で広がる。炭酸飲料を飲み込めば、爽やかさを口に運んでくれた。


「あ、まずは華の話だよね。優勝の話はまた後でしよう」

「ルイナがそういうなら……」


 ポテトを口に運びながら、二人と何から話したらいいかと考え始める。なんでもいい。私の知らない、私の記憶を二人が持っているなら。


「ショックだったらごめんね」


 ルイナが、私の方を優しい瞳で見ながら、ゆっくりと口にする。それは、なんとなく、そんな気がしていた言葉だった。


「小さい頃施設で育ったらしい、っていうのは聞いたことあるよ。だから、本当の親じゃないんだって、言ってた」


 だって、本当の親がいたら。私は、自分自身の存在を疑いながら、寂しさを抱えてここにいる事はなかっただろう。だから、薄々、私は愛されてる存在じゃなかった、ってことは知ってた。


「でも、私たちが出会った頃には里親さんのとこで生活してたよね? めっちゃ、優しいおばちゃん! 手作りのお菓子とか作ってくれた。ほら、ルイナと私の大会も観に来てくれてさ」

「私と、二人は、大会観に行くぐらい仲良かったの?」

「うーん、エミと私ほどではないかな。なんか、あの時の華って、ずっと遠慮してたから」


 言いづらそうなルイナの言葉に、エミは遠慮なく「そーそー」と大きく頷いた。

 遠慮してた……?

 里親に対して、だろうか。


 知らない自分のことを、一つ一つ聞き漏らすことなく、脳内にメモをしていく。いつのまにか、ポテトを食べる手は止まっていた。それなのに、口の前にポテトを突き出される。


「ジユウ?」

「いや、ほら、青春っぽくて、いいじゃん」

「華と君、えっと二人は友達なの?」


 エミは、ポテトを三本口に放り込みながら、興味津々にこちらへと体を乗り出す。ルイナはやめなよと言わんばかりに、エミの腕を引っ張った。


「友達、っていうか、同志というか、仲間? なんだろうな?」


 ジユウは、私が食べなかったポテトを食べながら、困ったように眉毛を下げる。私たちの関係を、言葉にしたら、何だろうか。私もしっくりと来るものがなかった。


 黙って見つめ合う私たちに、笑って言葉を放ったのは、ルイナだった。


「運命共同体みたいな感じ?」

「え、やだ、ロマンチック! 恋人より、ロマンチックじゃん!」


 ルイナの言葉を、エミが茶化す。それでも、私の中ではしっくり来ている。ジユウも同じだったようで、こくんっと小さく頷いて、何度も言葉を繰り返していた。


「運命共同体かー、私とルイナみたいだね」

「そうだね、ずっと一緒だったもんね」

「そうそう。小学生からの付き合いだし、ルイナのことで知らないことなんて、何もないんじゃない?」

「あるよ」


 ぽつりとこぼした言葉を、エミは聞こえなかったらしい。私の耳には、確かに届いた「あるよ」という言葉。

 悲痛な叫び声に、一瞬聞こえて耳を疑った。二人の様子をこっそり窺えば、ルイナは手をぎゅっと強く握りしめている。そして、エミは、気にもせずハンバーガーに齧り付くところだった。


 私も倣って、ハンバーガーを口にする。目の前の、ジユウはほっぺたに赤いケチャップを付けて、幸せそうに微笑んでいた。


「おいし?」

「めっちゃ、うまい。ハナも食べなよ」

「う、うん」


 ふかふかのバンズに、ケチャップと、ちょっとピリリとしたピクルス。そして、荒めのひき肉が、口の中で存在感を際立たせた。ジャンキーな味に、炭酸が欲しくなる。


「私、彼氏できるんだね、ルイナ」

「そうだねぇ、とびきり優しくて、とびきりかっこいい彼氏」

「ルイナとの時間、ちょっとずつ減っちゃってごめんね」


 あっさりと蘇る記憶を、受け入れていくエミ。細かいことを気にしない性格だから、だろうか。戸惑う様子は見られなかった。


「それでも、華はいつも私たちのこと、気遣って間を取り持とうとしてくれてたんだね」


 エミの微かに潤んだ声に、顔を上げる。私の記憶にはないけど、二人のために、何かをしていたのかもしれない。


「エミ、華は記憶ないんだって」

「あ、そっかそか! 華はいつも、周りを気遣っててね。私たちがケンカしても、すぐに気づいてすっ飛んできてたんだよ」


 それでも、あまり仲が良いわけではなかった、なんだ。じわりと昏い感情が、体を覆っていく感覚に、ぺたんと折れてしまいそうになる。

 二人は目配せをして、初めて戸惑った表情をした。黙って重みに耐える私に、そっとジユウは手を伸ばす。

 

