束の間の休息 三十三章
束の間の休息 三十三章
――ヴァルハラ、第1区画、司令室
ヴィーダルとグレイブがホログラムに映る地形を見ながら、これまでのヨトゥンの侵攻経路から奴らの出現地点の割り出しをしている最中……
司令室の隅で、樹里博士とレイヴァンスが二人でコソコソと端末を覗き込んでいた。
「……おお!言ったぞ!」
「顔を真っ赤にして、ああ……ウルキューレに転送した!」
どうやら、先ほどまでのユーディンとリシェルのやりとりを盗み見ていたらしい。
「おい、博士!便利だなこれ!」
レイヴァンスが興奮気味に声を上げると、樹里博士は得意気に胸を張る。
「でしょ〜、ギャラルホルンの力を使えばこんなことも出来るのよ!」
「やべぇぜ!なぁ、次はジルとアグニの様子も見れるか?」
ニヤニヤしながら博士に胡麻をする仕草を見せるレイヴァンス……
「ふふ、あんたも好きねぇ……もちろ……んが!」
樹里博士が悪い笑みを浮かべながら端末を操作しようとした瞬間、誰かに頭を鷲掴みにされた。
「お前達……そんな事をするためにここに来たのか?」
こめかみに血管を浮き出させ、怒りを露わにするヴィーダル。それを横目に、グレイブが吹き出す。
「ははは、おたくら面白いなぁ」
「ああ、みっともない所を見せてしまったな」
「いいんじゃないか?決戦を控えて辛気臭くなるよりよっぽどな」
樹里博士は頭を押さえながら不貞腐れる。
「まったく、いつまで経っても頭が硬いのよヴィーダルは……ちょっとラブロマンスを楽しみたかっただけじゃないのよ!」
その言葉に再び怒りの様相を見せるヴィーダル。
「ギャラルホルンの力を盗撮に使うなと、何度も言っているだろ!」
「ぶぅ〜、いつもの十倍は仕事したんだからいいじゃない!」
「そうだそうだ!ちょっとぐらいピチピチな青春を見せろー!」
レイヴァンスも樹里博士に便乗して騒ぎ始めた。
「レイヴァンス、お前までこいつと一緒になってどうする」
ヴィーダルは呆れた様子で頭を抱える……
「だってよ、話があるって言うから来てみたら、ユーディンとリシェルがいい感じなんだぜ!気になんだろ?な?」
「そうなの!レイヴァンスが来るまで暇だったから、ちょいっと覗いてみたら……」
「覗くな!バカモン!」
「だははっ!おたくらほんと面白いな!」
グレイブはその様子に腹を抱え、司令室の中に彼の笑い声が響いていた。
――同刻、ヴァルハラ第4区画にある居住区では
「なあ、ジル!あれはなんだよ!なんか水が噴き出してんぞ!」
アグニが居住区に設置されている噴水を指差し、興奮していた。
「あれは、ただの噴水よ……それよりも、あっちがG.O.Dの隊員が使う寮よ」
「お!あれが俺様の家か!」
そう言うや否や、猛ダッシュで寮へと突撃していく。
それを、溜め息混じりに追っていくジル。
その背後から隠れるように二人を見つめる影が二つ……
「お姉ちゃん、頭出しすぎ、バレちゃうよ」
「だって、こんなに離れてたらよく見えないじゃない!」
ルーナとソレーユは密かに二人の跡を尾行していた。
「あのアグニっての、ジル姉に気があるに決まってる……悪さするなら、とっちめなきゃ!」
ソレーユの瞳がメラメラと燃える、その隣で目を細めながらルーナが呟く。
「ジルさんも、満更じゃなさそう、だけどね」
「なにか言った?」
「ううん、なんでもない……ほら、いこ」
少女二人は、ジルとアグニを追い、噴水の横を駆け抜ける。
寮へと駆けていったアグニは、自分の部屋の前で扉をガチャガチャと開けようとするが……
「おい!開かねえぞ、ジル!」
「そりゃそうよ、鍵は私が持ってるんだもの……はい、開いたわよ」
ジルが扉の鍵を開け、中へ入るように促す。
アグニは飛び込むように部屋の中に入り、更にテンションを上げる。
「うおぉ!すげえ!トイレとベッド以外にも部屋があんぞ!」
「いや、普通……じゃないのか」
ジルも部屋の中に入り、アグニのはしゃぐ姿を見て荒野でのことを思い出す――
『俺はこのトールと一緒に狭い部屋に閉じ込められてたからな!』
