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タイトル未定2026/02/19 23:49

高良君とは高校生の時、委員会の先輩と後輩って関係で仲良くなった。私は年下に教えることが得意じゃないけど、高良君は素直に聞き入れてくれるし言葉に詰まったとき一番欲しかった助け舟をくれるから好きだ。その察しの良さと、容量の良さがとても後輩には見えなかった。情けない先輩でごめんね。って何度も言った気がする。そのたびに高良君は、「先輩ぐらい緩い人の方が色々聞きやすいし、話しやすいです笑」って優しく言ってくれて嬉しかったのを覚えている。苦手な事を上手くこなせたとき、上手くこなせるように「してもらった」時、人の脳は何か勘違いするみたいで。私と高良君の距離はどんどん近くなって、最後の委員会の日に高良君から告白された。高良君がいつ私を好きになったのかは分からなかったけど、すっかり上機嫌に熟成された私の脳は「え、うん」と情けない返事とともにオッケーを出してた。



お付き合いはなかなかに順調で、お互い初カレ初カノじゃないからこそ作法のようなものはなんとなく理解していたし、暗黙の了解で地雷を踏むことなくついに4年目を迎えようとしていた。いつも変わりのないデートだけど、高良君となら退屈じゃなくて、それはどうやら高良君も同じようで。何気ないデートを何回もやってたまに新しい場所に出かけて、そんな何でもない日々に少しの変化が起きた。

「先輩、俺たちそろそろ付き合って4年です。同棲しませんか。」

一息で言われたそれに私はひどく驚きながらも、まあこのタイミングだよねと半々の気持ちで「私もそう思ってたよ」と返した。そこからもまた順調だった。お互い駅や土地にひどいこだわりは持ってなかったし、部屋の好みだって双方の家に何度か泊まりに行けば察せるものがある。互いのすきを同じ数ずつ大事にしながら始まった同棲生活は何も問題なく続き、同棲してから早くも2年がたとうとしていた。そこから、駄目だった。



私は同棲前からカメラを買って写真を撮っては楽しんでいた。それもデジカメではなく一眼で、私が「もともと撮りたかったけどカメラが無いから」で諦めていた撮りたい欲を満たすには十分な代物だった。私の生活の中ではかなりの出費だったけど、やりたかったことができることに変わって、さらに好きなことになるのが私の中でたまらなく嬉しくて。大切な趣味の一つとして育っていた。でもなぜか高良君には、言えなかった。写真は一枚も見せなかったし、カメラをむしろ見せないように隠していた。


ひょんなことからカメラの存在がバレた。きっかけはカメラのバッテリーを充電したまま、コンセントに放置したから。いつもの私ならそんなミスはしないのに、気が緩んでいたのか、高良君なら私の趣味に茶々は入れないと勝手に思いたくなっていたのか。高良君が充電のたまったバッテリーをもって「これ何」って言いだしたとき、バレたと思ったけど今が話時なのだと思った。

「えっと、それは一眼カメラのバッテリーで」「知ってる」

どういうわけだかすごく冷たかった高良君の声にびっくりしていると、高良君が私の聞きたかったことに一つ一つ答えてくれた。

「どこか家電の部品を充電してるのかと思って、俺なんにも知らないからもしかしていつもやってくれてたりすんのかなって。だから何の部品か調べたんすよ。そしたらカメラのバッテリーって出てきて。意味分かんなかった。しかも値段馬鹿になんないやつ。なんで俺が知らないわけ?高い買い物をするならお互いに共有をかけようって同棲する上でのルール決めたよね?」

高良君の言うことはごもっともで、私はぐうの音も出なかった。けどそのカメラは高良君と同棲する前に買ったんだよ、高いって言うけど中古だよ、って説明したら高良君は「やっぱり」って一言だけ言って顔を伏せてしまった。

「やっぱそうなんだ。当たってほしくなかったわその予感。」

「俺そのバッテリー調べた時にどんなカメラかも知ったんすよ。そしたらもう市場に出回ってない古いカメラで、でもネットに残ってる誰かのブログ見た感じ数年前には何台かまだあったって。だから今さっき買ったようなものじゃないんだなって分かったっすよ。買ったとしたら俺と同棲するより前のタイミングだなって。」

「やっぱすごいね高良君は…ほんとその通りだよ、バッテリーだけでそこまでわかるって思わなかった。」

素直に驚きながら羨望の眼差しを向ける私に、高良君は非常にあいまいな表情で少し泣きそうな目をこちらに向けてきていた。

「黙ってたのはごめん、隠し事されたみたいで気分悪いよね。」

「あんたそれ本気で言ってんすか?隠し事してごめんじゃないでしょ。」

高良君が何にそこまで本気で怒っているのか分からなかった私は、ただひたすらにおろおろすることしかできなかった。そんな私を見てしびれを切らした高良君は、それはそれは深いため息をついてまた少しずつ話し出した。

