ユーディンの覚悟 四章
ユーディンの覚悟 四章
――要塞都市ヴァルハラ内部、第1区画、管制塔
司令室での話し合いの最中、ギャラルホルンの障壁を起動させるために樹里=アン博士に引きずられるように管制塔へと連れて来られたユーディン……
「さあ、着いたよ!ここが管制塔!あれがギャラルホルンよ」
そう言って樹里博士が指差した先に、大きな角笛みたいな物が浮いていた。
「うむ……では、障壁の起動プロセスをまとめたデータをここの端末に送っておくから、手順通り進めるのじゃ」
「お!さすがお爺ちゃん!仕事が早いね!それじゃ、早速……ふむふむ、ここをこうしてっと」
ポチポチと端末を操作し、新しいオモチャにはしゃぐ子供のように、目を輝かせる樹里博士。それを横目に、ユーディンは一緒に来ていた両親のもとへ声をかけにいった。
「父さん、母さん、無事で良かった。心配したんだよ」
「ああ、俺たちも驚いたよ。だが、本当に一瞬の出来事でね……貴重な神装機を守ることすら出来なかった」
「オーディーンのところにも来たけど、あんなの相手じゃどうしようもないよ」
「今までのヨトゥンとは比べ物にならない力を感じたよ……お前が、オーディーンで退けたそうだね」
オルヴァンは息子が神装機を動かしたというのに、浮かない表情を浮かべる。
「うん……でも、成り行きでそうなっただけで、まだ実感はないんだ」
「あなたの代でオーディーンが起動することになるなんて……どうして、ユーディンにばかり、こんな……」
ユーミルは目を伏せ、息子に重荷を背負わせたことを悔いるように言葉を絞り出していた。
「母さんまで、顔を上げてよ……でもようやく、オーディーンが動くようになったんだから、これからもっと頑張らないと」
そう、千年もの間動かなかった神装機がようやく動くようになったんだ……この日のために身体を鍛えて、戦闘の基礎訓練も続けてきた。機体の整備だって飽きるほどしてきたんだ。先代や先先代、そのずっと昔から繋いできた想いに応えることが出来るんだから……
「ヨトゥンを相手に戦うのよ?私は、心配だわ」
「僕だって不安だし、怖いよ……でもさ、これまでG.O.D部隊の皆が命をかけてヴァルハラを守ってくれてたんだから、今度は僕が皆を守らないと」
「ユーディン……」
父さんも母さんも、どうしてそんなに暗い顔をするんだろう?やっとオーディンの血族として役目を果たせるんだから喜んで欲しいのに……
「二人とも、嬉しくないの?」
「親として、自分の子供に重荷を背負わせるなんてこと、させたくないに決まってるだろ?お前に負担をかけずに済むように、俺と母さんは神の遺物の研究をしてきたんだから」
「なんだよ、それ」
胸の奥に針が、ちくりと刺さるような感覚が走った。
「今まで、オーディーンの後継者たちは、神装機の力で人類のために戦いたくても戦えなかったんだよ?その人達の思いに応えられるって言うのに、どうして喜んでくれないの!?」
僕の声は震えていた。怒りとも悲しみともつかない濁った感情に胸が詰まりそうだった。
「あーもう、そのぐらいにしときなよ!こんなとこで親子喧嘩なんかしないでくれる?」
いつの間にか、樹里博士がユーディンの後ろで、腰に両手を当てながら見上げていた。
「樹里博士……」
「ちがう、ジュリアンよ!」
周りを見てみると、管制塔のスタッフ達がこっちを見ていた。
「ごめんなさい、大声を出してしまって」
「ユーディンが謝るのは、そんなことじゃないでしょ?」
「え?」
「お父さんと、お母さんの言いたいこと、あんただって分かってるんでしょ?」
父さんと母さんが言いたいこと……それは僕にだって分かるさ。自分の子供が神装機に乗って、命をかけて戦うことを望んでないことぐらい……だけど
「神峰博士達も!ユーディンのこと、ちゃんとわかってあげてるの?」
「ユーディンの、こと?」
「そうユーディンが周りから何て言われてるのか知ってる?あなた達が遺産の研究に明け暮れてる間に、ユーディンが何をしてるのか知ってる?ユーディンがどんな思いで神装機と向き合ってるのか知ってるの?」
ジュリアンは捲し立てるように淡々と言葉を繋いでいく。
「それは……」
分からないと言うのは憚られたのか、黙り込んでしまう二人……
