ヴァルキリーとは 二十六章
ヴァルキリーとは 二十六章
――東の集落(イーステッド村)
子供たちに手を引かれ、集落の中を進んでいくと……
岸壁の隙間から僅かに差し込む陽の光で農作物を育てている光景や、地下の水脈から汲み上げた水を濾過装置のような機械にかける様子が目に入った。
なにより、地下だというのに辺りを普通に見渡せるほどの光があることに驚いた。
その光源は、村の至る所に設置されていて、空気中のエーテルを取り込んで光を生み出しているようだった。
あまり見かけたことのない機械を見つめていると、案内してくれていた子供が指をさして教えてくれた。
「あの光ってるやつはね、グレイブのおじちゃんが持ってきたんだ。夜でも明るくて、怖くないんだよ!」
グレイブ……僕たちを助けてくれた商船隊のリーダーか。
「凄いね、あんな装置があるなんて……」
「千年前から使っている道具よ?エーテルを利用して、光や熱を生み出し、生活に利用していたけど」
リシェルは特別珍しい物でもない、といった様子で装置を見つめていた。
「お姉ちゃん、くわしいんだね!」
「え、ええ……」
リシェルは女の子の無邪気な笑顔に、どう返したらいいのか分からず目を逸らしてしまう。
「ねぇ、にいちゃんたちはつきあってるの?」
「な……」
突拍子のない質問に、ユーディンは口をぱくぱくとさせて固まる。
「つきあうって、どう言う意味?」
リシェルは子供たちの言葉の意味が分からず、首を傾げながらユーディンに尋ねた。
「あ……と、それは」
「けっこんして、かぞくになるってことだよね」
「ちがうって!好きな人どうしがいっしょにいることだよ」
「同じようなもんじゃん!」
子供たちがあーだこーだと言い合っている姿を横目に、リシェルの表情は僅かに陰を帯びる。
「家族……私は……」
「こら!お姉ちゃんを困らせないで!」
リシェルの手を引く女の子が、リシェルの表情の変化に気づいて男の子たちを嗜め、彼女を引っ張って広い建物の中へと入っていった。
「リシェルさん……ねぇ、君たち。この建物はなんだい?」
リシェルと女の子が入っていった建物が気になり、子供たちに尋ねる。
「ここは、グレイブのおじちゃんたちが来たときにあつまる場所なんだ」
「そうそう、みんなでご飯食べたりするんだよ」
なるほど、商船隊の運んできた物資とかを纏めたり、宴会の場としても使ってるのかな。
「へぇ、それじゃ皆が来るまでここで待っとこうかな」
「うん!いいよ!オレ、食べ物もらってくるよ!」
「ぼくも、かあちゃんたちに話してくるー」
そう言って、子供たちはとてとてと走っていってしまった。
「さて、リシェルさんたちはどこに行ったんだろう」
ユーディンは建物の中を見渡しながら、女の子とリシェルの姿を探す。
建物は岩を削って造られていて、所々に光を放つ小さな装置が壁に埋め込まれていた。
「建物自体も遺物だったのかな?ここの人たちの手だけで、ここまで精巧な建造物を作るのは無理だろうし……」
歩きながら壁の感触や肌触りを確認していく。
壁伝いに進んでいくと、階段に突き当たり、上を見上げる。
「登ってみるか」
二階部分は、幾つもの個室があって寝泊まり出来そうなスペースが築かれていて、更にその上の階は屋上になっていた。
「ここは、村の中が一望できるようになってるのか……」
屋上を見渡すと、女の子が村のあちこちを指差しながらリシェルに色んなことを話しかけていた。
「……それでね、あそこがわたしのお家で、あっ」
女の子がユーディンに気付いて振り返る。
「それじゃ、お姉ちゃん、またね!あとでいっぱいお話し聞かせてね!」
「……」
女の子はこちらに駆け寄り、すれ違いざまに声をかけてくる。
「おにいちゃん、しっかり!」
「え?」
何を"しっかり"しろと?
