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姉妹の記憶


 たった一つのメニュー、だったな。そう思った時には、もうどれくらい経ったかわからない。ユウジが、まばゆい光に包まれて消えて、ただ立ち尽くしていた。深い息を吐いて、ソファにへたり込むように座る。


「早く迎えに来てよね」


 ぽつりと、呟いた声はレストランの中に吸い込まれて消えていく。ずっと二人で居たから、寂しい。

 胸の中が、空っぽになってしまったような。何かを見失ってしまったような。


 時が止まったような感覚に、苛まれる。レストラン内を見渡せば、厨房からまたユウジが顔を出しそうな気さえしていた。ありえない、けど。


 パンっと乾いた音をさせながら、頬を叩く。

 一つのメニューで、一人であっちにユウジは行った。

だから、私も、自分の記憶のあるものを食べれば一人でいけるかもしれない。

 

 迎えに来てくれるとは、信じてる。信じてはいるけど、ただ、待つだけにはしたくない。


 立ち上がって、ズンズンと大股で厨房に向かう。そういえば、料理はユウジが作ってくれていたけど、今度はどうなんだろう?

 試しにパッと思いついた、パスタ屋さんのメニューを口にする。


「ペペロンチーノ! あとバケット!」


 念じるように想像すれば、厨房からぬっと料理が出てきた。サラダやスープ、デザートまで付いてる。この中に私の記憶があるかはわからないけど、久しぶりのシェフとの再会だ。ほろりと、頬を涙が伝っていく。


「シェフだよね?」


 問いかけても、答えはない。前からそうだった。

 話せたことはないし、何かをしてくれたこともない。それでも、シェフの存在を感じ取って、飛び跳ねたくなる。

 

 嬉しい。また、会えた。話せは、しないけど。私はまだ、一人きりじゃない。


「ありがとう、シェフ」


 お礼を伝えてから、トレイを持ってホールに戻る。

 いつもの定位置になったソファ席に一人で座れば、ユウジの幻が目にチカチカと入った。

 だらっと寝転がっていたり、私を見つめて幸せそうに微笑んでくれるユウジ。手を伸ばせばその残像は、すぐに消えてしまうんだけど。


 あんなに優しい目線を向けられたのは、初めてなのかもしれない。だから、こんなに愛しくて、もう会いたくて仕方ないんだ。


「いただきます」


 わざとらしく音を立てて、手を合わせる。そして付け合わせのサラダから、口に運んだ。いつだったかのカップルが食べていた、エビのサラダに似てる。

 

 ぷりぷりのエビと、しゃくしゃくのレタス。それに、掛かってるピンクっぽい、ほんのりすっぱいドレッシング。


 噛むたびに、シャクっ、シャクっといい音がする。

 おいしい。

 でも、記憶はないみたい。

 まぁ、あったらあの時に思い出してるよね、


 落ち込まないで、スープに手を伸ばす。

 細切れになった透き通ったたまねぎに、申し訳程度のベーコン。スプーンで一口。しょっぱい味が、広がっていく。よくある、ランチサービスのスープみたい。

 

 よくある?

 私、そういうお店にも行ってたんだ。


 考えてから、ぴたりと固まる。里親に遠慮して、一番安い菓子パンを買ってるのに?

 自分の行動との矛盾な気がして、引っかかる。だって、ファミレスにそうそう行かないと思う。行くために、お金が掛かるし。エミもルイナも、放課後一緒に出かけることはなかったって言ってたし……


 ヒントになりそうな気がして、むーんっと唸ってみた。それでも、記憶にないんだから思い出しようもない。

 諦めて、パスタに手を伸ばした瞬間、ちりんちりんと再会の音が鳴る。


 顔をあげて扉を見れば、大人の女性。店内を見回してみれば、同じくらいの年齢のもう一人の女性。

 また、友人だろうか?