「なら教えてあげる。彼はね、G.O.Dの隊員や戦闘員達から役立たずだの、無能だのとしょっちゅう嫌味を言われてるの」
「そんな!この子はそんなこと、私たちには……」
「それでも!G.O.D部隊がヨトゥンと戦ってる間も神装機の調整や、戦闘の基礎訓練を誰よりも熱心にやってるの……何故だと思う?」
「オーディンの血を継ぐ者として、その責任を果たす覚悟を持ってるからよ」
どうして、樹里博士がそんなことを
そう思った矢先に、博士がこちらを振り向く。
「何で私がこんなこと知ってるのかって考えてるでしょ?それも教えてあげる……あなたの行動は全てギャラルホルンの制御端末を介して私が監視してるの。神装機の操縦士に選ばれたあなたに、何かあったら大変だからね……オーディーンにいつも語りかけてるのも知ってるわよ」
なんてことだ……僕の行動が、監視されてた?オーディーンに話しかけてることまで知ってるなんて……
「博士……いつから?いや、そもそも僕のプライバシーは!?」
「もちろん、神峰家のしきたりで、ユーディンが神装機に触れた時からに決まってるじゃない。あなたには悪いと思うけど、オーディンの血筋を守るために必要だったってことは、理解して欲しいな。さすがにヘルの襲撃の時はダメかと思ったけど」
こういう時って怒るべきなのかな?今までの行動全て見られてたんだと思うと、恥ずかしいのやら何なのか……そんな経験も無いから、正直よくわからない。
「あぁ……はい、それは仕方ない、と思いますが」
こんな言葉しか、思い浮かばなかった……
「うんうん!ごめんね。本当はこういうの、本人に言っちゃダメなんだけどさ」
ええ、そうでしょう……僕も知りたくなかった。
「でも、安心して。今日から監視はしないからその代わり、何かあったらお爺ちゃんが即連絡ね!」
「う、うむ、承知した」
こんなやりとりのおかげか、さっきまで胸につかえてた濁った感情も吹き飛び、頭は冷め過ぎな程に冷静になった。
「ごめん父さん、母さん、僕はね……僕と同じようにヴァルハラの皆からの想いを受け止めてきた、先代達の想いにも応えたいんだ。だけど、それ以上にね……オーディーンに乗って、神峰家の役目を果たせることを、二人に喜んで欲しかったんだ……」
神装機に乗れるようになれば、今まで以上にヴァルハラの皆からの期待を一身に受けることになる……その重圧に耐えられるかどうか自信はないけど、父さんと母さんが笑ってくれるなら、頑張れると思うんだ。
「だから、笑顔で応援してよ」
「ユー、ディン……あなた……うぅ……」
ユーミルは両手で顔を覆い、溢れ出る涙を抑えられなくなってしまった。
オルヴァンは、そんなユーミルの肩を抱き、唇を震わせながらユーディンに声をかける。
「俺は、俺たちは……お前の為に頑張ってるつもりで、お前の気持ちも、覚悟も、何も分かってやれてなかったんだな……ユーディン、すまなかった」
オルヴァンとユーミルは、泣きながら、笑顔でそう言い、ユーディンを抱きしめた。
「うん……っ!」
堪えきれず、涙が溢れ出る……
ああ、こんなに気持ちが満たされたのは、いつぶりだろう……悔しかったことも、悲しかったことも、全部、涙と一緒に流されて、消えていく感じがする。
「うんうん、こうでなくちゃね!さて、こっちも障壁の準備ができたし。さっそく展開するよー!」
ポチッとな……と軽快に端末のボタンをタッチするジュリアン。その瞬間、ヴァルハラの天辺から都市全域にドーム状の光の波が流れるように広がっていった。
「おお!問題なく展開できたねー!これで、あのヘルとか言う女の襲撃も怖くないぞっと!」
――ヴゥォォォォォォオオオン!!
ジュリアンが喜ぶのも束の間、ギャラルホルンの警報が鳴り響く。
「あれ?まさか障壁の展開前にまた侵入された?」
その言葉に管制官の女性が答える。
「いえ、ヴァルハラ内部ではなく、外部、西方からの反応です!」
『管制塔より全区画に通達!ヴァルハラ西方よりヨトゥンの侵攻を確認!距離20!数は4!出撃可能なG.O.Dは出撃準備をお願いします!』
ヨトゥンの侵攻に管制塔内の空気が一変し、緊張が走る。
「ヨトゥン」
ユーディンの瞳に迷いはなく、揺るがぬ覚悟が籠っていた。