「行っちゃった」
暗い表情を浮かべたままのリシェルのもとへ、歩み寄る。
「リシェルさん?何か、辛いこと……思い出したんですか?」
「……」
言葉はなく、一瞬だけこちらを見つめたかと思うと、村の中へと視線を落とす。
「子供……苦手でした?」
「……違うわ」
リシェルは自分の中の気持ちを、どう言葉にしたらいいのか分からず、ポツポツと話始める。
「子供と話すのは、初めてだったのよ」
「……はい」
ユーディンは彼女の言葉に小さく相槌を打っていく。
「オーディン様に造られてから、戦いばかりの日々で……姉さんたちも、家族と言うよりも戦友みたいで」
「……うん」
「あの子たちの笑顔が、暖かくて……」
「うん」
「私の心まで暖まるような、初めての感覚だった」
「……どう、思いました?」
「わからない……ただ、あの子たちの笑顔を、見ていたいと感じたわ」
「そうですね、あの子たちが笑って暮らせるようにしてあげたいですね」
「ええ……それが、オーディン様の目指した世界、なのかもしれない」
顔を上げたリシェルの表情からは、陰りが無くなっていた。
「オーディンの目指した世界……か」
「ユーディンこそ、大丈夫なの?」
「え?」
リシェルの言葉に、思わず聞き返す。
「あなた、傷はもう治ってるでしょうけど……病み上がりなのよ?」
たしかに、瀕死の状態だったはずだけど、傷口はほとんど塞がっている。
「大丈夫みたいです。ちょっと、人間離れし過ぎて驚きましたけどね」
少し前まで、擦り傷だって治るのに二、三日かかっていたはずなのに……一晩で傷が治ってしまうのには驚いた。
最初こそ戸惑いはしたけど、痛い思いをあまりしなくて良くなったんだと思うと、正直得した気分の方が大きかった。
「私の血を分けた影響でしょうね……」
少し申し訳なさそうな表情になるリシェルに、首を横に振りながら応える。
「そのおかげで助かったんです。神格の力も、使えるようになったみたいだし……本当にありがとうございました」
深く頭を下げて、感謝の気持ちを伝える。
「だからと言って、今回のように無茶をされては困るわ」
「うっ、すみません」
「いつも私が守れる訳ではないのよ?」
守る……か、いつもそうだ……
「それでも、守りたいんだ……僕が、皆を」
(リシェルさんのことも……)
溢れそうになった自分の言葉を胸に仕舞う。
「そう……気持ちは立派だけれど。オーディン様の力を継ぐあなたを守るのは、私の使命でもあるの」
眷属としての使命、か。
「だから、無茶はしないこと……いい?」
「……はい」
それじゃ、リシェルさんのことは誰が守る?
強くなりたい、彼女も守れるぐらいに。
ユーディンは、自分の中に生まれた新しい想いを胸に、拳を強く握りしめた。
――それから程なくして、移動商船隊の船が地表に停泊した。
村の中心にある建物に、続々と物資や食糧が運び込まれてくる。
それを村の住人と商船隊の隊員が帳簿を確認しながら整理している姿を、ユーディンは遠目から眺めていた。
そこへ、レイヴァンスとグラード、ライナたちが合流した。
「ユーディン、病み上がりだってのに無理しやがって。無事だったか?」
レイヴァンスがユーディンの肩に手を置きながら、身体の状態を心配する。
「はい、少し機体には無理をさせてしまったけど……僕は大丈夫ですよ」
そう言って、身体を動かして見せる。
「ほんと不思議よね。入り口で機体の状態も確認したけど、損傷した装甲が直っていくんだもの」
「まあ、神様が造った代物だからな。勝手に直ったって不思議じゃねぇよ」
ライナとグラードも神装機の自己修復機能について感心した様子をみせる。
「何にしても、今日はここに一泊してからヴァルハラに向かうらしい。ゆっくり休もうぜ」
レイヴァンスは荷物を持って、二階の個室へと向かって行った。
「グラードさん、ライナ……僕も少し休んでくるよ」
「おう、ご苦労さん」
「しっかり休みなよ」
二人に手を振り、ユーディンもベッドの上へと沈んでいった。




