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戦士を支える者達 三十二章

 戦士を支える者達 三十二章

 ――ヴァルハラ、第5区画、研究ラボ

 薄暗い室内、そこにはいくつもの液晶やホログラムから淡い光で照らされていた。

 その中を白衣を着た研究員がさまざまな端末、計測器を見つめ、まるでお尻に根が生えているかのように……指と首だけを動かしていた。


 その白衣の集団の中に、一人だけ風変わりな服を纏った男……その男の周りを飛び跳ねるように喚く、樹里博士の姿があった。


「だからさ!何であんなに大きい船が空を飛んでるのよ!それも、ホバー機構であんな高さを飛んで移動するなんてどういう仕組みなの!?」


 弾丸のように捲し立てる樹里博士の勢いに、男は困惑の表情を浮かべて後ろに身体を引く。


「え、と……その、"半重力システム"を使ってるん、です」


「半重力システム!?」


 更にずいっと、詰め寄る樹里博士に、男は尻餅をついてしまう。


「あいた……ちょ、ちょっと落ち着いて、樹里、さん」

「ジュリアンよ!それより、私の知らない機構がこんなにあったなんて……商船隊の技術力を侮っていたわ」


 キッと樹里博士は男を睨みつけると、悔しそうな表情で懇願する。


「"ムータン"と言ったわね?私に商船隊の保有してる技術を、教えて……くれないわよね」

「い、いいですよ」

「そうよね……いくらなん……え!?」


 ムータンという男が、迷いなく即答したことに驚愕の表情を浮かべる。


「なんで!いや、嬉しいけど!」

「それは、困ってたら……協力、するでしょ?ぼ、僕らグレイブウォーカーの信条は、助け合い、だから」


 震える声で喋るムータンの言葉には、ただ人を思う優しさが滲み出ていた。


 樹里博士は肩を落として落ち込んだ様子を見せる。


「……完敗や、研究者としても、人としても」

「だ、大丈夫、一緒に……世界のために研究成果を、共有、しましょう」


 樹里博士は更に悔しそうな顔で、その申し出を受けた。


「もちろんよ、ヨトゥンと戦う皆のために、私たちの知識を一つにしましょ!」


 それから二人はラボに籠り、ヨトゥンとの決戦に向けて新たな力の開発を進めていった。



 ――それから数時間後


 ヴァルハラ第2区画、格納庫の中は慌ただしい空気に包まれていた。


「技術班、整備班は分担して作業に当たれ!おい、お前ら!これはあっちだ!機体に取り付ける前に稼働テストしろ!」


 グラードが額に汗を流しながら声を張り上げる。


「ふぅ……博士も相変わらず、無茶振りをしてくれるわね」


 油や錆で黒ずんだ顔を拭いながら、ライナが父親に声をかける。


「まったくだ……この前、ジルの機体に突貫工事させた

 ばっかりらしいが」


 溜め息混じりに愚痴を漏らしながら、忙しなく作業を続ける。

 そこへ、商船隊の技術者たちが整備道具やコンテナを運び込む。


「おお、ダナン!やっと来てくれたか!」

「グラード、こいつかご所望の物だ!」


 ダナンはコンテナを指さしながらバンバンと叩く。


「ご所望のってことは……あれが"半重力システム"」


 ライナが二人のやり取りに首を傾げる。


「ああ、俺たちの翼だよ」

「翼……」


「よし!商船隊も作業に加わるぞ!お前ら、気合い入れろ!」

「「オオッ!!」」


 整備班と技術班たちの声に熱が籠り……格納庫は戦場と化していた。



 ――ラボや格納庫が騒然となる中、ユーディンはヴァルハラ第3区画、農場プラントへと足を運んでいた。


 人の手で管理された緑の中を、ゆっくりと歩き、自然の中へと溶け込んでいく……


「やっぱり……落ち着く」


 自分も自然の一部になった気がして、心が安らぐ……


 神格の力が目覚めて、身体は普通の人間ではなくなっても、この場所が好きだという気持ちは変わらなかった。


「僕が、人間だろうとなかろうと、それは些細なことなのかも知れないな……この力で、皆を……リシェルさんを守りたい」


 プラントの中心、かつてリシェルと二人で話した水路の脇に寝そべり……人工パネルに映る空へと、手を伸ばす。


「私を……なんだって?」


 その空を覆う影が目の前に広がる。

 驚いて身体を起こすと、そこにはリシェルが佇んでいた。


「り、リシェルさん……いつから?」

