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最強の魔導師だけど、呪文を詠唱すると必ず「ラップ」になってしまう件  作者: かわうそくん


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第一話:Yo, Yo, チェックしろ! 爆炎のバースが世界を照らす!

静寂に包まれた魔の森の奥深く。古の魔物が蠢き、凶悪な瘴気が立ち込めるその場所で、一人の男が仁王立ちしていた。彼の名はアレン。王国が誇る、いや、全人類が期待を寄せる「最強の魔導師」である。その顔は精悍で、風になびく銀髪は月光を受けて輝き、深淵を思わせる瞳には、強い意志が宿っている……はずだった。


「グオォォォォオオッ!」


目の前には、身長5メートルはあろうかという巨大なゴブリンキングが立ちはだかっていた。全身から悪臭を放ち、鈍器のような棍棒を地面に叩きつけ、殺意を剥き出しにしている。その咆哮に、並の冒険者なら腰を抜かし、一目散に逃げ出すだろう。しかし、アレンは違った。彼は一歩前に踏み出し、右手をゴブリンキングに向け、深く息を吸い込んだ。


「さてと……いくぞ、ゴブリン野郎。この程度で俺様を止められると思うなよ」


アレンの口元が、わずかにニヤリと弧を描いた。彼の魔力は、この森の瘴気すらも一時的に吹き飛ばすほど強大だ。その力が今、凝縮され、指先に集中していく。詠唱の準備は整った。放つべきは、森羅万象を焼き尽くす最強の炎魔法「フレイムノヴァ」。本来ならば、こう唱えるはずだ。


「紅蓮の炎よ、我が敵を焼き尽くせ――フレイムノヴァ!」


しかし、アレンの口から飛び出したのは、予想だにしない言葉だった。


「Yo, Yo, Check it out! 森の奥で出会ったモンスター、マジで臭せぇぜ、マジな話!」


アレンの背後に控えていた見習い魔導師のルナが、思わず「へ?」と間の抜けた声を上げた。


「棍棒振り回すだけじゃNo Future! お前のその動き、まるでスローモーション!」


アレンは真剣な表情で、まるでステージ上でスポットライトを浴びるラッパーのように、片手を突き出し、もう一方の手でリズムを取り始めた。彼の指先からは、確かに魔力が迸り、熱を帯びている。だが、それはフレイムノヴァの激しい輝きとは少し違う、まるでライブ会場を照らす照明のような、妙にエネルギッシュな光だった。


「俺様のヴァースが世界を照らす! 爆炎のライムで、お前を焦がす!」


ルナは混乱していた。アレン先生はいつも「最強の魔導師とは、冷静沈着であるべきだ」と説いていたはずだ。だが、今の彼はどう見ても冷静とは程遠い。むしろ、ノリノリである。


「かますぜフレイムノヴァ! ビートに乗せて火をつけな! フロウに乗せて焼き尽くす、マジでファイヤー!」


アレンの言葉に合わせて、彼の指先から放たれた炎が、文字通り「爆炎のバース」としてゴブリンキングに襲いかかった。それは確かに強力な炎魔法だった。一瞬にしてゴブリンキングの巨体が炎に包まれ、悲鳴を上げる間もなく炭と化した。


「グ…ゴ…グ…ォ…」


ゴブリンキングは崩れ落ち、静寂が戻った。森の瘴気も、アレンのラップの熱量に押されたのか、一時的に後退している。


アレンは息一つ乱さず、クールにマイク(ではないが)を降ろすジェスチャーをした。


「……ふぅ。今回も無事に成功か」


彼はそう言って、やれやれといった顔で肩をすくめた。ルナは恐る恐るアレンに近づいた。


「せん、せんせい……今の、フレイムノヴァの詠唱、ですか?」


アレンは眉一つ動かさず、当然のように答えた。


「ああ、そうだ。どうした? 何か問題でもあったか?」


「いや、その……いつもあんな感じ、でしたっけ? なんかこう、韻を踏みまくってましたけど……」


ルナの言葉に、アレンは深いため息をついた。その表情には、最強の魔導師らしからぬ、どこか諦めと絶望が入り混じっていた。


「……チッ、またか。俺ももう慣れたさ。どんな真面目な呪文を詠唱しようとしても、勝手に体が動いて、勝手に韻を踏んでしまう。まるで、俺の体の中に、別の魂が住み着いているみたいに……」


アレンはそう言って、遠い目をした。彼の魔導師としてのキャリアは華々しいものだった。だが、ある日を境に、彼の呪文は全て、彼の意志とは関係なく、やたらとキレのあるラップになってしまうようになったのだ。


「最初は戸惑ったさ。ギルドの報告書にも、『魔物との戦闘中、勇者パーティーを鼓舞するために、突如として魔導師が即興ラップを披露。その熱量で敵を撃破』なんて書かれる始末だったからな」


「は、はあ……」ルナは生返事をするしかなかった。最強の魔導師が抱える、あまりにもシュールな悩みに、彼女はまだついていけていない。


「とにかく、俺の呪文は全てラップになる。だが、威力は落ちない。むしろ、ビートに乗ることで、魔力がブーストされるような気さえする……これでも、俺は世界を救う義務があるんだ。だから、ルナ。お前は俺の最強のバックDJ……いや、最高の弟子として、この現状を受け入れ、俺をサポートしてくれ」


アレンは真剣な眼差しでルナに語りかけた。その瞳は、やはり深淵を思わせるほど真剣だった。ルナはゴクリと唾を飲み込んだ。最強の魔導師が、まさかこんな悩みを抱えていたなんて。そして、彼女自身も、この「ラップ魔導師」の道のりに巻き込まれていくことを、まだ知らない。


「あ、あとルナ。今度、俺のバースに合わせて、裏でパーカッションの音とか入れてみてくれ。ノリが良くなると、詠唱の安定性が増す気がするんだ」


「え、パーカッション……ですか?」


「Yo!」


最強の魔導師アレンと、彼の奇妙な旅は、始まったばかりである。

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