「いらっしゃいませ」


 パスタのセットはそのまま、立ち上がって二人に近づいていく。私の存在に気づいた二人が、右の頬にエクボを浮かべて笑った。そっくりな、笑顔だ。


「こんにちは」

「アキちゃんこっちこっち!」

 

 席に座ってた女の人が、扉から入ってきたアキさんを手招きで呼ぶ。そして、近づいてきたアキさんに、席を引いてエスコートした。


「お姉ちゃんは、過保護なんだから」

「いいでしょ! 可愛い妹と久しぶりのデートなんだから」


 ぎゅっと抱き合ってから、向かい合って座る。どうやら今回は姉妹らしい。抱き合っていた温かさに眩暈がして、フラフラしてきた。


 注文が決まれば、呼ばれるだろう。

 一旦、裏に隠れよう。そう思って、厨房に入れば、ひんやりとした空気が漂っている。ホールよりも、ユウジの感覚が色濃く残ってる気がして、目につく調理器具が、調味料が、行ってしまったことを強く私に訴えかけてきた。


 邪魔にならないように、冷蔵庫横の隅っこにしゃがみ込む。ここなら、ホールは見えない。でも、押し鈴はあるから、決まれば鳴るはずだ。思ったよりも、ユウジを失った事実が胸に来てるみたい。


 自分のことなのに、他人事のようにボヤッと考える。こんなに胸が張り裂けそうに痛いのは、寂しいんだろうか。迎えに来てよって約束して、私は大丈夫だからって強がったのに。

 

 もう、切ない。幸せそうな姉妹の顔を見ただけで、叫び出したくなるくらい、心も体の中もぐちゃぐちゃだった。


 急に、コンロに火がついたカチカチという音が聞こえた。ふと立ち上がれば、フライパンで何が炒められている。あっという間に出来上がって、厨房からお皿を乗せたトレイが出ていく。


 私はまだ、注文取っていないのに。

 トレイを追いかけていけば、勝手に二人のテーブルに乗って止まった。

 どうやら、中華料理らしい。お姉さんの方は中華スープに、ザーサイ、チャーハン。アキさんの方は中華スープとザーサイは同じだけど、メインに回鍋肉、あとライス、餃子まで乗ってる。


 私が一人で落ち込んでいる間に、料理が出て行った。

 それもそうか。

 当たり前のことなのに、今更、気づいて、ユウジが行ってしまった事実より、ずきんずきんと頭が痛んだ。まるで、私なんか、いらないみたい。だって、私が居なくても、料理は届けられる。

 私が来る前も、ウェイターをしようと思い立つ前も、料理が出ていたんだから、当たり前のこと、だけど。


 一人凹んでいる私に、二人は気づきもせずに、きゃあきゃあと楽しそうな声をあげる。


「お姉ちゃん絶対好きだと思ったんだよね、ここ」

「何回もアキに会いに来てるのに、初めて入ったね」

「通り過ぎることは何回も合ったけどね」



 私もあの席に座って待っていれば、勝手に出てくるんだろうか。気づけば、訪れる人たちはいつも、あの席に座っていた。

 

 考えてみたけど、姉妹が居るから今はまだ座れない。その事実に、胸を撫で下ろしていた。座って、本当に何も出てこなかったら、きっと立ち直れない。

 

 ユウジが居てくれれば、まだ、なんとかなったかもしれないけど。送り出したことを、少しずつ後悔しながら、唇を噛み締める。今回は同じものを食べる気には、なれなかった。


「いただきます」

「どうぞー」

「お姉ちゃんも、早く食べてよ」


 キラキラとした目で、お互いを見つめ合う。二人の記憶は、幸せなものなんだろうか。幸せじゃない記憶を思い出しても、それは、その後の幸せにつながってる。他の人たちを、何人も見送ってきたから知ってるんだ。