「今来たところよ、あなたが空に手を伸ばしながら何か言ってたから声をかけたのよ……それで、私がどうかしたの?」


 綺麗な銀髪を手で押さえながら、ユーディンの隣へ腰を下ろす。


 ただ隣に座っただけなのに、胸が高鳴る……さっきの独り言も聞かれていたらと思うと、余計に顔が熱くなる。


「いや……その、そう!リシェルさんは、どうしてここに?」


 誤魔化してしまった。

 リシェルさんだって、ここの自然を見に来ただけなのは分かりきってるのに。


「私は……ユーディンに、話があったのよ」


 予想外の答えだった。


「どうして……?」

「あなたの、身体のことよ」


 リシェルさんの表情が暗く、沈んでいく。


「私のせいで、あなたは人の身から神族へと変化しつつある……助けるためとは言え、ごめんなさい」


 そう言った彼女の瞳には、いつもの凛とした雰囲気はなく、偽りのない贖罪の意志が込められていた。


「そんな!リシェルさんがいなかったら、僕は死んでた……オーディンの力だって使えなかったんだ」


 エーテル中毒に大量の出血、リシェルさんの血を分けて貰わなければ……今、こうして生きていなかっただろう。


「そりゃ、最初は驚いたよ?」


 ユーディンは優しい笑みを浮かべて、言葉を続ける。


「傷はすぐに治っていくし、不思議な力は使えるし……でもね」


 リシェルはユーディンの言葉に、静かに耳を傾ける。


「この力のおかげで皆を守れるんだ。だから、リシェルさんには感謝してる……ありがとう」


 リシェルはその言葉に、今まで感じたことのない心の揺れを感じた。

 思わず、自分の胸元を握りしめる……


「これは……」


「それにね、人じゃなくなったとしても……神族になれば、リシェルさんの隣に立てる気がしたんだ」


 ユーディンの手は小さく震えていた。

 その先の言葉を伝えるべきか、悩み……ゆっくりとリシェルの目を見つめた。


「僕は、あなたのことも守りたい……」


 穏やかな声音、その言葉が勢いや虚勢で放たれたものでないことは、彼の真っ直ぐな瞳を見れば明らかだった。


 リシェルの心は、更に強く締め付けられ、徐々に胸が熱くなる。


「わ……わたしを守るなら、もっと、強くなりなさい」

「うん、強くなるよ」

「あ……」

 (うまく息が出来ない……わたしは、いったい?)


 リシェルは初めての感情と、身体の変化に戸惑いを隠せずにいた。


「リシェルさん?」


「……っ!」


 心配そうに見つめるユーディンの瞳に、胸の鼓動が早くなる。


「少し、体調が優れないみたい……姉さん」

 リシェルは頬を紅潮させながら、顔を背ける

 

「はぁ……しょうがないわね」


 ブリュンヒルドが溜め息混じりに答え、リシェルが光に包まれる。


 そして、一人取り残されたユーディン……


「体調が悪かったなんて、大丈夫かな!?」

「どう考えても、おぬしのせいじゃろうな」

「え、僕のせい……守りたいなんて、生意気なこと言ったから、怒らせたのかな?」


 ユーディンの反応に、ミーミルは溜め息を吐く。


「まぁ、そこまで心配する必要はあるまい……何であろうと、守るのじゃろう?」


「うん、今度は僕が……守るよ」

「ならば、それでよかろう」



 ――ウルキューレに転送されたリシェルは


「はぁ……はぁ」

 鼓動が頭奥で鳴り響く、まだ顔が火照っている。


「私、どうしたんだろう……あんなに胸が苦しくなるなんて」


 神妙な顔で胸元を撫で下ろすリシェルに、ブリュンヒルドは呆れたように声をかける。


「リシェル……それは、正常な身体の変化よ」

「これが?熱っぽいし、心拍数も上がって……あれ?もう落ち着いてきてる」


 気がつくと、さっきまで耳の奥で鳴り響いていた鼓動も静かになっていた。


「あなた、ユーディンの顔を思い出してみなさい」

「ユーディンの……」


 『僕は、あなたのことも守りたい』


 あどけなさが残る、真剣なユーディンの表情が脳裏に浮かぶ……その瞬間、鳴りを潜めていた鼓動が胸を掻き乱す。


「はぐ……!」


 思わず両手で顔を覆ってしまう。


「なに、これ?やっぱりおかしい……」

「ええ、これはかなり重症ね……ヨトゥンとの決戦前だと言うのに」


 ブリュンヒルドは深く溜め息を吐いた。

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