オーディーンの翼 二十三章
オーディーンの翼 二十三章
――グレイブウォーカー(船長室)
「レイヴァンス殿、先の戦闘は助かった」
座っていた椅子を回転させて、グレイブは振り向いた。
「いや、俺がいなくても、あんたたちだけで十分だっただろう?」
「まぁ、今回のような規模であれば、我々だけでも対処は出来ただろう。だが、戦場では何が起こるかわからんからな」
レイヴァンスは短く息を吐いて、グレイブへと近づく。
「それで、商船隊と名乗ってるアンタたちの正体……教えてもらえるのか?」
「もちろんだ、今後の付き合いのためにもな」
グレイブは椅子から立ち上がると、卓上に広がる大きな地図へと、手を伸ばす。
「我々が移動商船隊、グレイブウォーカーとして活動しているのは知っているだろう?」
「ああ、神々の遺産を掘り当てて商売してる集団だと……噂では聞いているが」
レイヴァンスは少し怪訝そうな顔でグレイブを見つめる。
「その噂も間違ってはいないがな……神の遺物をサルベージして、修復する。使えそうな物は我々で使うこともあるが」
グレイブは地図に描かれている○印の部分を順に指差していく。
「この印の箇所に、いくつも集落がある……ここに住む者たちは、我々や要塞都市で生活している連中とは違い、戦う力を持っていない」
地図上の印を見ただけでも10箇所近くはある……レイヴァンスはそれを見て、驚嘆する。
「おいおい、こんなに生き残った人類の集落があんのか!?それじゃ、アンタらは……」
「ああ、その集落を回って、必要な食糧や物資なんかを提供してるってわけだ……そして、集落周辺にヨトゥンの反応があれば、被害が広がる前に対処する」
グレイブの言葉に、レイヴァンスは視線を落とす。
「俺たちは、要塞の中でぬくぬくと生きてたってのかよ……」
「それは違う。神々の遺産を使って、都市を広げて、多くの人間の住む場所を守っている」
「だが、もっと多くの人間を守ることが出来たはずだ!」
大声を出すレイヴァンスを、グレイブは嗜める。
「その志は立派だが、守れる範囲にも限度があるだろ?その手で掴みきれない命はこぼれ落ちる……それを全て拾おうとすれば、救えた命まで取りこぼすことになるぞ」
レイヴァンスは唇の端を噛みしめ、手を震わせる。
「それはあの青年にも言えることだがな……」
「あの青年?」
「ああ、神装機オーディーンに乗っていたやつだよ」
「・・・」
グレイブは表情を曇らせるレイヴァンスを横目に、言葉を続ける。
「神装機の暴走、神域への攻撃、守護者の娘の死……オーディーンを目覚めさせたばかりの若者には重すぎるのではないか?」
「どうして、そこまで……」
「言っただろ?そちらの事情は把握していると」
レイヴァンスは警戒する様にグレイブを見つめる。
「まぁ、大体のことは御老人……ミーミル殿から聞いたものでな」
「爺さんから?どうやって……」
「俺も驚いたよ。拾った遺物から声が聞こえてきたんだから」
グレイブはその時のことを思い出したのか「ふっ」と笑みを浮かべていた。
「遺物から、声?」
「ああ、どうやらミーミル殿の物だったらしくてな。今頃はオーディーンのところへ持って行ってる頃だろう」
――グレイブウォーカー内部
神装機オーディーン……その躯体に追加装甲が取り付けられていた。
背部には八本の比翼を思わせるブースターユニットを装着し、頭部に追加された一本の角が威厳を放っていた。
「御老人!こんな感じで大丈夫か?」
ダナンがオーディーンに向かって声を張る。
「うむ、御苦労じゃった。これでオーディーンも空を駆けることができるわい」
「まさか、この天馬みたいな遺物が御老人のものだったとぁな」
「オーディーンの追加装甲"スレイプニル"……よもやこんな形で見つかるとは驚いたわい」
「だがよ、肝心の操縦士がしっかりしてくれないとな」
「……そうじゃな、そこはあやつに任せるしかないのぉ」