 ケンカしたこと、嫌な思いをしたこと。

 色々あっても、最後はお互いを思い合って、愛しいと目に映す。憧れよりも、絶望感の方が強い。

 私には、何もない。ユウジもいないし、ウェイターとしての、仕事も、期待も。

 もう一生、私だけここのレストランに居るんだ。

 ユウジも迎えに来てくれないし。行ってすぐ迎えに来れるかは、知らないけど……

 数えていないけど、私は、一人でただ、呆然としていた。迎えに来るって言ったのに。もう、私のことを忘れてるのかもしれない。


 いつもの席が見えるソファ先に、もたれかかる。姉妹の様子を見たくなかった。私だけ、寂しくて、私だけ、一人で、価値もない。そう突きつけられるような気がしてしまう。


 ひゆうっと吸い込んだ息が、音を鳴らした。姉妹は私には、気づかず話を続けている。見たくないのに、二人の会話はどんどん私の耳に入ってきた。


「でね、アキが送ってくれたピアス。旦那に褒められたんだけど、電球みたいって言うんだよ」


 シャランシャランと、軽快に揺れてる音が聞こえる。きっと、そのピアスを自慢しているんだろう。


「それね、私も旦那と選んだんだぁ。お姉ちゃんに似合いそうって!」

「ふふふ、やっぱりアキのセンス大好きだよ」

「恥ずかしくなるじゃん」


 声のトーンは、明らかに嬉しさを表していた。ちらりと様子を見れば、中華スープを二人でおいしそうに飲み干している。あれ? でも、記憶を思い出した雰囲気ではない。


 落ち込んでいたのに、そのことに気づいて、ジロジロと不躾な視線を投げてしまう。それでも、姉妹は二人きりの世界の中だ。ぐうっとお腹が動いた気がして、さすってみる。気づけば、私のテーブルにも、中華料理が並べられていた。


 中華スープ、ザーサイ、チャーハンに餃子。回鍋肉に、白米まである。姉妹二人分の欲張りセットだ。


 中華スープを一口。とろみのついたスープは、あっさりとした塩味。細かく刻まれた豆腐やキクラゲが、顔をのぞかせていた。

 

 ザーサイはクセの強い味に、塩っけ。ぽり、かりっと音を立てながら噛み締める。


「お姉ちゃん、相変わらずダメなの?」

「ザーサイのクセがどうしてもね」

「中華好きなくせにね」


 目を向ければ、ちょうどザーサイの小皿を手渡しているシーンだった。苦手なものを、頼める相手……か。

 

 苦手なものすら、想像がつかないけど。

 私には居なかったんじゃないかと思う。だって、ごはん代をお願いするのすら、遠慮している家族だったみたいだし。

 施設で育ったということは、栄養を考えられた多くの人に向けた料理だろうし。


 想像なのに、ちくん、ちくんっと、心臓が小さく縮む気がする。

 知りたくない。

 知りたい。

 相反する気持ちのせいで、吐き気がした。


 気にしないふりして、口に餃子を詰め込む。じゅわりと肉汁が、飛び出して舌に痛みを感じた。


「あふっ、私の好きなパリパリタイプだ!」

「アキは好きそうだなーって、思ってたよ」

「お姉ちゃんもひとつどうぞ」


 ごはんを分け合う姉妹に、強烈なめまいがした。多分、今本気で羨ましいと思ってる。漠然とした今までの憧れよりも、激しく強く、心が動かされてた。

 

 ぎゅうっと胸の辺りを掴んで、深呼吸をする。誰かと分け合う幸せを、ユウジのせいで知ってしまったから。私は、羨ましくて、羨ましくてしょうがないんだ。


「あっつ! あ……」


 お姉さんの声が、掠れた。

 きっと、何か、声を途切らせるような記憶を思い出したんだ。何を告げるのか、気になってしまって、手を止める。二人の様子を見つめていれば、お姉さんはポロポロと涙をこぼし始めた。


