第九話:古文書修復は「ラップ・バトル」! 粘着質すぎる歴史の守護者!
孤島での生活にも慣れたアレンとルナは、いよいよ今回の任務の核心である、古代遺跡に眠る「魔導古文書」の修復に取り掛かることになった。
古文書は、島の中心にある崩れかけた神殿の奥深くに安置されていた。それは、魔力によって綴じられていたが、長年の時間の経過で結界が弱まり、崩壊寸前の状態だった。
「ルナ。この古文書の修復には、非常に繊細な魔力操作が必要だ。一箇所でも魔力の波長が乱れれば、数千年の歴史が塵になる」
アレンは真剣な表情で古文書に手をかざした。修復に使うのは、古文書を構成する文字の魔力を再活性化させる『マナ・リバース・トリートメント』。通常は、数時間にわたる、一音一音慎重な詠唱が求められる。
「今回は、『静謐な環境音楽』のような、緩やかで安定したフローで挑む!絶対に、興奮してビートを上げたりしない!」
アレンは固く誓った。
しかし、アレンが古文書に魔力を流し込もうとしたその瞬間、古文書そのものから、うめき声のような低い音が響き始めた。
「……何者だ、我が静寂を乱すは」
古文書から、半透明の霧のような存在が這い出てきた。それは、古文書の結界を維持していた「知識の番人」と呼ばれる、粘着質で真面目すぎる精霊だった。
「貴様、その不純な魔力の振動で、我が書物の神聖さを貶めるつもりか!」
知識の番人は、アレンの「ラップ詠唱」による魔力の波長を、「ノイズ」として認識しているようだ。
「フッ、番人か。残念だが、俺の魔力は、お前の言う『不純なノイズ』でしか存在できない。だが、このノイズこそが、お前の古文書を救う鍵だ!」
アレンは、修復魔法の詠唱を開始した。彼は自分に言い聞かせた通り、静かでゆったりとしたビートを刻む。
「スローで穏やかな、静かなバース!知識の扉、そっと開く、まるでワルツ!」
アレンの詠唱に合わせて、魔力が古文書に流れ込み始めた。波長は穏やかだ。
だが、知識の番人は、その「ワルツ」という言葉に反応し、激しく怒り出した。
「ワルツだと!?この神聖なる古文書の修復に、軽薄な舞曲を用いるとは、歴史に対する侮辱である!」
番人は、霧状の腕を伸ばし、古文書の修復を妨害しようとする。
「やめろ!俺は優雅にやっているつもりだ!」
アレンが苛立ちを見せた瞬間、彼のフローは一気に加速した。アンビエントから「激しいフリースタイル・ジャズ」へと切り替わったのだ。
「邪魔すんなよ、番人!お前の粘着質、マジでウザい!古代の知識、古すぎるぜ、今を生きろ!」
ルナは、先生の急なビートチェンジに合わせるため、頬の筋肉で「タッタカタッタッタ、ズンチャカズン」という変拍子のパーカッションを刻み始めた。
「Yo!Yo!Yo!アレン先生、もっとフリーダム!」ルナも口パクで合いの手を入れる。
「マナ・リバース、トリートメント!俺様の魔力、歴史を書き換えるパワー!お前の常識、ここでオーバーホール!」
アレンのラップ詠唱は、予測不能なリズムと、強烈なディスリスペクトの言葉を伴い、古文書の結界に叩きつけられた。
すると、古文書は、ラップのビートに合わせて、結界が修復され始めたのだ!不安定なリズムとディスという「ノイズ」が、逆に古い結界の硬直を打ち破り、活性化させたのである。
「バカな……!不規則な魔力の波長が、逆に古文書の修復を促進しているだと!?こんな、こんな不謹慎なやり方が、認められるわけがな……!」
知識の番人は混乱し、もはや修復を妨害するどころか、アレンの変拍子ラップに戸惑いと若干の興味を示し始めていた。
「知識は流れ、歴史は常に進化する!古い結界、ブッ壊して、新しいページをめくる!」
アレンは最後のフックを決め、修復魔法を完了させた。古文書の崩壊は止まり、文字の一つ一つが再び輝きを取り戻した。
知識の番人は、呆然としたまま、霧となって古文書の中へ戻っていった。
アレンは息を吐き、ルナに笑顔を見せた。
「フッ。やはり、『古すぎるものには、新しい刺激が必要』ってことだ。俺様のラップが、古文書の時代遅れの結界を、強制的にアップデートしたんだ」
「すごいです、先生!でも、番人が最後、『なかなか悪くない変拍子だった……』と、私には聞こえた気がします……」ルナは、頬を抑えながら言った。
アレンは、満足げに修復された古文書を眺めた。任務は完了だ。
「よし、ルナ。これで任務は完了。帰りの船が出るまで、俺はもう少し、この『誰にも聞かれないライブ会場』で、次のフローを磨くとするか」
アレンは、誰もいない静寂の孤島で、最大音量の新しいラップの練習を始めた。彼の伝説は、誰にも聞かれることなく、しかし確実に、強烈な個性を放ち続けていた。