「俺最近先輩が浮気してるんじゃないかって疑ってたんですよ。夜ヘッドフォンして何かずっと聞いてるし、時々楽しそうに談笑してるっすよね。俺が戻ってくるとすぐ話やめるし。家電屋行ったときもカメラコーナーとか行きたがるし、好きな男ができてそいつの趣味に合わせてんのかと思って。もうこの際覚悟決まったのでハッキリ言ってください。他に好きな男いるんですか。」

心底驚いてしまった。確かに何も知らない高良君からしたら、意味の分からない言動が増えて怪しくは見えたかもしれないけど、浮気者として見られていたなんて思いもしなかった。

「誤解させてごめん。えーと、ヘッドフォンして聞いてたってやつは趣味仲間とツイッターのスペースで話してて、高良君といるときはそっちを優先したいから高良君がお風呂とかコンビニ行ったときだけマイク参加とかしてて。誰か好きな相手がいるってより、趣味仲間とワイワイしてて、浮気とかじゃ本当にないから。」

また深いため息をついた高良君は、「浮気じゃないならよかったっす。」とぶっきらぼうに一言。きっと腹の虫は収まっていない、きっとまだ何か気になっていることがあるのだと思っていたら、また高良君が口を開いた。

「まあ一旦浮気じゃないとして。スペースってやつ、別にヘッドフォンしなくてよくないですか?カメラだって隠さず教えてくれればいいのに。そしたらこんな抉れたりしなかったっすよ。」

痛いところを突かれた私は何も言えないまま黙りこくってしまった。私は確かに高良君に趣味を隠していた。カメラも趣味仲間も丸ごと全部。後ろめたさは正直あった。

「ごめん、なんか、なんか言えなかっただけなの。隠したいとかそんなことはないんだけどなんか言い出せなかった、それだけ。ごめん。」

「…いったん落ち着きましょうか。俺も別に攻撃的になりたくないし、あー、あったかいもんでも飲みます?」

「…うん、飲む」

高良君がキッチンに行ったとき、高良君の手元から離れたバッテリーをそっと手に取り抱えた。人肌に触れて温まってるはずのバッテリーがひんやり重くて、なんか駄目になりそうな気がする、と嫌な予感がした。



気分転換に何か動画でも見ようと思って、snsを開いた時に高良君は戻って来た。いつものように横に座って、私のスマホを一緒に除きこむ。たまたまおすすめに流れてきた画像を見て、高良君は私の地雷を踏んだ。

「…いや必死過ぎるだろ」

いつもだったらそんなに気にせず流せるのに今日ばっかりはどうしてもだめで、言いたいことが少しずつ爆発してしまった。おすすめに流れてきた画像は、スケート選手が滑りながら真剣な表情をしている瞬間を映したものだった。

「必死過ぎって、何」

高良君は私の攻撃を含んだ物言いにびっくりしたようで、目を見開いて「え」と声をもらした。何も言わず答えろと目で訴える私に、高良君は「いや、これ見てそう思っただけ」と言うが私は自身の大爆発を止められなかった。勘違いをさせていたとはいえ、浮気者扱いをされていたことも頭に来ていたのかもしれない。日頃思っている、何も今持ち出さなくていいことを私はぶちまけてしまった。


「高良君のそういうところ嫌いだよ、私。本気で頑張っている人の事をずっと馬鹿にするよね。その人が頑張っていることには変わりないのに、それに何も関係ない容姿の批判をしたりしてさ。いや別に好きにすればいいんだけど、高良君の自由なんだけど。でもいつか、私も高良君から見たら醜くあがいているだけの人に見えるんじゃないかって怖いよ。すごく怖いよ。私が何かに本気で取り組みたくなった時に、高良君はもしかしたら口では「応援してるよ」とか「頑張って」って言ってくれるのかなあ。でもいつもの高良君だと、このままの高良君だと、「なーに頑張っちゃってんだか」「意味ないのに」「必死過ぎてダサい」って言いだしそうで、少なくとも思っていそうでさ、私が何か本気で取り組みたくなっても高良君には話せなくなっちゃう。何でも一番最初に報告しあう関係を、私が何か本気で頑張りたくなっただけで壊すことになるんだと思うとぞっとする。私が必死に何か頑張ったとき、高良君は応援の気持ち100%でいてくれるの?必死こいて歯を食いしばってる顔を見て「冷めた」とか言い出さない?すごく怖いよ、何も変わってない私を「そっち側行ったか」みたいな反応で見てきそうで嫌だよ。頑張りたいことが一つ増えただけでなんでそんなに手のひらを反すような反応が返ってくるの?」