「幽霊? まさかね」

「餃子で、私のこと思い出すんだ」


 そう答えた、アキさんも涙を流し始めた。話の内容から察するに、アキさんが亡くなった時の記憶、だろうか。どんな思い出が、二人の間に流れてるのか。

 気になってしまった。だから、箸をお皿の上に置いてから、呼吸を止める。


「アキの作る餃子が一番おいしいから、家では餃子を作らなくて……お店の餃子も好きじゃなかった」

「お姉ちゃんはいっつも言ってくれたもんね。アキの作る餃子が世界一って」

「でも、アキが死んでしまって、私もう二度と食べられないんだって思った」

「ごめんね。でも、お義兄さんのもおいしかったでしょ?」


 ハンカチで涙を拭う仕草をしてから、お姉さんは「そうね」と答えて微笑んだ。アキさんは、満足そうに唇を緩めて、笑い声を上げる。


「託したんだもん」

「アキが作る餃子に似てた。でも、ちょっと違った」

「アレンジしてたんだ! 私に嫉妬してたもんね、お義兄さん」


 いたずらっこのように、アキさんはあーんと口を開ける。そして、お姉さんの止まった手に、優しくスプーンを持たせた。


「チャーハンも食べなよ」

「食べるたびに、何か起こるの?」

「知りたくない? 私がここにいて、お姉ちゃんと話してる理由」


 謎解きみたいな問いかけだった。お姉さんは、小さく、本当に小さく頷いて、スプーンを薄茶色のチャーハンの山に差し込む。そして、チャーハンを口に放り込んだ。


「ふっ、ふふ、あの人、バカねぇ」

「お義兄さんの、思い出?」

「アキには勝てないけど、チャーハンだけなら勝てるって言い張って」

「これ、お義兄さんのチャーハンなんだ」

「そうみたい」


 チャーハンをよくよく見てみれば、確かに中華屋さんで出てくるものより、少しべちゃっとしている気がする。

 豚バラの薄切りを細かくしたようなお肉だし。ネギの大きさも、バラバラ。


「アキのアドバイスだったんでしょ?」

「何か一つでも、ってね。こうなるとは思わなかったけど」

「記憶の一つになるとは、私も思ってなかったけど。あの子も、相変わらず休みのたびに作ってってねだってるのかしら」

「多分そうじゃない? 子どものためにも、一品あるといいよぉって教えてあげたから」

 

 子ども。私は、里親にとって、大切な子どもだったんだろうか。

 迎えにも来てくれないのに?

 気になって仕方ない。私が、誰かに愛されていたのか、どうか。迎えに来てくれる人がいない時点で、答えはわかってるけど。


「でも、前より上達したのよ」

「最初はこげこげだったし、べっちゃべちゃだったもんね」

「あら、これもやっぱりアキが教えたの?」

「最初だけだよ」


 お姉さんの旦那さんと、本当に仲が良さそうな口ぶりだった。血が繋がっていないのに、家族なんだなと思ってから。

 ため息を吐き出した。レストランはいつのまにか、中華屋さんに変わっていて、テーブルは鈍い赤色に染まっている。

 アイスを食べていたポスターの女の子も、麻婆豆腐がぐつぐつと煮たっているポスターにとって変わられていた。


「私の回鍋肉も食べる?」

「それ食べたら、何を思い出すんだろう」

「お姉ちゃんにとって、いいかはわからないけど。でも、謎の答えが解けるかも?」

「待って、まず考えていい?」


 お姉さんは、昔の探偵みたいに眉間に人差し指を当てる。そして、んーっと唇をすぼめて考え始めた。

 アキさんは、くすくすと笑いながら、自分の餃子やライスを食べ始める。お姉さんからもらったザーサイも、ポリポリと音を鳴らして噛み締めながら。


 余計なことを考えたくなくて、私もチャーハンを口に運ぶ。口の中に脂の味と、卵のふんわりした食感が広がっていく。

 うまみの強い醤油の味が、ガツンとした。

 おいしい。こんなに、胸が張り裂けそうでも、倒れてしまいそうでも、おいしいんだ。


 そのままの勢いで、回鍋肉にも箸をつける。甘いミソの味と、揚げ焼きにされた豚バラでごはんが進む。たまらず、白いごはんも口に入れて、気づけばガツガツと平らげてしまった。


