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地獄のハッピーエンド

 カラカラカラ……


 玄関の扉を横に開くと彼女がそこに立っていた。


 白いワンピース姿だ。かわいい半月の下、門灯に頭を照らされて、そんな薄明かりでもはっきりわかるほどに顔を赤らめて、うつむく花井はない栞里しおりさんは口元をモゴモゴと動かすと、思い切ったように言った。


「あのっ……。ゆうくん、さっきはごめんねっ」


 何のことかなんて聞く必要もなかった。


 学校の帰り道を待ち伏せて、僕は彼女に告白したのだった。

 公園の入口の石柱にもたれて、彼女を待っていた。

 彼女は一人じゃなかった。友達と五人で、待っている僕に気づかずに、まっすぐ歩いてきた。

 僕はそれでも思い切って心を打ち明けた。今日しかなかったのだ。

 僕は東京の大学へ、彼女は専門学校へ進学することが決まっていた。結構近くだけど、今は『同じ学校』という関係なのが、東京へ出たらその繋がりが失われてしまう。

 今日しかなかった。彼女の友達が見ている前で、勇気を振り絞って僕は告白した。


 すると彼女は走って逃げ出したのだった。


「ごめん……。恥ずかしかったの」

 彼女はそう言って頭を下げると、さらに真っ赤になったその顔を上げ、まっすぐ僕を見た。

「でもその……、嬉しかった! だってあたしもゆうくんのこと……」


 彼女に言わせず、僕はもう一度言った。

「ずっと好きだった」


「あたしも……好き!」


 彼女は負けじと口に出して言うと、そして目を閉じ、唇を差し出した。


 まるで映画の主人公になった気持ちだった。

 これは世界が僕のために用意してくれた幸せなんじゃないかって、思えて、感動が僕の胸で震えていた。


 僕は彼女の肩に両手を添え、そのかわいい唇にキスしようと──


 目を閉じた。






「はっ?」


 目を開けるとベッドの上に一人だった。


「……夢かよ」


 窓の外はもう暗い。


 そうか……。花井栞里に振られて、そのまま帰宅して、ベッドに倒れ込み、呆然としているうちに眠ってしまったんだ。

 

 家の中がとても静かだ。

 父さんも母さんも今日は泊まりがけの仕事だと言っていた。どれだけ泣き叫んでも失恋ソングを大音量で流しても誰にも怒られないのに、涙は出なかった。


 心が宙ぶらりんだ。


 きっと彼女も、僕のことを悪くは思っていないと信じていたのに……。


 最後の文化祭、執行役を二人で任されたことを思い出す。

 準備を二人で率先して執り行い、遅い時間まで学校にいた。

 同じバンドが好きだと知って、嬉しかった。ずっと気になっていた女の子と仲良くなれて、学校生活が明るくなった。家が近いことも初めて知って、二人の距離が急激に近くなった。


 きっといい返事がもらえるって……信じて……


 呼び鈴が鳴った。


 静かすぎる家の中にけたたましく響き渡るその音にびくんと跳ね起きた。


 誰だろう?


 時間は夜8時ちょうど──


 まさか……。もしかして……?


 あれは正夢だったのか?


 僕は走った。

 玄関へ──


 カラカラカラ……


 玄関の扉を横に開くと彼女がそこに立っていた。


 白いワンピース姿だ。かわいい半月の下、門灯に頭のてっぺんを照らされて、そんな薄明かりでもはっきりわかるほどに顔を赤らめて、花井はない栞里しおりさんがうつむき気味に立っていた。

 無言で見つめる僕に、口元をモゴモゴと動かすと、思い切ったように言った。


「あのっ……。ゆうくん、さっきはごめんねっ」


 何のことかなんて聞く必要もなかった。


 僕はまだ、返事をもらっていなかった。宙ぶらりんにされていた。


「ごめん……。恥ずかしかったの」

 彼女はそう言って頭を下げると、さらに真っ赤になったその顔を上げ、まっすぐ僕を見た。

「でもその……、嬉しかった! だってあたしもゆうくんのこと……」


 正夢だったんだ。


 喜びに打ち震えながら、僕は夢の通りに、彼女の言葉を遮った。


「ずっと好きだった」


「あたしも……好き!」


 彼女は負けじと口に出して言うと、そして目を閉じ、唇を差し出した。


 なんてハッピーエンドだ。


 なんて神様からの嬉しいプレゼントだ。


 僕は彼女の肩に両手を添え、そのかわいい唇にキスしようと──


 目を閉じた。






「……ふぁっ!?」


 目を開けると、またベッドの上だった。


 家の中が死んだように静かだ。

 自分の呼吸音の他には何も聞こえない。

 スマホを取って時間を見ると、夜の7時58分だった。


「いやいや……。おいおい……」

 独り言を呟く。

「なんだよ……。夢の中で夢を見るなんて……」


 こんなことは初めてだ。


 よっぽどショックだったんだよな……。


 あんなふうに、返事もくれずに、逃げられて……


 呼び鈴が鳴った。


 静かな家じゅうに響くその音に飛び上がりかけた。


 いやいや……、まさか……。


 まさか……また……?