――
(あの時のアグニの言葉、彼はずっと……幽閉されて生活してたのかしら……)
「なあ、ジル!窓がある!外が見えるぜ!」
初めて外の世界に触れて、純粋に好奇心を剥き出しにするアグニの姿に惹かれていく。
ジルは、アグニのことをもっと知りたいと思うようになっていた。
入り口の扉を閉めて、窓辺にいるアグニのもとへと……ゆっくりと歩いていく。
「ねぇ、アグニ……あなたは……」
――その様子を外から見ていたソレーユとルーナは
「あ!ジル姉が部屋に連れ込まれた!」
「……自分から、入ってたじゃん」
ルーナの言う事に構わず、ソレーユは一気に駆け出す。
「あの野郎!ぶっ飛ばす!行くよっ、ルーナ!」
「……絶対、野暮だって、はぁ」
ソレーユは駆け抜けた勢いのままに、アグニの部屋の扉を開け放ち、中へと飛び込む。
「うぉらー!ジル姉から離れろー!」
「うぉ!なんだお前!」
「ソレーユ?ルーナまで、何してるの?」
「ほんと、何してるんでしょう」
突然現れた少女二人に驚く、ジルとアグニ。
「そいつがジル姉を部屋に連れ込むところを、あたしたちは見たの!ジル姉に悪い事するんなら、ただじゃおかないわ!」
「わたしは、見てない……」
二人の様子から、ソレーユの勘違いで暴走してるだけだと理解したジルだったが……
「なに!ジルに悪さするやつがいるのか!」
「きゃっ」
ソレーユの言葉に、周囲を見渡しながらジルを抱き寄せる。
「どこだ?ジルには指一本触れさせねぇ!」
「ああ!?あんた!ジル姉から離れなさい!」
「はあ!?死んでも離さねえよ!」
ジルを庇うように強く抱きしめる。
それだけで、ジルは顔を真っ赤になり目の前がチカチカする。
「お願い、だから……離して」
「ジル!大丈夫か!?」
「……もう、二人ともいい加減にして」
緊張と羞恥で、ジルの意識が遠のいていく……
――気がつくと、ジルはアグニの部屋のベッドに横たわっていた。
「あ、私……」
「ジル姉さん、ごめんなさい」
「ルーナ?アグニとソレーユは?」
目の前にいたのはルーナだけで、他の二人の姿が見当たらない。
「二人には、外で頭を冷やしてもらっています」
「そう、私こそ悪かったわね……まさか倒れるなんて」
「いえ、お姉ちゃんを止められなかった、私が……悪いの」
申し訳なさそうに頭を下げるルーナ、その頭をそっとジルが撫でた。
「いいのよ、心配してついて来てくれたんでしょ?」
「うん……」
「でも大丈夫よ、アグニはめちゃくちゃだけど、真っ直ぐなだけだから」
少しだけ、はにかむようにそう告げたジルの表情を見て、ルーナは安心したように微笑む。
「はい、ジルさんを、必死で守ろうとしてました。あの人は、信用できます」
「ちょっと心臓に悪いんだけどね」
「ふふ、あんな人、初めて見ました」
「ええ、私も……ふふふ」
二人の笑い声が部屋に広がる……ちょうどその頃、部屋の扉が開かれ、ソレーユとアグニが帰ってきた。
「帰ったよー!ご飯買って来た……あ!ジル姉!」
買い物袋を手に、ジルに駆け寄るソレーユ。
「おかえり、ご飯、買ってきてくれたの?」
「うん!ルーナが買ってこいって……」
「そうだったの、ありがとうソレーユ」
その後ろから、落ち込んだ様子で姿を見せるアグニ。
「ジル……すまねぇ、またやらかしちまった」
先のやりとりで、ジルが意識を失った事を反省しているようで、それまでの元気は感じられなかった。
「いいのよ、助けようとしてくれたんでしょ?」
「あ、ああ……」
「それなら、アグニが謝ることはないわ……ありがとう」
その言葉に、アグニの表情はパァッと光を取り戻していく。
「ほら、せっかくご飯を買って来てくれたんだから、皆で食べましょう」
(アグニの過去のことは気になる。でも、大事なのは今と、これからだわ……)
――ヨトゥンとの決戦に備え、準備を進める中……戦いに赴く戦士たちは、束の間の休息を得る。
しかし、こうしている間にも……遥か北に広がる氷原へと、ヨトゥンが集結していた。




