ヴァルハラの頭脳 三章
ヴァルハラの頭脳 三章
――要塞都市ヴァルハラ内部、第1区画、司令室(旧・神庭の艦橋)
司令室の中は、その中心に大きなホログラムが展開されていて、要塞都市全域と、周囲の地形が映し出されていた。そのホログラムの周りを囲む様に、円形の机と椅子が配置されている。
そして、今、この司令室の中にヴァルハラの主要たる面々が揃っていた。
その中で、一際大柄な男が立ち上がり、口を開く……
「私がこの要塞都市ヴァルハラの司令官を務める、神峰=ヴィーダルだ……そこのユーディンの叔父でもある」
その声音だけで司令室の空気が重く感じるほどの威圧感を放っている。
「リシェル=ベアトリスと言ったか、お前の目的は何だ?どうやってこのヴァルハラに侵入した?」
いやいや、それじゃまるで尋問じゃないか……
「どうやっても何も、普通に入って来ただけよ?」
「普通に、か……聞き方を変えよう。どうやって我々の警戒網を潜り抜けた?神装機を奪った者との関係は?」
「ちょっと?まるで私が侵入者みたいな物言いじゃない」
リシェルさん……あの状況ではそうとしか思われないって……というか、この人と会ってからほんの少ししか経ってないけど、リシェルさんて結構思い込みが激しいタイプなのかな。
「あ〜、すまぬの……ここはわしの方から話をした方が良さそうじゃな」
ユーディンの左腕から老人の声が聞こえ、部屋にいる全員の視線が集まる。
「わしの名はミーミル……神装機オーディーンの核に宿る人格と言ったところじゃな」
「ミーミル!!もしかして、あの賢者ミーミルのこと!?」
ミーミルの名に興奮して飛び上がる白衣の女性、彼女はその小柄な外見とは裏腹に、このヴァルハラの頭脳と称される程の天才でもある。
「樹里博士、落ち着きたまえ」
「樹里博士ではない!ジュリアンだ!」
呼び方にも拘りがあるらしく、本名は『樹里=アン』なんだけど、『ジュリアン』でないと怒る……変わった人だ。
「ほほ、ジュリアン殿?先ほどの問いについてじゃが……確かに、神々の黄昏の時代には過分にもそう呼ばれたことがある」
「わぁ!本物!?凄いなぁ!ねぇねぇ、神装機や動力に使ってるユグドラシル・ドライブの事とか聞きたいんだけど!」
「う、うむ……わしは構わぬが、今はこの要塞都市と、ヘルについての話をせねばならんでな」
「うんうん!わかった!後で絶対聞かせてよ!」
「ふふ、あの賢者ミーミルが……孫にせがまれるお爺ちゃんみたいね」
今度はリシェルの左腕から声が聞こえ、再び視線を集める。
「私も自己紹介はしておかないとね。ブリュンヒルドよ。神装機ウルキューレの核に宿ってるわ……今はこの要塞都市の上空で待機してるけど」
「ウルキューレ!?あのヴァルキリーの専用機の!?まだ現存してる神装機が残ってたのね!」
ジュリアンがまた興奮して飛び上がる。
「樹里博士……話が進まん。少しおとなしくしていてくれ。オルヴァン、ユーミル、彼女を頼む」
「はは、わかったよ兄さん……ほら、樹里博士も落ち着いて。ユーディン達の話が終わるまで静かにね」
この落ち着いた雰囲気でジュリアンを嗜めているのは、神峰=オルヴァンとユーミル夫妻で、ユーディンの両親でもある。二人ともジュリアンと同様に神装機やユグドラシル・ドライブの研究をしている。
「ほんとに面白い人間ね……さて、司令官さん?警戒網をどうやって潜り抜けたかと聞いていたけど……私と、このリシェルも主神オーディン様が創造したヴァルキリーなの。同族に対してギャラルホルンが反応するはずがないわ」
ヴィーダルは神妙な面持ちで目を細める。
「なるほど……しかし、神々の黄昏から千年経った今、どうしてそのヴァルキリーがここへ?」
「それは、私たちも目覚めたばかりで状況を把握出来てないんだけど……この辺りで、オーディン様の神装機の反応を感じて……」
「うんうん!自分の主を探してここにきたのね!だけど、今目覚めたのは、あのヘイムダルを奪った奴も関係してるのかな?」
話に割り込んできたジュリアンの問いに、ミーミルが答える。
「ふむ、冥界に封印したはずのヘルがこちらの世界に現れたことで、眠りについていたオーディンの神格やヴァルキリーたちにも影響を与えたか……或いは、何か違う要因があるのか」