 そう思いながらも、足は玄関へ向かって走りだした。


 カラカラカラ……


 玄関の扉を横に開くと、彼女がまたそこに立っていた。

 白いワンピース姿だ。頭に天使の輪っかのように光を乗せている。薄明かりでもはっきりわかるほどに顔を赤らめて、うつむく花井はない栞里しおりさんは口元をモゴモゴと動かすと、思い切ったように言った。


「あのっ……。ゆうくん、さっきはごめんねっ! ……恥ずかしかったの」

 彼女はそう言って頭を下げると、さらに真っ赤になったその顔を上げ、まっすぐ僕を見た。

「でもその……、嬉しかった! だってあたしもゆうくんのこと……」」


 僕は彼女のセリフにかぶせた。

「ずっと好きだった!」


「あたしも好き!」


 僕は彼女の肩をがしっ! と掴んだ。彼女が消えてしまわないように。


 ハッピーエンドだ。


 彼女が唇を差し出してくる。

 僕も目を閉じて──






「はあっ!?」


 目を開けた。

 僕の部屋だ。

 ベッドの上だ。

 家の中が静かだ。

 時計を見ると夜の7時58分だ。


「何、これ……。ループ!?」


 僕が頭の中を整理しようとしていると、呼び鈴が鳴った。もうびっくりしないぞ。


 カラカラカラ……


 玄関の扉を横に開くと彼女がまたまたそこに立っていた。


「あのっ……。ゆうくん、さっきはごめんねっ! 恥ずかしかったの!」


「好きだ!」


 僕は彼女を絶対に離さないように、抱きしめようとしたけど、照れくさくてできなかった。

 その肩に両手を置くと、彼女が目を閉じる。


 急がない、慌てない……


 ──そうだ。


 ここで僕が目を閉じるからループしてしまうんだ。

 目を開けたまま……


 彼女の顔が近づいてくる。


 ふと、気づいた。


 ここでもし彼女が薄目を開けたら、目を開けたままキスしようとする僕のことをどう思うだろう?


 おかしなやつだと思われて──


 嫌われるんじゃないだろうか──


 怖い!


 僕は目を閉じた。






「うああぁっ!?」


 ベッドの上だ!

 7時58分だ!


「なんであれから先へ進めないんだ!?」


 あれで結ばれれば東京に出てからでも繋がりができる。

 恋人同士になれれば、学校が同じじゃなくても、たぶん毎日会えるだろう。

 そしてゆくゆくは、結婚して、かわいい子どもに恵まれて──


 呼び鈴が鳴った。


 僕は走った。


 カラカラカラ……


「あのっ……。ゆうくん、さっきはごめんねっ」


 わかってんよ! ここはもう経験済みだ! その先へ行きたいんだ!


「好きだ好きだ好きだ!」


「あたしも……っ!」


 彼女が目を閉じた。


 僕も目を閉じてしまった。


「……」


 もう叫ぶこともなくなった。


 これ、何回目だろう。






 あれから少なくとも千回はループしている。


 彼女のかわいい顔にはまだまだ飽きないけど、同じことの繰り返しにはとっくに飽きている。

 飽きたので目を開けたままキスもしようとしてみた。でもそこでやっぱり意識が飛んで、ベッドの上に戻ってきた。


 ここまで繰り返して、思うようになった。


 これがきっと最高のハッピーエンドなんだ。


 一番幸せな時をループする。

 その先は、ない。


 きっとこの先へ進んだら、喧嘩したり、嫌な思いをしたり、もしかしたら別れてしまうかもしれない。



 これでいいんだ。


 これが一番ハッピーなんだ。


 きっと永遠に死ぬこともない。


 これは天からのプレゼントなんだ。


 神様からの──


 あるいは悪魔からの──





 

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― 新着の感想 ―
エンドレス、なのはまだいいけど、巻き戻るのが早いなあ。 1分か2分くらい? 色々チャレンジしたくなるけど、する時間がないなあ。 案外ちゅーしないだけで先に進む可能性も?
7時58分。何度も出そうといきんでいるも中々進まない。 そろそろか⁉️ と、思って呼吸をすると再び引っ込んだ。 時刻をみると7時58分。 個室に籠り、外から「早くしろ」というノックを無視し、出ることを…
タイトルが気になって読んでみたら、読んで納得しました。無限に幸せのループ╰(*´︶`*)╯♡
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