第七話:ギルド審査会! ラップ詠唱が「伝統と格式」をディスる!
沈黙の粘体討伐の成功を受け、アレンは中央魔導師ギルドの「昇級審査会」に召集された。これは、彼の功績と、「アレン特異詠唱事例」の有効性を正式に認め、彼の地位を「特級魔導師」へと昇格させるための、非常に厳粛な会合である。
会場は、ギルドの中でも最も格式高い「大詠唱の間」。審査員席には、バルド総長を始め、王国の伝統と格式を重んじる古株の魔導師たちが、仏頂面で並んでいた。
「アレン。今回の審査は、貴様の『特異な詠唱』が、魔導師として普遍的な有効性を持つかを試す場である」バルド総長が静かに宣言した。
「規則により、貴様には、指定された課題呪文を、正確に、かつ優雅に詠唱することが求められる」
課題呪文は、特級の防護魔法『アイアン・スキン・シールド』。魔力を均一に全身に纏う、非常に安定性が求められる呪文である。
「アレン先生……今回は、絶対に韻を踏んではダメですよ。詠唱を『優雅に』、ですよ!」ルナが、アレンの背後で、小声で必死に訴える。
「分かっている、ルナ。今回は静かで、流れるような詠唱……ジャズのように、いや、クラシックのように、静謐なフローを目指す!」
アレンは目を閉じ、静かに魔力を練り始めた。
審査員たちは、その真剣な佇まいに、わずかに期待の目を向けた。もしかしたら、彼は常識的な詠唱に戻れるのかもしれない。
アレンは、防護魔法の呪文を心の中で組み立てる。
「強固なる鉄よ、我が身を守る盾となれ――アイアン・スキン・シールド!」
アレンの口が開いた。
しかし、彼の口から飛び出したのは、クラシックとは程遠い、挑発的な西海岸風の重低音ビートだった。
「Yo, Yo, What's up, Old Guys? 聞けよ、このマイクのテストだ!」
審査員たちの顔が、一斉に引きつった。
「アイアン・スキン?そんなもんじゃダセェ!俺のシールドは、マジでストロング!伝統と格式?そんな古い壁、俺がぶっ壊す、今、Break it down!」
アレンは、審査員たちに向かって、挑発的に親指を下げるジェスチャーをした。完全に審査会に対するディスリスペクトである。
「防護のフローは、硬く、そして粘る!だが、リズムは止めない、常に前へ!これが特級の、アイアン・フロー!」
呪文は『アイアン・スキン・シールド』!彼の身体の表面に、鉄のような光沢を放つシールドが展開された。詠唱は完璧にラップであったが、シールドの硬度と安定性は、過去の誰よりも優れていた。
バルド総長は、額の血管を浮き上がらせながら、机を叩いた。
「アレン! 優雅に、だと私が言ったはずだ!なぜ、貴様は審査員を煽り、まるでクラブのように振る舞うのだ!」
アレンはシールドを解除しながら、涼しい顔で答えた。
「総長。これが、私の考える『優雅なフロー』です。私の魔力は、静寂を嫌い、挑戦を愛する。伝統的な詠唱を試みれば、かえって魔力が不安定になる。私は、私の本能に正直になっただけです」
「私はクラシックではなく、ヒップホップ。これが、俺の魔導哲学だ!」アレンは、最後の決め台詞を付け加えた。
その時、アレンの後ろに控えていたルナが、顔を覆い始めた。彼女の頬の筋肉が、まるでドラムマシンを叩くかのように、激しくピクピクと動き始めたのだ。
「うぅ……先生のフローが、あまりにも攻撃的すぎて……私の頬が、先生のビートに合わせて、勝手にパーカッションを刻んじゃいます!」
ルナの頬から発せられる「タタタタン、チキチキ」という微細な振動が、静かな審査室に不気味に響き渡る。
審査員の一人が、ルナを指さして叫んだ。 「あの娘の頬はなんだ!まるで魔力異常ではないか!」
バルド総長は頭を抱えた。アレンの魔法の有効性は認めざるを得ない。詠唱は完璧なラップであったが、シールドの質は最高だった。しかし、彼の態度と、弟子の頬の奇行は、ギルドの品位を著しく貶めている。
「……分かった、アレン。貴様の魔導師としての功績は認める。特級への昇級も認めよう」
アレンは、よし、と小さく拳を握った。
「しかし、貴様には、その『特異な詠唱』を世間に広めないための、特別な監視任務を与える」
バルド総長は、一枚の古びた地図を取り出した。
「王国の辺境、『音の届かない孤島』に、古文書の修復依頼が来ている。貴様はそこで、誰にも聞かれることなく、心ゆくまでその『ラップ』とやらを磨け。そして、その間の全ての通信は、『韻を踏まない文章』で報告せよ」
「音の届かない孤島……」
アレンは地図を見た。それは、周囲全てが音を遮断する結界に覆われた、極めて閉鎖的な場所だった。
「承知いたしました、総長。誰にも聞かれない場所なら、誰にも気兼ねなく、最大音量でラップをかませるというわけですね!」
アレンは、むしろ喜んでいるようだった。バルド総長は、深く深く、二度目のため息をついた。
こうして、最強のラップ魔導師アレンは、新たな修行の地、「誰にもディスされない孤島」へと旅立つことになった。ルナの頬の筋肉は、その期待感で、高速のドラムソロを刻んでいた。