「なんか、話が理解できないだけど、結局ハナの友達なの? 違うの?」

「私たちは……」


 そして、私の代わりにジユウが問いかけてしまった。

聞きたくなくて、つい耳を塞いでしまう。そんな気はしていた。していたけど、面と向かって、言われるとさすがに、心が痛い。

 道を塞いだ両手を、伸ばした手でジユウは引き剥がす。そして、大丈夫だと言わんばかりの、優しい表情で私を見つめていた。


「私たちは、友達だと思ってたよ。エミもでしょ?」

「私は、友達になりたかったよ。でも、ハナは、施設育ちとか、里親なこととか、全部一人で気にして、いっつも一人で居た」


 少し怒ったように、私をじいっと見つめる。エミのまんまるの瞳が、うるうると潤んでいた。ルイナの方も、同じような表情をしている。


「私たちは友達だと思いたかったし、いつだって、友達になりたかったけど。華は、私たちとは距離を取ってた」

「そうそう、ルイナと一緒にご飯いこうって言っても、里親さんに申し訳ないから。とか、一緒に遊びに行けないから、私のことは気にしないで、とか、いっつも自分で完結してた。私たちは、頼って欲しかったし、ただ友達として過ごせるだけで良かったのにね」


 エミとルイナの優しいまなざしに、見覚えがある。今まで、誰かを迎えに来た人たちと、同じ表情だ。相手を思ってる、優しい、顔だ。


 ぶわりと溢れ出した涙を、紙ナプキンで拭う。硬い紙の質感が、痛くて、ますます涙が出てきた。


「良かったな。一人じゃなくて」


 ジユウの言葉に、何も言えず、ただこくこくと頷く。私は、ひとりぼっちじゃなかった。ちゃんと、思ってくれてる人が居た。たとえ、それが自分自身で突き放してしまったクラスメイトだったとしても。


「これから友達になろうよ、うちら!」

「エミ、まずは、そのデザート食べなよ」

「えー? 今、いいとこだったじゃん」


 ルイナがエミを止めたのは、きっと、気づいてるからだ。私が迎えも、記憶も持たずに、ここに居ること。

 私は、このまま二人とここでお別れになってしまうこと。


 エミは、渋々と言った様子でアップルパイをひと齧りする。一瞬、目を見開いて、そして大声で笑い出した。


「死んだお迎えがルイナって、うちら仲良すぎじゃん」

「そう、だね」

「何その反応! もっとしんみりすると思った? 私は大往生も大往生したんだよ、ひ孫にまで囲まれたんだから!」

 

 エミの言葉に、ルイナは涙を浮かべながら、口元にえみを携えた。そして、立ち上がって、急にエミを抱きしめる。


「ルイナが先にいっちゃってから、寂しかったけど。家族もいたし、楽しかったよ。ルイナは? 寂しくなかった?」

「エミが居なくて、寂しかったよ。でも、エミが大往生するの待ってた」

「そっかそっか。じゃあ、二人でどっかいく感じ?」


 ルイナもエミも、お互いの背中を叩き合いながら、涙声で話を続ける。そして、ハッとしてから私を見つめた。


「華は……」

「まだ、ここにいる、みたい。記憶も、ないし」


 二人の言葉が嬉しかったのも事実だし、安堵したのも事実。でも、私のことは、相変わらず何一つわからない。だから、きっとまだ、二人とは行けない。


「そっか」

「私とルイナで迎えに来てあげるよ!」

「でも、私は華がここにいること知らなかったんだよね」


 ルイナの言葉に、頷く。きっと、私とルイナの縁じゃ、お迎えには足りなかったんだろう。だって、私たちは、ただのクラスメイトみたいだから。

 自分のせいだけど。過去の自分を呪いたくなったけど、過去の自分がわからないからやめた。


「でも、ルイナと私って、どっちが先に亡くなったの」


 ひゅうっと喉を通過していく、冷たい空気の音。ルイナが、初めて動揺した表情を見せた。


「華、これは、伝えた方がいいかわからないけど」

「知りたいから教えてほしい」

「華は、高校生の頃にはもう亡くなってたの。風邪をこじらせた熱だって聞いてた。私たちより、うんと先に、行ってしまってたんだよ。だから、ここで見た時、一瞬戸惑ったの」


 だから、あの時、固まっていたのか。でも、私はルイナがここに来たのを見ていない。


「でも、ルイナここに来てないよね?」

 

 不思議に思っていれば、ルイナが答え合わせをくれる。私と、ジユウの予想が正解だったことを示すように。


「私が死んだ時は、レストランじゃなかったんだよね」


 ジユウと顔を見合わせて、二人とも息を呑んだ。やっぱり、他にも記憶を思い出す場所はある。私たちは、手違いでレストランにいるのかもしれない。その思いが、ますます強くなっていった。


「映画館に居たの。長い長い映画を見たんだ。自分の半生をダイジェストで見るみたいな」

 

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