第二話:地下迷宮でディスリスペクト!? 相手は史上最弱のミミック!
アレンとルナは、王都郊外にある古代の地下迷宮に足を踏み入れていた。今回のミッションは、最深部に眠る伝説の魔導具の回収――という、至って真面目なものだ。
「よし、ルナ。気を抜くなよ。この迷宮は仕掛けが多い。特に『ミミック』には注意が必要だ」 「はい、アレン先生! ミミックは宝箱に化けていて、油断した冒険者を丸呑みにする強力な魔物ですよね!」
アレンは真剣に頷いた。最強の魔導師として、危険を事前に察知し、的確な指示を出す。彼の魔導師としての能力は、ラップとは無関係に超一流なのだ。
迷宮を進むこと数十分。薄暗い通路の先に、キラリと光るものがあった。
「お、宝箱だ!」
ルナが歓喜の声を上げる。そこに置かれていたのは、装飾は質素だが、いかにも「何か入ってますよ」と主張する、普通の木箱だった。
アレンは、警戒を緩めなかった。 「待て、ルナ。これは……ミミックだ」 「え、本当ですか? でも、なんだかすごく普通の箱に見えますけど……」
アレンは目を細めた。 「いいか、ルナ。こいつは確かにミミックだ。ただし、史上最弱の、隠れるのが下手すぎるミミックだ。見てみろ。宝箱の木目に、うっすらと『頑張って化けてます!』って文字が浮かび上がっているだろ」
ルナが目を凝らすと、確かに木目の中に、カタカナで「ガンバッテ化ケテマス」と読めるような、奇妙な模様が刻まれていた。
「あ、ホントだ……なんて正直な魔物なんでしょう……」
宝箱はガタガタと震え始めた。どうやら、見破られたことに動揺しているらしい。そして、パカリと蓋が開いた。中から現れたのは、小さな目玉と、申し訳程度の牙がついた、いかにも弱々しい魔物だった。
「ひ……ひぃん。みつかっちゃったぁ」
ミミックは、泣き出しそうな声で言った。
「見つかったな、ミミック。このまま大人しくしていれば、命までは取らない。だが、お前は通行の邪魔だ。さっさと元の場所に引っ込め」
アレンは、一応、威厳を保とうとする。だが、この弱々しすぎる敵を前に、彼の内心にはすでに「ラップの血」が騒ぎ始めていた。
「ぐ、ぐぅ……しかし、ここは私の縄張り……縄張りですぅ! 私にも意地が!」
ミミックは最後の抵抗とばかりに、アレンに向かって、宝箱のフタをパタパタと威嚇するように動かした。その速度は、そよ風程度である。
「よし、ルナ。こいつは手ごわい相手ではないが、時間が惜しい。一撃で沈める!」
アレンは右手を構えた。今度こそ、真面目に詠唱しよう。相手は最弱とはいえ、魔物だ。彼の得意な、水の魔法「アクアバースト」で、瞬時に動きを封じる!
「清らかなる水流よ、敵を包み込め――アクアバースト!」
アレンは心の中で、完璧な詠唱を組み立てた。しかし、彼の口から飛び出したのは、やはり、あの言葉だった。
「Yo, Yo, Listen Up! お前ミミック、マジでリスキー!」
ルナは思わず額に手を当てた。
「隠れ方が甘いぜ、スキルがロー! 木目からバレバレ、その悲しいフロウ!」
アレンの言葉に、ミミックは傷ついた顔で宝箱を閉じかけた。
「ひどい……ディスられた……」
「真面目にやれよ、ミミック! 伝説の魔物、面目丸潰れ! お前の存在、まるで迷宮の家具!」
アレンは完全にノリノリだ。彼の指先から放たれた水流は、ラップのビートに合わせて激しく渦を巻いた。それは「水魔法」というより、「水圧を伴ったディス」だった。
「この程度の罠、俺様には通用しねぇ! 清らかな水のバースで、お前を洗礼!」
「アクアバースト」は、激しい水の勢いでミミックの宝箱を容赦なく叩きつけた。ミミックは悲鳴を上げ、まるで洗濯機にかけられたように回転した。
「あああああ!やめてぇ!洗濯されちゃうぅぅぅ!」
水圧ディスにより、ミミックはあっけなく無力化。木箱は通路の隅で、ふやけたまま、小さく震えていた。
アレンは、額の汗を拭い、クールに一言。
「That's it.」
ルナはミミックの残骸……ではなく、気絶したミミックを憐れみながら、アレンに尋ねた。
「先生、今の呪文は、本当に『アクアバースト』だったんですか? なんだか、完全にディスってましたけど……」
「ああ。ディスは最強の魔法なんだ。相手のメンタルを粉砕し、戦意を喪失させる。……いや、違う。俺はただ、真面目に詠唱しようとして、気づいたら韻を踏んでいただけだ。ミミックが弱すぎたせいで、ラップがディス調になったんだ、きっと」
アレンはそう言い訳をしたが、その顔はどこか満たされているように見えた。彼はディスラップでミミックを倒したのだ。
「しかし、先生。今のミミック、中に何か入っていましたよ?」
ルナが指さすと、ミミックが開けた宝箱の底に、ピカピカに光る「新品の消しゴム」が一つ入っていた。
「なるほど、これがミミックのトラップか。冒険者が『やった!宝だ!』と手を伸ばした瞬間に食い付く……」アレンは冷静に分析した。
ルナは消しゴムを手に取り、首を傾げた。 「でも、なんで消しゴムなんでしょう? 普通、ゴールドとか、宝石ですよね?」
アレンは消しゴムを一瞥し、真剣な眼差しで言った。
「フッ……違うぞ、ルナ。これはトラップではない。これは、ミミックの、切実な自己主張だ」
「自己主張?」
「ああ。この『消しゴム』は、『自分は存在を消して隠れたいのに、上手く隠れられない』という、ミミックの心の叫びを表現しているんだ。そして、この新品具合は、『いつか完璧に化けてやる!』という、彼なりの強い決意の表れだ。……深いな、ミミック。まるで、俺の心みたいに……」
ルナはただ、アレンのあまりに壮大すぎる解釈に、消しゴムを握りしめたまま立ち尽くすしかなかった。




