繋がっていく想い
「あの、俺は、話せたら良いなって思ってたくらいで。まさかご家族が迎えに来てるとも思ってませんでしたし」
おじいちゃんとお母さんのやりとりを、止めるようにユウジが間に割って入る。困ったような、くすぐったいような顔をして。私はただ、黙って三人を見つめていた。
胸の中がポカポカしてきて、今、一番幸せだと思える。だから、ずっとこのやりとりを眺めていたかった。
「それは、まぁ、二人の気持ちが一番大切だけども」
「それに、全員もう、生きていないので、こう、普通の恋愛とかとはちょっと違うというか」
ユウジの言葉に、私もお母さんもポカンとなる。おじいちゃんだけが、うんうんと大きく頷いていた。
何が、違うの?
あっちの世界は、やっぱり、生きているところとは違うらしい。
「何が、違うの?」
「なんて言ったら良いかなぁ。生きるための活動はないんだよ」
生きるための活動は、ない。
ごはんを食べることも、働くことも?
まぁ、死んでるんだから当たり前か。
一人で納得して顔を上げれば、ユウジと目があった。
「だから、満足するまでおしゃべりしたり、心を癒したり、そんな感じ!」
「へたくそ」
よくわからない説明に、ぽつりと呟けば、ユウジの眉毛はぴくりと揺れた。ムッとしたのかと思えば、へにゃりと口角を下げる。
「そんな感じなんだな」
「なにが?」
「わかんないならいーですー」
拗ねたように、頬を膨らませてポスターを見つめる。ポスターは違う国の言葉で書かれているようで、私には意味がわからなかった。それでも、ユウジは近づいて手で撫でる。愛しいもののように、大切なもののように。
「俺の信念だったんだ」
「その言葉?」
「そう」
「どういう意味なの?」
問い掛ければ、一瞬、ユウジは黙り込む。お母さんが、モゴモゴと何かを口にしたのがわかった。
「諦めないこと」
「お母さん?」
「諦めないことだけは、わかったんだけどねぇ」
うーんっと眉間を掴んで、シパシパと瞬きを繰り返す。なんだっけと小声で呟いたお母さんに、ユウジは振り返って口にした。
「自分の欲しいものを、諦めないこと」
「それは、手に入れられたってこと?」
「俺は料理をしたかったし、誰かの憧れになりたかった。家では出来損ないだったから」
ユウジの口調に、記憶を思い出した時の話が脳裏に浮かんだ。優秀なお兄ちゃんと、自分に興味のない両親。顧問だけが、ユウジを見つめてくれていた。
痛かったんだろうな。深い深い傷になってしまうくらい。
「だから、欲しいものは手に入れたとも言えるかも」
「自分のお店を持てたから?」
「それもあるし、一華が憧れてずっと見ててくれたってしれたから」
ユウジの言葉に、体がびくりと勝手に揺れた。そっか、私が、ユウジの欲しかったものをあげられたんだ。
その事実に、羽が生えたように体が軽い。今なら空も飛べるかも。ううん、ここなら想像でなんでもできるから実際飛べるだろう。
「だから、一華とはまだまだ一緒に居たいと思うよ」
そこに到達するのか。
ユウジの思考回路が、いまいちわからない。それでも、自由そうに振る舞っていたユウジとあまり変わりない姿に、安心してしまう。
あ、そういうことか。本当の私と、記憶のない私。大きく変わっては居ないけど、きっとユウジには、思うところがあったんだろう。
「こういう私は、イヤですか」
私の言葉に、ふっと笑い声を漏らした。レストラン内が、優しく揺れる。
「好きですよ」
耳に広がる言葉に、首筋がくすぐったい。二人だけの世界みたいに、音が止まって、ただ、ユウジと瞳がぶつかる。
「ストップ!」
おじいちゃんのわざとらしい咳払いと、声に戻される。お母さんを見れば、口を押さえて肩を揺らしていた。おじいちゃんは、私とユウジの間に割って入って、私を抱きしめる。
「のちのちな、のちのち! 祖父の前で何ラブストーリー広げてんだ!」
「おじいちゃん」
「華陽も笑ってないで!」
「可愛くていいじゃない」
のちのちなら、いいんだ。
言ったら、おじいちゃんは拗ねてしまいそうだから。黙ったけど。
おじいちゃんの肩越しに、ユウジと目が合う。口が「愛されてんな」と動いたのが、わかった。こくんっと小さく頷いて、私も口パクで返す。
「ちゃんと、愛されてたみたい」
ユウジは満足そうに頷いて、おじいちゃんの肩に手を回した。
「まぁまぁ、おじいさん」
「なっ」
「一緒にいきましょうよ、ね、こうやって会ったのも何かの縁ですし」
おじいちゃんは手を振り払うこともせず、モゴモゴも口を動かしてる。
縁、か。
縁があったから、私たちは出会ったし、迎えに来てくれた。本当に、何かの縁で繋がっていたんだなぁと実感する。
「まぁ、仕方ないからな」
お母さんは、驚いた顔で「丸くなったわね、お父さん」と少し茶化した。おじいちゃんも否定もせず、ふんっと鼻を鳴らす。もう、私たちはあっち側に行く。
おじいちゃんの肩はユウジに取られたから、私はお母さんの右手を掴んだ。柔らかい感触は、私の手にしっかりと馴染む。昔から、私は何度もお母さんと手を繋いでた。
「お母さん」
「どうしたの?」
「ありがとう。私のこと、育ててくれて」
「こちらこそ。私の子になってくれて、ありがとう」
うんっと、頷いて、見上げる。そこには、私が欲しかった優しい目があった。手のぬくもりと、ずっと欲しかった愛を受け取って、扉へと近づいていく。
いつも、チリンチリンと鳴っていたベルを見上げて、息を飲み込む。ごくんっと、喉が動いた音が耳に響いた。
お母さんと繋いでいない方の手で、扉を開ける。真っ白な光が、私の体を包み込むように差し込んだ。
――ちりんちりん
優しい、幸せの音を聞きながら足を一歩出そうとして立ち止まった。
まばゆい光がまるで、祝福のように降り注いでる。
私、ずっとこうしたかった。
ずっと、ずっと、待ってた。
後ろ髪が引かれた気がして、扉の前で振り返る。
誰も居なくなったレストランを見て、私みたいな子がもし、来たら?
そんな不安に駆られる。出て行こうとするお母さんたちと、ユウジを、引き止めた。
「ちょっとだけ、待ってて!」
走って、壁際に近づく。これが、ちゃんと次の人まで残っていてくれるかは、わからない。
それでも、希望になって欲しい。アイスを食べようとしてるポスターの女の子と、向き合う。最初から答えはここにあった。私が気付けなかった、だけ。
ペンを想像すれば、手にポンッと浮かび上がる。
いつか一人ぼっちでここを訪れてしまった、あなたへ。
書き出せば、ひとりぼっちだった時の自分の寂しさを思い出す。ぎゅうっとお腹の奥が締め付けられたけど、私の肩に触れた家族の手の温もりに癒された。
あなただけの、記憶の食べ物は、きっと近くにあるから。
最後にイチカと名前を書き込む。
そして、名前もわからないだろうから……
ヒトカという名前はあなたにあげる。
と、書き足した。
一人でも、あなたに花のような幸せを持ってきてくれる人と出会えますように。
キュッという音と共に、ペンがさらさら消えていく。振り返れば、私の幸せが待っていた。駆け出して三人に飛びついて、扉を出る。
すうっと晴れていく気持ちが、身体いっぱいに広がっていく。
<了>




