第五話:王都帰還! 報告書は「フローティング・リリック」で提出されるのか?
迷宮での任務を終え、アレンとルナは王都へと帰還した。二人が向かうのは、王国の中枢、「中央魔導師ギルド」である。
ギルドの総長室は、重厚な絨毯が敷かれ、書物が天井まで積み上げられた、厳格な空間だ。総長は、白髭を蓄えた厳めしい老魔導師、バルドであった。
「アレン。ご苦労だった。伝説の魔導具の回収、見事である。さすがは王国最高の魔導師だ」
バルド総長は、静かに頷いた。しかし、彼の視線は、アレンが差し出した任務報告書に注がれていた。
「さて、アレン。この報告書、なんなのだ?」
バルド総長が困惑の表情で指し示した報告書には、びっしりと文字が詰まっている。ただし、その内容が常識とはかけ離れていた。
【任務報告書:迷宮深部攻略・沈黙の魔人戦】
使用呪文詳細:
1.フレイムノヴァ(ディスリスペクト・バージョン): Yo, Yo, Check it out!(中略)マジでファイヤー!
2.アクアバースト(水圧ディス): お前ミミック、マジでリスキー!(中略)最高のハイプマンだ!
3.ホーリーフラッシュ・バースト(アルティメイト・フック): 今、闇を切り裂く、最高のライム!(中略)これが光の、ア・ル・ティ・メ・イ・ト・タ・イ・ム!
戦闘総括:敵は静寂を愛する真面目な魔人であり、その予測可能な挙動を逆手に取り、意図的に不規則なリズムと韻を乗せた詠唱を行うことで、魔人の魔力防御を無効化した。特に、弟子のルナによるハイプ(合いの手「Yo!」)は、魔力ブースト係数1.8を達成。今後の呪文詠唱の新たな可能性を示唆する。
バルド総長は、報告書を一度読み終えると、ゆっくりと眼鏡を押し上げた。
「アレン。この『ハイプ』というのは、魔導師用語ではないな。そして、『ディスリスペクト』とは……」
「総長。これは、私の新たな『詠唱理論』に基づいた報告書です。私の魔力は、従来の呪文詠唱では安定せず、無意識のうちに『ビート』を求めてしまう。であれば、そのビートを制御することで、より強力な魔力を引き出せる、という結論に至りました」
アレンは真剣に答える。その瞳は、まさに新しい真理を発見した学者のそれだ。
「つまり、貴様は、その…『ラップ』を、真面目に魔法理論として確立しようとしているのかね?」
「その通りです。総長。もはや私の体は、真面目な詠唱を拒否します。私にとって、魔法とは『フロー』であり、呪文とは『バース』なのです」
総長は深くため息をついた。中央魔導師ギルド開設以来、このような報告書は前例がない。しかし、アレンが持ち帰った魔導具は本物であり、彼の功績も疑いようがない。
「……分かった。この報告書は、『極秘:アレン特異詠唱事例』として処理する。ただし、この詠唱理論を、無闇に他の魔導師に広めることは許さん。特に、新人に『ハイプマン』の訓練をさせるのは厳禁だ」
「承知いたしました」アレンは敬礼する。ルナは、ハイプマンの訓練続行が許可されたことに、心の中で小さくガッツポーズをした。
その時、総長室の扉が勢いよく開いた。
「総長!大変です!王都の北門付近に、新たな魔物が出現しました!」
駆け込んできたギルド職員は、息を切らしている。
「何だと!?詳しく説明しろ!」
「は、はい!出現したのは、異界から迷い込んだとされる『沈黙の粘体』です!この魔物は、触れた場所の『音』と『振動』を全て吸収し、無力化するという特殊能力を持っています!」
ルナが青ざめた。
「音と振動を全て吸収?それじゃ、アレン先生の『ラップ』も、『ビート』も、『ハイプ』も、全部吸い込まれてしまうんじゃ……!」
アレンの顔から、笑顔が消えた。彼の魔法の源は、まさにその「音」と「振動」なのだ。
「なるほど……音も、振動も、か。つまり、俺の最強の詠唱理論が、完全に無力化される相手というわけだ」
沈黙の粘体。それは、アレンにとって、これまでの物理的な強敵よりも、遥かに厄介な「概念的な天敵」だった。
「アレン。貴様は音がないと魔法が使えないのか?」総長が尋ねる。
アレンは、真剣な顔で魔導具を握りしめた。
「いいえ。私は、『韻』と『フロー』があれば、魔法は使えます。音と振動がなければ……『心のビート』でラップをかますまでだ!」
アレンは、ルナに目配せをした。
「行くぞ、ルナ!今回は、お前のハイプも、俺のラップも、全て『口パク』だ!心の底で、世界一熱いビートを刻め!」
「く、口パクでハイプマン……!なんというシュールな挑戦……!」
最強の魔導師アレンは、音と振動を吸収する概念的な天敵に対し、「無音のラップバトル」を挑むことになったのだ。




