怨嗟を断ち切る力 三十六章
怨嗟を断ち切る力 三十六章
――オーディーンとヴァーリの衝突
白金と黒雷の奔流が交差し、氷原は閃光に染まった。
ヴァーリの四肢が獣のように地を蹴り、紅雷を尾のように散らす。
瞬足で迫るヴァーリの牙と爪……オーディーンはそれをグングニルで受け、斜めへ叩き落とすも、返す爪が胴体を穿った。
「ぐっ……!」
「ユーディン!お前のせいで死んだ連中に詫びやがれ!その命でよぉ!」
ヴァーリの背から黒鎖が噴き出し、空間を縫いとめるように収束する。
鎖は輪となってオーディーンの四肢を絡め取り、機体の関節を軋ませた。
「それが……フェンリルの“鎖”……!」
「我の鎖ではない……お前が我を縛りつけるために使った物であろうが!」
フェンリルの怨嗟が響き、鎖が一斉に収縮した。
「ユーディン!」
ミーミルの声と同時に、追加装甲が展開し、ヴァーリに攻撃を仕掛ける。
その間に、オーディーンの胸部装甲を展開させ、白銀のエーテルが渦を巻いた。
「動きを封じられても……『オーディナル・ブラスト』喰らえ!」
オーディーンの胸部から放たれた、白銀の渦は、力の奔流となり、ヴァーリを打ち貫く。
その衝撃とともに鎖が砕け、身体が軽くなる。
「グエン!」
ユーディンはそのままヴァーリに組み付き、創造の力を行使する。
グエンを縛る鎖を、消し去るにはどうすれば……さっき、フェンリルは"お前が使った"と言った。
オーディンが造ったのだとすれば、この力で干渉することができる?
「時間がない、やるんだ!」
ユーディンは目を閉じ、創造の力でヴァーリとフェンリル、グエンを縛る鎖を探す……闇の中を手探りで探す感覚に、焦りを感じ始める。
どこだ……どこに…………あれは?
闇の中に、微かな光を見つけた。
その光を頼りに進んでいくと、黒い鎖の塊が目に映る……その鎖の塊の隙間から僅かに光が漏れ出ている。
「これか!」
黒鎖に触れた瞬間、音もなく解け……霧散しながら消えていく。
「なに……!」
フェンリルの息が詰まる。
ユーディンはそのまま鎖から解き放たれた光へと手を伸ばす。
「グエン、戻って来て!」
「がああああっ!!やめろ!!」
フェンリルとグエンの声が重なる……
「復讐機ヴァーリ、お前の“理を変える”」
触れた瞬間、白金の紋が淡く広がった。
黒霧の中に古い鎖紋が浮かび、それが一つ、また一つとほどけてゆく。
「やめろォォォォッ!!」
フェンリルの咆哮が空を裂く。
ヴァーリの四肢が暴れ、紅雷が無差別に迸った……が、それでも、ユーディンは力を行使し続ける。
「グエン!聞こえるなら、手を取って!」
ユーディンの叫びに、黒霧の底で小さな光が瞬いた。
「……ゆ、ユーディン……?」
掠れた声。
微かに聞こえるユーディンの声……その声へと誘うように小さな光がグエンを導く。
「この光……そうか、親父……」
そして、闇の中から差し伸べられた手を握る。
「おかえり、グエン……」
「……はっ、余計なことしやがって」
ヴァーリの装甲から紅雷が消え、膝をつく。
「貴様!何をした?小僧との繋がりを断ち切ったところで……っ!」
「無駄だよ、フェンリル……お前とヴァーリを繋ぐ鎖はもう無い」
フェンリルとヴァーリの神核を結びつけていた鎖が消え、フェンリルはヴァーリにもグエンにも干渉することが出来なくなっていた。
「はは、これじゃほんとにただの犬公だな」
グエンの渇いた笑いが搭乗席に響く。
「俺も、しばらく動けそうにねぇ……わりぃなユーディン」
「グエン、僕は……」
「大丈夫だ、わかってる……お前は悪くねぇんだ」
グエンは穏やかな声でユーディンに告げる。
「それより早く、あの女のとこに、行けよ」
その言葉に、ヘルヘイムとウルキューレの方を見ると……ウルキューレはヘルヘイムの放つ瘴気に飲み込まれ、氷原に叩きつけられていた。
「リシェルさん!」
ユーディンは神装を展開させたまま、リシェルの元へ空を駆ける。
――ウルキューレとヘルヘイム
リシェルのウルキューレは、両肩の装甲が砕け、蒼白のエーテルが漏れ出していた。
剣を構える腕は震え、機体は全身を瘴気に焼かれていた。
「……っ、まだ……!」
「リシェル、機体が限界よ……」
機体の関節が悲鳴を上げながらも、リシェルは必死に立ち上がる。
その視界の先、冥王機ヘルヘイムの紅い双眼が嘲笑うように輝いた。
「戦乙女……その程度か。抗う姿もまた滑稽だな」
闇の奔流が放たれ、氷原を抉る。
ウルキューレは盾で防ごうとしたが。盾は一瞬で砕け散り、機体は吹き飛ばされる。
「ぐっ……ああぁ!」
「ダメよ、リシェル……このままでは」
ブリュンヒルドの焦燥を露わにするが、リシェルは諦めていなかった。
「負ける……わけにはいかない……!
わたしは、戦乙女……オーディン様の……いえ、ユーディンを……!」
震える腕で剣を再び構え、ヨロヨロと立ち上がる。
その姿は限界を超えた肉体に鞭を打ち、なおも矜持を失わぬ戦乙女の姿だった。
「ふふふ、お前ごときが妾と父上の力に敵うわけがなかろう!」
「面白い……その命尽きるまで踊ってみせよ」
ヘルとロキの声が響いた瞬間、漆黒の刃が振り下ろされる。
――ガキィィィィンッ!!
瞬間、白銀の槍が割って入った。
激突の衝撃で氷原が砕け散り、眩い閃光が戦場を照らす。
「間に合った……!」
ユーディンの声が、リシェルの耳に届く。
オーディーンがその巨躯を広げ、ヘルヘイムと対峙する。
「ユーディン……!」
リシェルは彼の機体を見上げた。
その瞬間、張り詰めていた心が緩み、身体の力が抜けそうになる……しかし、彼女はまだ倒れてはならないと自らを奮い立たせる。
「リシェルさんは下がってください!ここからは……僕が!」
ユーディンの白銀の光が、闇に覆われた氷原を切り裂いた。




