第十話:そして伝説へ! 全世界がアレンの「エンドロール・ソング」を聞く日
孤島での任務を終え、アレンとルナは王都へと帰還した。彼らの帰還は秘密裏に行われたが、ギルド総長バルドの顔は、なぜか青ざめていた。
「アレン!よく戻った!しかし、すぐに次の任務だ!」バルド総長は焦った様子で言った。
「次の任務?総長、俺の報告書は読みましたか?川柳形式のレポートは、韻を踏まない文章として認められたのでしょうか?」アレンは尋ねた。
「報告書は置いておけ!問題はそれどころではない!」
バルド総長が示したのは、王国の情報網が捉えた緊急事態の映像だった。画面には、王都の空に浮かぶ、巨大な黒い影――「無関心の魔王」の姿が映し出されていた。
「無関心の魔王は、『全ての情熱と意欲』を吸収する魔物だ。奴が現れてから、人々は働く意欲を失い、兵士は戦う気力を失った。このままでは王国が、『どうでもいい』という雰囲気に包まれて滅亡してしまう!」
「無関心……ですか」アレンは静かに頷いた。
魔王が持つ能力は、沈黙の粘体とは真逆だ。音を消すのではなく、「音に込められた感情」を消し去るのだ。人々の意欲を奪われた今、真面目な詠唱も、ラップも、全て「無意味な音」となってしまう。
「アレン!頼む!貴様の『熱いラップ』で、人々に情熱を取り戻させてくれ!」
「総長。俺のラップは、確かに熱い。しかし、相手は情熱そのものを奪う魔王です。俺のディスラップも、魔王にとっては『無関心なノイズ』にしかならないかもしれない」
アレンはそう言いながら、ルナに目をやった。ルナの頬の筋肉は、この極限の危機に、ピタリと動きを止めていた。彼女の心臓のビートさえ、聞こえないようだ。
「……だが、やるしかないな」
アレンは、王都の広場に駆け出した。そこには、虚ろな目をした人々が、ただぼんやりと座り込んでいる。
空を見上げると、魔王が静かに笑っていた。
「愚かな魔導師よ。貴様の魔法も、その軽薄な歌も、全て無意味だ。この世界に必要なのは、感情の波のない、穏やかな『無』だけだ」
アレンは、魔王に向かって右手を突き出した。今回は、ディスでも、ブーストでもない。人々が情熱を取り戻すための、『魂の叫び』が必要だ。
「ルナ。最後のハイプだ。もし俺のフローに情熱が宿らなくても、お前の『無関心に打ち勝つ情熱』を込めて、俺のビートを支えてくれ」
ルナは、ピクリとも動かない頬のまま、アレンを真っ直ぐ見つめた。そして、アレンに聞こえないほどの、心の底からの熱い「Yo!」を、口パクで放った。
アレンは、そのルナの無音の情熱を感じ取り、覚悟を決めた。
「Yo, Check it! 聞けよ、無関心のロード!お前のテーマ、マジで寂しいぜ!」
アレンの詠唱が始まった。それは、いつもの戦闘ラップとは違い、物語を語るような、エモーショナルな叙事詩のフローだった。
「情熱が消えても、ビートは止まらない。俺たちが生きた、その証がここにある!」
魔王は、アレンのラップを聞きながら、冷笑を浮かべた。 「無意味だ。貴様の声は、ただの空気の振動。何の感情も持たない」
「振動? No!これは魂の履歴!楽しかった日々、笑い合った記憶!全部、このフローに詰まっている!」
呪文は、人々の失われた情熱を呼び覚ます『エモーショナル・リバイブ・チャント』。
アレンは、孤島での修行の成果を全て込めた。川柳のようにリズム感の良い言葉、レゲエのように優しい流れ、ディスラップのように破壊的な衝動。全ての韻律を重ね、一つの巨大な「バース」として放出した。
「誰もが誰かを、求め、愛し、時にケンカした!その全ての『想い』を、お前は消せない!これが、俺たちの、エンドロール・ソングだ!」
アレンのラップのクライマックスで、彼の魔力は、虹色の光の波動となって、王都全体に拡散した。その光は、人々の虚ろな目に触れると、失われていた情熱を呼び覚ました。
「ああ……そうだ。私、昨日食べたラーメン、美味しかったんだ!」
「私は、あの魔導具をどうしても手に入れたかったんだ!」
人々は次々と、失われた「どうでもよくない感情」を取り戻していく。
魔王は、アレンの魔法に衝撃を受けた。 「バカな!情熱は消したはず!なのになぜ、貴様の歌は……!」
「フッ。俺のラップは、情熱そのものじゃない。俺のラップは、『韻を踏むことで、情熱があった記憶を、強制的にリズム化する』魔法だ!お前の能力は、記憶の『リズム』までは消せなかった!」
魔王は、アレンのあまりにシュールで、しかし確固たる理論に、恐怖した。魔王は、その場から逃げ出そうとしたが、時すでに遅し。人々の情熱の波に押し流され、無関心の魔王は、「どうでもいい……」と呟きながら、跡形もなく消滅した。
こうして、王国は最強のラップ魔導師アレンによって救われた。
数日後。ギルド総長室で、バルド総長はアレンに深々と頭を下げた。
「アレン。貴様のおかげで、王国は救われた。貴様の『ラップ詠唱理論』は、正式に『アレン式・韻律感情復元魔術』として、王国に認められることになった」
そして、バルド総長は、一枚の新しいギルドカードをアレンに渡した。
「貴様は、その功績により、『伝説の魔導師』の称号を与える。存分に、そのラップを世界に響かせるといい」
アレンは、新しいカードを受け取り、ルナと顔を見合わせた。
「ルナ。伝説、だってさ」
ルナは、頬の筋肉を静かに、最高の「Slow Beat」でピクピクさせながら、感動に満ちた口パクの笑顔を見せた。
「先生……!Yo!」
最強の魔導師アレンは、世界を救う「ラップ」というシュールな運命を受け入れ、今日もまた、誰にも理解されない独自のビートで、世界の平和を守り続けるのだった。




