ラグナロクの再演 三十四章
ラグナロクの再演 三十四章
――大陸の北、氷原地帯周辺
見渡す限りに広がる氷の大地、その氷原の中心に大きく裂けた氷塊が異様な存在感を見せていた。
その氷塊を目指し、まるで餌にたかる蟻のようにヨトゥンが行列を成す……
「かなりの数が集まったな」
その様子をロキ(ヘルヘイム)とヘルが氷塊の上から見下ろしていた。
「はい、この戦力に加え冥府の住人の軍勢を使えば、偽神の末裔など恐るるに足らぬでしょう」
ヘルは傲慢な笑みを浮かべる……
「オーディーンをやるのは俺だ、そいつらに手ぇ出させんなよ」
グエンがオーディーンへの敵意を剥き出しにして言葉を投げつける。
「貴様……」
「よい、グエンよ……フェンリルとヴァーリの力を持って己の大言を成就させてみよ」
ロキはヘルを諌めながらグエンに発破をかける。
「はっ、言われるまでもねぇ」
(ユーディン、お前は俺の手で……)
グエンの心は暗い闇の中で、見えない鎖に縛られていった。
――同刻……ヴァルハラ、第1区画、司令室
ヨトゥンとの決戦に向けての準備が整い、前線に赴くメンバーが司令室へと集められた。
「これより、ヨトゥン掃討作戦の概要を説明する」
ヴィーダルが司令室の中央に立ち、ホログラムを操作する。
「ここ数日、ほとんど動きの無かったヨトゥンについてだが、ギャラルホルンとウォーカー部隊の偵察により判明したことがある」
ホログラムに北の氷原付近の映像が映し出される。
そこには幾百という数のヨトゥンがひしめき合いながら氷の裂け目へと向かっている画像が見えた。
「なんて数だ……」
ユーディンはその光景に恐怖よりも、気味の悪さを感じた。
「うわぁ、気持ち悪!こいつら何してんのよ」
「敵の、拠点?」
ソレーユとルーナも口々に言葉を漏らす。
「ミーミル殿たちから得た情報でも、ここに冥界の門……ヨトゥンの発生源が存在することもわかっている」
ヴィーダルは表情を変えず、威厳を孕んだ声音で告げる。
「今回の掃討作戦は、ここに攻め込み、ヨトゥンの発生源を破壊……並びにロキ、ヘルヘイムの破壊を目的とする」
「おいおい、ヘルヘイムの破壊はともかく、発生源の破壊ってどうすんだよ?」
レイヴァンスの問いに共感するように、他の面々も頷き、ヴィーダルを見つめる。
「そのことだが……」
ヴィーダルはユーディンへ目を向けると、静かに口を開いた。
「オーディンの力を使う……そのためには、数百体以上のヨトゥンを退け、ロキを討ち、ユーディンを奴らの中心に送らねばならん」
「口で言うのは簡単だが、いけんのか?」
「私たちとソルマーニがいれば、楽勝よ!」
「俺様が突っ込んで、とにかくぶっ飛ばしゃいんだろ?」
「アグニ、突っ込んじゃ駄目よ、皆から離れないようして」
司令室が騒然とし始める中、リシェルがそっと尋ねる。
「ユーディン、あなた……創造の力を使えるの?」
「うん、あれからミーミルにも力の使い方を教えてもらったんだ。だけど、オーディーンに乗った時しか力は使えなかった」
ミーミルの話では、神格の力を使うためのエーテルを僕の身体に取り込むことが出来ないからだと言ってた。
その媒介の役割をオーディーンが担っているからだろうと、それから……
「神族に近づいたことで、短時間だけど神装を展開することができるようになったみたい」
「まさか……」
リシェルはその言葉に僅かに目を見開いた。
「うん、神装を展開した状態で創造の力を使えば……ヨトゥンの発生源を壊す……いや、理を変えることができるはずなんだ」
「ダメよ!危険過ぎる……っ!」
いつも冷静なリシェルが感情を露わにする。
「リシェルさん?」
「あ……」
リシェル自身も自分の感情の揺らぎに戸惑った様子を見せる。
「心配はいらぬぞ、今のユーディンの身体ではオーディーンを暴走させることはない……過剰なエーテルの処理が追いつかず、意識を失う可能性はあるが」