「冥界にヘル、伝承に伝え聞く名だが……それで、違う要因とは?」
ミーミルの言葉にヴィーダルが尋ねる。
「焼け落ちた生命の樹が再び芽吹いたのかもしれぬ……樹の落ちた場所はわかるかの?」
「生命の樹が?残念だけどお爺ちゃん、私たちも樹の場所まではわかんないわ」
「お、おじぃ……ぅおっほん、いや、見つかっていないのなら仕方あるまい。じゃが、我々の神格の力は生命の樹の恩恵によって得られるものじゃ……もし、ヘルが生命の樹を見つけてしまえば……」
「樹が消滅させられるかもしれない?」
「如何にも……しかし、ヘルが神装機と神核を奪っていったことを考えると、生命の樹の恩恵は必要なのかもしれぬがの」
「いずれにしても、その生命の樹を探しだして保護することが急務であると……そう言う事かね?」
「そうしてもらえると、わしらとしては助かるのじゃが、ヘルが何を企んでおるのか分からん以上、その警戒も必要じゃ」
「ふむ、ヴァルハラの防衛と生命の樹の捜索に部隊を分けるとなると……しかし、今回の様に要塞内に突然現れるようなやつの対策など……」
ヴィーダルがぶつぶつと今後の作戦をどうするか思案し始め、ヘルの神出鬼没の力に頭を抱えていると、ミーミルが思い出したように声をあげる。
「そうじゃ、おぬしら、ギャラルホルンの障壁は起動させておらんのか?」
「障壁?」
「うむ、ギャラルホルンはヘイムダルの神器。その本質は守るための力じゃぞ?ヨトゥンや神装機が放つエーテル波を熱源として探知する機能も備えてはおるが、それだけでは宝の持ち腐れじゃ」
「そうなの!?エーテル波を感知するだけじゃなくて、こちらから干渉してバリアの構築が可能ってこと?……いや、そもそも、プロセスが……そうだ!お爺ちゃん、一緒に見てくれる?」
そう言ってユーディンの腕を引っ張るジュリアンに、頭を抱えながら制止するヴィーダル
「待ってくれ、博士。まだ話は途中なのだが?」
「ええ?でも早く障壁で守らないと危ないじゃない!」
そして、有無を言わさずユーディンは司令室の外へ連れて行かれた。
「ちょ、僕まで連れて行かれるの!?」
……そのやり取りを、リシェルは思慮深げに見つめていた。
「どうしたの?何か気になることでもあった?」
「姉さん……私たちは主神であるオーディン様のために戦うのが使命なのよ」
「そうね。でも、ここにいるのはオーディン様の血と、神格を持つ人間……彼を主と認められないってこと?」
「わからない……私はどうしたらいいのか……」
「リシェル……」
そんな二人の会話を聴いていたレイヴァンスが遠慮がちに声をかける。
「ああ、お嬢さんよ……あんた、オーディン様のためにって言ってるが、ユーディンはオーディン様とは別人だろ?血筋とか神格とか、そんなもんは気にしなくていいんじゃねぇか?」
「いたの?」
「なっ、そりゃ一応、部隊長だからな……お偉いさんの警護のためにもここにいんだよ」
「そう……ユーディンは、どんな人間なの?」
「あいつか?そうだな……気は弱そうに見えるが、芯は強いぞ」
「強い?とてもそうは見えないけど……」
「お嬢さんは今までのあいつを知らんだろ?あいつはな、先祖から受け継いだ神装機やオーディンの血筋のことで、ずっと周りに期待されて、失望されて、罵倒されて……それでも神装機の操縦士としての務めを果たそうと、出来ることを精一杯やってきたんだよ」
「なぜ、オーディン様の血を受け継いでいるのに失望される?」
「血は受け継いでも機体が動かせないんじゃ意味ないだろ?」
「自分たちの期待に応えなければ蔑むとは、人間とは本当に愚かな生き物ね」
不快感を露わにそう告げるリシェルを見て、レイヴァンスは優しく笑みを浮かべる。
「あいつのためにそんな顔が出来るなら、お嬢さんも人間らしい感情があるってことか」
「私が、人間らしいですって?」
「おっと、気に障ったなら悪い。だが、世界が滅んでからは人と神が交わって今の人類があるんだ……俺も、お嬢さんも変わりないと思うがね?」
「そうね、今は、千年前とは違う……」
二人のやりとりをブリュンヒルドは静かに聴いていた。