黄昏の終焉 三十八章 前編
黄昏の終焉 三十八章 前編
――白銀と黒緋の機体がぶつかり合い、剣戟の衝撃が氷原を裂いていく。
「オーディンよ!待ち侘びたぞ、この時を!」
ロキの声は怨嗟に震え、同時に歓喜の熱を帯びていた。
ヨトゥンの王と呼ばれた"ロキ"
その娘である、ヘルはその力の危険性故にオーディンに冥界へと封印された。
そして、息子であるフェンリルも、その魂を鎖で縛りつけられ、ヨルムンガルドはトールに討たれたと伝えられている。
ロキたちがオーディンを憎む理由は、わかる……
「だとしても、黙ってやられる訳にはいかない!」
「吠えるな小僧、潔く冥府へと堕ちろ!」
「妾たちの受けた苦しみを、冥府の底で味わうがいい!
」
ロキとヘルの言葉が重なると同時、闇の球体が幾つも現れ、その闇の渦から、冥府の住人が次々と這い出す。
その数は増え続け、黒い甲冑のサーヴァントがひしめき合う。
「数が……多すぎる!」
「ユーディン!右から来おるぞ!」
ミーミルの警告と同時に、闇の剣が迫る。
オーディーンはグングニルで受け流すも、背後から別の影が襲いかかる。
四方を埋め尽くす黒の巨影に、白銀の光は飲み込まれかけた。
――その時
「うぉおおおおおおっ!!」
雷鳴とともに氷原を切り裂く閃光が落ちた。
稲妻をまとった巨躯、神装機トールが目前に降り立った。
「アグニさん!」
「っしゃあ!黒甲冑なんざまとめて粉砕してやる!この、ミョルニルでなあ!」
雷槌が振り下ろされるたび、サーヴァントが閃光に呑み込まれて消し飛ぶ。
氷原を覆う闇を焼き裂くような光景に、ユーディンは思わず息を呑んだ。
だが次の瞬間、足元が軋む。
――ピキ、メキィッ!
戦場を支えていた氷の大地が悲鳴を上げ、巨大な裂け目が走った。
その奥底には、光を拒むような暗黒が口を開けている。
「まさか……地下に空洞が!?」
「まずい、全員退くんじゃ……!」
叫ぶ間もなく、大地が崩落する。
氷塊とともに、オーディーンもトールも、そして残るサーヴァントさえも呑み込んで、戦場そのものが底知れぬ闇へと落ちていった。
墜ちていく最中で、ユーディンは見たものは……
氷の底に眠る巨大な門。黒き霧を吐き出すその姿は、まるで別の世界へと繋がる「扉」だった。
「……ここが」
――氷塊の轟音と共に、全ては闇の底へと呑み込まれていく。
墜落の衝撃に備えてオーディーンは全身にエーテルフィールドを纏い、身を捻る。
だが、触れる空気そのものが冷え切り、重苦しい。まるで何かの胃袋に飲まれていくような圧迫感が全身を襲った。
「息苦しい……」
「ユーディン、感じるか? この瘴気……とてつない量じゃ」
ミーミルの声は低く、張り詰めていた。
どれほどの距離を落下したのかはわからないが、唐突に足元に地面の感触を取り戻す。
見渡すと、暗黒の地底に異様な空間が広がっていた。
――黒い空
天井など存在しないはずなのに、閉じ込められたかのように光が差さない。
大地からは、そこかしこから瘴気が立ち昇っている。
そして正面には、巨大な石造りの門。
亀裂から黒霧が漏れ出し、まるで心臓の鼓動のように脈打っていた。
「これが……冥界の門」
ユーディンは息を呑む。視線を向けるだけで、胸の奥が凍り付くようだった。
その瞬間、地鳴りのような笑い声が響き渡る。
「ククク……」
闇の中心から、黒緋の巨影……冥王機ヘルヘイムが姿を現す。
その双眼は血のように赤く輝き、漆黒の鎧を覆う瘴気は門の鼓動と共鳴して揺らめいていた。
「この冥界の門より、貴様の魂を冥府に誘ってやろう」
「いや……冥府に帰るのは、お前たちだ!」
ユーディンの言葉に呼応するように、後方からボロボロのウルキューレが舞い降りる。
その機体はすでに限界に近かったが、リシェルは戦う意思を貫く。
「ユーディン、ここで決着をつける……」
「はい、リシェルさん」
「ははっ!まだ抗うか、小僧共!」
ロキの嗤い声が響く。
次の瞬間、門から黒い触手が雪崩のように溢れ出し、戦場を覆い尽くした。
一つ一つの触手が意思を持っているかのように蠢き、襲いかかる……
ユーディンはそれを迎え撃つためにグングニルを構え、神格の力を解き放つ。
触手たちの動きが止まり、それらの動く軌跡が浮かび上がる。
ユーディンは時の止まった空間を駆け抜け、グングニルで薙ぎ払う……触手たちは霧散し、オーディーンは一瞬でヘルヘイムへと距離を詰めた。
「なに!」
そのままオーディーンはグングニルを振り抜いた……が、ヘルヘイムはその攻撃を難無くいなす。
「くっ……はぁ、はぁ」
ユーディンは神装を展開させたまま戦い続け、神格の力を立て続けに行使したことで、心身ともに限界をむかえていた。
「ふ、はははっ!やはり人の身ではその程度か!」
ロキは嘲笑うように天を仰ぐと、すっ……と剣を構える。
「……逝ね」
虚空を切り裂く一撃を、ユーディンは躱しきれずその身に受ける。
左肩の装甲ごと斬り裂かれ、左腕が地に落ちる。
「ぐぁ!」
「ユーディン!」
リシェルが軋みながら悲鳴をあげる機体を、引き摺るようにオーディーンの前へと出る。
「り、リシェル……さん」
「動ける?態勢を、整えなさい」
ダメだ、そんな状態でヘルヘイムの攻撃を受けたら……最悪の状況に、成す術が見当たらず、絶望感が込み上げてくる。
「……僕は、皆を……リシェルさんを……!」
「惨めだな、人の身ではオーディンの力も使いこなせぬか」
「ふふ、二人まとめて冥府へと送ってやろう」
ヘルヘイムが腕を突き出し、膨大な量の瘴気を練り上げていく。
「ここまで来て、僕は……っ!」
ユーディンは先のロキの言葉を思い出す。
『人の身では……使いこなせぬ』
僕の身体は、人と神が混ざり合った状態……それなら、自分の身体を造り変えれば?
「もう時間はない、可能性があるなら!」
絶望的な状況の中、ユーディンは一縷の望みを賭けて力を行使する。
「ユーディン!何をするつもりじゃ!?」
「僕は、神に……なる」
その瞬間オーディーンは眩い光に包まれた。




