第四話:真面目なラスボス登場! 静寂を愛する主と、アレンの「不謹慎ビート」
アレンとルナは、ついに迷宮の最奥の間へと到達した。その広大な空間の中央には、黒曜石の祭壇があり、そこに、今回のターゲットである伝説の魔導具が置かれている。
そして、その魔導具を守るように立っていたのは、迷宮の主、「沈黙の魔人」だった。
沈黙の魔人は、全身を漆黒のローブで覆い、顔には感情を一切感じさせない無機質なマスクをつけている。その周囲には、絶対的な静寂が満ちており、魔力の高まりすらも音を立てない、厳粛な雰囲気に包まれていた。
「……よく来た、不純な音を撒き散らす者よ」
魔人は、かすれた、しかし重々しい声で言った。その声には、アレンのこれまでの「不謹慎な騒音」に対する、深い不快感が込められている。
「この間は、『静寂の儀式』の最中だったのだ。貴様の『韻を踏んだ騒音』のせいで、結界の生成が3.4秒遅れた。その罪は重い」
沈黙の魔人は、極度の真面目さと、ミリ単位で物事を把握する正確さを持ち合わせていた。
アレンは、真面目なラスボスを前に、ニヤリと笑った。
「フッ……まさか、俺様のラップが儀式を邪魔していたとはな。3.4秒?結構なタイムロスだぜ。だが、俺様の音楽は、世界を救うための『ビート』だ」
アレンは右手を構え、魔力を集中させた。今こそ、新しい魔法システム「意図的なラップ詠唱」を試す時だ。
「行くぞ、ルナ! まずは低音から入る。ビートは、『大地を揺るがすロック調』で、テーマは『魔人の真面目さへのディス』だ!」
ルナは緊張で震えながら、覚悟を決めた。「ハイプマン」としての、彼女の初舞台だ。
「Yo, Yo, Mic Check! 門番なんかより、遥かに上!沈黙の美学、ぶっ壊す! Respect No.1, アレンだ!」
アレンが声を上げると、彼の足元の床がドンドンと振動し始めた。まるで、スピーカーの低音が響いているようだ。
「地下深くで何してんだ、ミスター・サイレンス! ロックなんか知らねぇ、真面目一筋? それ、マジでダッセェな、ノーセンス!」
アレンの強烈なディスに、沈黙の魔人のマスクが、わずかにピクリと動いた。明らかに怒っている。
「……不愉快な音だ。貴様は、私に『騒音罪』を適用されるつもりか!」魔人が、静かに手を上げた。
「騒音?No, No, 俺のは芸術!お前の世界、まるで白黒テレビ!俺様のスキル、マジでレインボー!」
ここで、アレンがルナに目配せをした。ルナは深呼吸をし、腹の底から声を出す。
「ハイプマン、ルナ参上! Yo! Yo! アレン先生のバース、もっと頂戴!」
ルナの叫び(ハイプ)がアレンの背中を押した。彼の魔力が瞬間的に増幅し、地面の振動がさらに激しくなる。
「いくぜ、大地を揺るがす、最強の魔法!大地の叫び、アースクエイク・ボム!」
呪文は『アースクエイク・ボム』! 詠唱は完全にラップだが、魔力の流れは完璧だ!
「地面に聞かせろ、俺様のビート!このライムに耐えられんなら、マジでエリート!」
アレンの言葉がフックとなり、次の瞬間、地面から巨大な岩の柱が次々と飛び出した。それは、真面目な詠唱で繰り出すよりも、遥かにランダムで予測不能な、破壊的な攻撃だった。
「な、なんて不規則な攻撃……!詠唱の揺らぎが、そのまま魔法の不安定さに繋がっているのか!」
沈黙の魔人は、真面目すぎて、予測不能な攻撃に反応が遅れた。岩柱が魔人のローブを掠め、祭壇を直撃する。
「……ルール違反だ!貴様の魔法は、魔導協会の規約第32条、『予測可能な詠唱による安定的な魔力行使』に反している!」
「規約なんか、知ったこっちゃねぇ!俺のルール、俺のスタイル! お前の常識、ここでブレイク!」
アレンはさらに攻め立てる。今度は、水の魔法で動きを封じる!
「水のフロー、俺様のモノ!お前の動き、まるでロボット! その硬い頭、冷やしてやろうか、マジでホット!」
『フリーズ・ウォーター・スプラッシュ』が発動!冷気が凝縮された水流が魔人を包み込んだ。真面目すぎる魔人は、自分の体の動きを正確に予測しすぎて、アレンの予測不可能なフローに対応できない!
「ぐ……こんな、こんなノリで、私の静寂の空間が……!許せん!私は、貴様の『不規則詠唱に関する反省文』を要求する!」
魔人は怒りのあまり、ついにその沈黙を破った。周囲の静寂が崩れ、魔力の波動がルナとアレンに襲いかかる!
「ルナ!奴が本気を出した!最後の一発、最大火力で行くぞ!」
「は、はい!先生!」
アレンは胸の前で両手を交差させ、全身の魔力を解放した。
「ラスト・バース! 過去も未来も、今に集中!俺様のスキル、見せてやるぜ!」
「Yo! Yo! Yo!」ルナが、限界まで声を張り上げる!
「静寂なんかじゃ、世界は救えない!真面目な顔して、マジでどうすんだ!これが最強の、ラスト・ライム!」
「ホーリーフラッシュ・バースト・メガミックス!」
光と炎、水、そして大地全ての魔力がミックスされた、規格外の爆発的ラップが放たれた。祭壇全体が光に包まれ、沈黙の魔人は「ぐぬぬ、真面目な戦闘が、こんな……こんなノリで終わるなんて!」という、極めて真面目な断末魔と共に、消滅した。
静寂が戻った後、アレンは息を切らしながら、ルナに笑顔を見せた。
「やったな、ルナ! お前の『Yo!』が、俺の魔力を極限までブーストさせた!お前は最高のハイプマンだ!」
ルナは疲労困憊で、その場にへたり込んだ。
「はぁ……はぁ……先生。これで、魔導具は手に入りましたけど……私、この戦いで、ヒップホップの素養が急激に向上した気がします……」
アレンは、祭壇の上の魔導具――手のひらサイズの小さなクリスタルを手に取った。
「心配するな、ルナ。これもまた、お前が最強の魔導師になるための、必要なスキルだ。……さて、王都に戻るぞ。あ、そうだ。この魔導具の鑑定の報告書、どう書くかだな……」
アレンは、報告書に「敵をディスることで、精神的優位性を確保し、ハイプマンのコールによる魔力ブーストを経て、最強のラップ詠唱にて撃破」と書くかどうか、真剣に悩んでいた。