ミーミルがリシェルを安心させるために、補足する。
「うん、だからそれまでの短時間だけなら大丈夫」
「そう、でも、無理はしないで……」
「うん、わかってる。最後まで戦い抜くから」
それでも心配そうな表情でユーディンを見つめるリシェル。
なんだろう、いつものリシェルさんらしくない。
もっとこう、凛として「無謀なことはやめなさい」とか言いそうなんだけど。
まだ体調が良くないのかな……
「おい、ユーディン」
レイヴァンスがユーディンの肩にそっと手を置く。
「お前が作戦の要だ、絶対に目標の場所まで送り届けてやる。任せとけ!」
「レイヴァンスさん、はい、頼りにしています!」
「ちゃんと働きなさいよね、サボディン!」
「お姉ちゃん、ユーディンさんに、失礼よ」
「おう?お前の道をつくりゃいいのか!」
「アグニさん、ふたりとも……うん、任せて!」
「よし!そろそろいいかしら?」
ここで、樹里が前に立ってホログラムを展開させる。
「今回の作戦には氷原に向かう部隊と、このヴァルハラを守る部隊に別れることになるわ」
「ああ、ここに集まったユーディン、リシェル、アグニ、ソルマーニの神装機四機を主戦力にレイヴァンス、ジル、そしてグレイブ殿に援護してもらうことになる」
「それが妥当だとは思うが、氷原まではグレイブウォーカーの船を使うのか?」
その言葉を待っていました、と言わんばかりに樹里博士が躍り出る。
「ふふ〜ん、移動にはこの"神庭"を使うわ!」
両手を腰に当ててドヤ顔をみせる博士に、レイヴァンスが困惑した表情を見せる。
「は?神庭って、飛ばないんじゃなかったのか?」
樹里博士はニヤリと口角を歪める。
「ふふふ、あんたの新装備にも組み込んだ"反重力システム"を搭載することで、理論上は浮上が可能になったのよ」
「前に呼び出された時に話してたやつか……神庭にも取り付けられたのか」
「まぁ、論より証拠よね!今から神庭を浮上させるから見てなさい!」
博士はそう言うと、通信を開いて管制塔に指示を飛ばす。
『管制塔より全区画へ通達、これより神庭の浮上シーケンスに入ります。第1、第2区画の乗員は衝撃に備えてください。……繰り返します……』
全区画に警報が鳴り響き、管制塔から注意が呼びかけられる。
「衝撃にって?」
「ほらほら!全員どっかに捕まって!飛ぶわよ!」
次の瞬間、足元が揺れ、身体が下に引っ張られるような感覚に襲われる。
「うわ!」
初めての感覚に心臓がキュッと締め付けられる。
そして、司令室の壁や床がモニターとなり周辺の映像を映し出す。
床のモニターには、ヴァルハラの第3区画の隔壁と天井板が映し出され、ゆっくりと遠ざかっていく映像が映し出される。
「おいおい、なんだよこれ!」
「すげぇ!まじで飛んでんのか!」
レイヴァンスとアグニが興奮して声を上げる。
「いい感じね!浮上成功よ!」
つまり、ぶっつけ本番でやったの!?
落ちたらどうするのさ……
樹里博士の言葉に、頭から血の気が引いていく。
「私にかかれば、こんなものよ!」
「調子に乗るな、ムータン殿の助言のおかげだろう……まったく、シミュレーションでは問題なかったとは言え、いきなり飛ばすやつがあるか」
ヴィーダルまで額に汗を浮かべながら頭を抱えていた。
「いきなりじゃないわよ、整備班にも前もって伝えたし、残留組のセルマとフェリクスだって事前にグレイブウォーカーの船に移ってもらってるから」
唇を尖らせながら不貞腐れる樹里博士に、ヴィーダルは「やれやれ」と言った感じで首を振る。
「まぁいい……辛気臭い雰囲気よりはいいだろう」
ヴィーダルは真剣な面持ちで呼吸を整えると、覇気の籠った声で告げた。
「これより、ヨトゥン掃討作戦を開始する!」
その声に、その場の全員の瞳に炎が灯る。
千年の時を経て、再び空へと舞い上がった神庭……かつての神とヨトゥンの戦いが再び幕を開ける。