 あんなにあったのに。無くなる時は、あっという間だな。両手を合わせて、ごちそうさまでしたと小さく呟いた瞬間、跳ねたような声が店内に響いた。


「わかった!」

「どーぞー」


 お水を一口、ごくんと飲み干してから、アキさんはお姉さんを指し示す。お姉さんは、両手を叩いてから、アキさんにキラキラとした目で語りかける。


「ありがちなのは、夢だよね。アキに会いたすぎて、こんな奇跡みたいな夢を見てる」

「普通はそう思うよね」

「でも、違うんだよね」

「うん、違うよ」


 歯切れの悪い言い方で、アキさんは頷く。喉が渇いているのか、ごくごくと何度も水を飲み干しては、ピッチャーから注いだ。そして、お姉さんの言葉を待つ間に、また、お水を飲み干していく。


「私も、死んじゃったのかぁ」


 あっさりと、そして、断定的に答える。この状況で、こんなに冷静で居られるのは、家族が迎えに来てるから?

 もう少し戸惑いや、恐怖を覚える人の方が多かったのに。アキさんは、答えずに、どうぞと回鍋肉のお皿を差し出した。お姉さんは、何も言わずに回鍋肉を箸で掴んで、口に入れる。


 もぐ、もぐと噛んだかと思えば、口元を緩めた。


「やっぱりかぁ」

「回鍋肉が最後のカケラって、なんで? お姉ちゃんが回鍋肉食べてるのなんか、見たことなかった」

「そうね。アキはサリナが生まれた頃に亡くなったもの」


 話の流れ的に、お姉さんの子ども、かな?

 と思っていれば、大正解だったらしい。アキさんが、続きを促すように頷いた。


「サリナちゃん、いくつになったの?」

「もう高校生! あの子、回鍋肉が一番のお気に入りなのよ」

「そうだったんだ」

「だから、ちょっとだけ、アキの生まれ変わりだったりしてって思ったり。仕草も似てるし、好きなものも同じだったから」


 大切な人を失った人は、大切な人のカケラを集めて、期待して、心に生かして、生きてるんだろうか。私にはわからない。仕草が似てるから。好きなものが同じだから。

 生まれ変わりだったら、そう祈って生きることは、大切な人にまた会いたいという思いからかな。


 想像してみたけど、よくわからなかった。でも、もし、私の前に新しい人が現れて、料理が得意で、自由きままに振る舞ったら……

 私は、ユウジが戻ってきたと思ってしまうかもしれない。迎えに来たはずなのに、何もかも忘れて現れた、と。


「そんなこと、全然ないのにね。早すぎるのよ、アキガ居なくなるの」

「ごめんね」

「あんなに元気だったのに、急に病気で倒れるんだから」

「お叱りはいくらでも、聞くよ」


 アキさんは、照れくさそうに鼻をポリポリとかく。そんな様子を見て、お姉さんは潤んだ瞳のまま、アキさんの頬に手を伸ばした。


「死んでも、私たちは会える運命なのね」

「仲良し姉妹だからね」

「まだまだ長生きはしたかったなぁ」

「それは、私も思ったよ。サリナちゃんにも会いたかったな」


 二人とも、残してきた人たちを思って、一粒の雫をこぼしている。あまりの美しさに、息を飲み込む。

 私にも、残してきた人がいたら。その記憶があったら。まだ、生きていたかったと、思うんだろうか。

 思わない気がする。そして、そんな人もいない気がする。だって、居たら、覚えているはずだもん。

 忘れられないよ、多分。


「サリナ、泣いてるかもな」

「多分一番泣いてるのはお義兄さんだよ」

「あの人泣き虫だもんね」

「私が知ってる中で一番の泣き虫」

「お母さんもお父さんにも、申し訳ないわね。姉妹二人して先に旅立つなんて」


 テーブルの上で、手を強く握り合って、家族を思い出す。二人の間には、確かな絆が見えた。ずっと、繋がっているんだ。


「それは、私の方が先だったから、謝りたいな。迎えに来る時に、ごめんねって言っておいしいものでも、食べよう」

「お母さんもお父さんも、食べるの大好きだったからね」

「そうそう、年なんか関係なく、なんでも食べられるんだから。目一杯楽しんでから、あっちに行くとか言い出しそう」

「ありえる!」


 するりと手を離してから、二人は空になった食器を重ねた。もう、行くつもりなのかもしれない。

 記憶を思い出したから。

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