だから私はカメラの事をあなたに話せなかったんだよ、と言いたい空気は高良君にも伝わったみたいで高良君からも反撃が来た。

「そんなに言います?俺前も言ったじゃないですか、家庭環境が由来で何かに真剣に取り組むたびに邪魔されてきたって。だから何かに一生懸命頑張れてるやつが正直妬ましいんすよ。それだけじゃない。先輩の事を好きになったのだって、緩くひたむきにまじめにちゃんとやるところが好きで、荒々しく壁にぶつかっていくタイプじゃなくて、歩幅だっていつも一緒だったじゃないすか。そんなところが好きで、そんな先輩と一緒にいると落ち着いた空気でいられるから、だから好きだったのに。やりたいことが見つかったのはよかったですね、でも俺は置いて行かれた気持ちです。キラキラしたものを追いかけて走っていく先輩に、先輩が離れた分灰色になっていく毎日をすごす俺の気持ちなんて分かりやしないんだ。俺と一緒にいる時間が一番楽しくあってほしいのに、今の先輩はそのカメラ握ってるときの方がよっぽど楽しいんでしょ。それに少し気づいてるでしょ、俺にカメラの事を隠してたのは分かってた節があるからでしょ。分かってたなら溝が深まる前に何で言うって選択肢を取れなかったんすか。」

お互いしばらく沈黙を聞いて、ずいぶんとぬるくなったお茶を見る。私がジュースよりもお茶や水を好んで飲むことを知ったうえでのチョイスなのに、それがなんだか灰色に見えた。

もし私がもっと早い段階で高良君にカメラの事を話していたら、もっと冗談に近い空気で「えーカメラが今一番楽しいって、そこは俺と過ごす時間って言ってくださいよー」なんて笑い話ですんだ気がして、どうしようもない後悔と深くなった溝を見て、ああ多分このまま本当に駄目になるんだ、と思った。空気は伝播して、高良君もどうやら同じ事を思ったみたいだった。

私はどこか高良君を下に見ていたのだろうか。きっとこの趣味を受け入れてくれないと勝手に判断したばかりに壁ばっかり高くなって、最悪な形で崩壊してしまった。察しのいい高良君はどうやら私の感じたことを悟ったみたいで、少し追撃してきそうな空気を出したので私はとっさに口を開いた。高良君相手にもう臨戦態勢だった。

「高良君だって私を下に見てるよね、さっきの感じ。ゆるくって何、ひたむきにって何。私はもっとがつがつ頑張りたいことだってあるし、歩幅がいっしょとかそんなの勝手に決めつけないでよ!お家の事だって理由にしないでよ、なんか逃げてるみたいでずるいよ。」

自分が想像したものと大体同じものが返って来たのか、高良君はやっぱりとそんな強く言うか、が混ざった複雑な表情で黙って私を見ていた。

お茶はとっくに冷えていた。私たちももう、すっかりと冷めてしまった。




それからはなし崩しに同棲は終わり、友達の家に泊めてもらったり新しいアパートに引っ越したりでしばらくせわしない日々を送った。高良君と別れた悲しみよりも、これでよかった、いずれはこうなったんだと諦めに近い気持ちで涙もあまり出なかった。



新居の中はまだ段ボールまみれで、面倒になった私は趣味に逃げた。一眼の電源を入れて写真フォルダを見る。何気ないけど自分にとって特別な印象を受けた景色がそこには詰まっていて、宝物を眺めるような気持ちでしばらく見つめていた。いっそ本当に良かったんだ。これを見て、「何がいいのか分かんないっす」なんて言われたら私は高良君を大嫌いになっていた。これでいい。しばらくは趣味全開で生きていこう。そんな風に決心が固まったとき、一枚の写真を見てしまった。


部屋の写真だった。同棲を始めて間もない時に、「なんかいいな、好きだな」と思って撮った何気ない部屋の写真だった。撮ったその当時より煌めきは減ってるものの、その写真を撮ったときの自分がふいに戻ってきて、現実との温度差にひどく悲しくなった。もうあの部屋は無くて、私たちは別れてしまった。もう一緒には居ない。どうしようもない量の涙をひたすらに流しながら、横になり膝を抱えた。

好きだったなあ、高良君と過ごす時間。好きだった、今もあの時間自体は好きだと思う。好きだよ、でもやっぱ嘘だよ、高良君。

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