ミーミルは声音を曇らせながら、ユーディンの心を気にかけていた。
――グレイブウォーカー内部(治療室)
ユーディンの周りには、三人の来客の姿があった。
「あなたは、ユグドラシルの……」
「はい、族長のエリックです……それから」
「妻のエリーです」
二人とも、表情は暗く、泣き腫らした後のような目をしていた。
「ユーディン、この二人はエリシュの両親よ」
「……っ!」
ユーディンはリシェルの告げた言葉に、息が詰まらせた。
その手は震え……瞳から涙がこぼれ落ちる。
「ユーディン君……事情はリシェルさんから伺っているよ。エリシュの最期も……」
「ぁ……ぼく…は」
呼吸がうまく出来ない。
まるで、見えない何かに喉元を掴まれているかのように。
「大丈夫よ、あなたも……辛かったでしょう?」
エリシュの母親が優しい笑みを浮かべてくれる。
「ど……して、?」
ユーディンは言葉を絞り出すように、吐き出した。
「エリシュは生命の樹の守護者として、使命をやり遂げたんだ。族長として……誇らしく思っているよ」
「その通りよ……あなただって、皆を守るために戦おうとしたのでしょう?」
エリシュの両親は、ユーディンを責めることなく……穏やかな表情で、優しい言葉を投げかける。
「でも……僕は!僕なんかの、せいで!」
エリックとエリーは、ユーディンを抱き寄せた。
二人とも涙を浮かべながら、震えながら嗚咽を堪えるユーディンを包み込むように、背中を摩る。
「君のせいではないよ……例え、そうだとしても……私たちが君を許そう」
「ええ……だから、前を向いて、あの子が守ろうとしたものを……あなたが守ってあげて」
「エリシュが、守ろうとした……もの」
ユーディンの目の前に、リシェルが静かに歩み寄る。
「ユーディン、責任を感じているのなら、エリシュの想いを……死した者の魂を背負いなさい」
その蒼い瞳は、優しく煌めいていた。
「魂……を、背負って」
リシェルの言葉を、自分の心へと刻み込むように反芻する。
「ヴァルキリーとして、私もともに背負ってあげるから……」
そう言って、リシェルは優しく微笑んだ……その表情には人間らしい温もりが感じられた。
「私たちの娘の死を……どうか、無駄にしないで欲しい」
「ええ、ヨトゥンの脅威から、世界を守って……」
皆の言葉が、折れかけたユーディンの心を支えてくれていた。
自身の無力さが招いた、エリシュの死を……彼女の守ろうとしたものを、守り抜く決意を固めていく。
「はい……僕は、彼女の死を、無駄にしない!」
ユーディンの瞳には、強い信念が灯っていた。
「うん……いい顔になったね。これなら、もう心配はいらないようだ」
そう言って、エリック夫妻は立ち上がり、扉へと歩いていく。
「あ、あの!待って、ください!」
その背中を、ユーディンは呼び止める。
「エリックさん、エリーさん、お二人が許して下さったとしても……僕は、自分を決して許すことは、出来ません」
「許す」と言ってくれた二人の言葉は、確かに心を軽くしてくれた……だけど、それじゃダメなんだ。
「だから、僕の命が尽きるまで……自分のしたことを背負って戦います」
「ユーディン君……何も、そこまで」
「いえ、お二人の優しさに甘えてはいけないんです」
エリックとエリーは、ユーディンの表情を見て、互いに顔を見合わせる。
「わかった……エリシュの想いを背負う君を、これからは支えさせてもらうよ」
「……っ!ありがとうございます!」
ユーディンは、深く頭を下げた。
その瞳から溢れる涙。
――二人が治療室を出て行ってからも、ユーディンは頭を下げたまま、両手を強く握りしめていた。
「ユーディン?どうしかしたの?」
その様子を心配そうに見つめ、リシェルが声をかけると……ガバっと、ユーディンは体を起こした。
「リシェルさん……ありがとう」
「何よ、急に?」
「死にかけた僕のために、血を分けてくれたって聞きました……それに、こんな僕のことを気にかけてくれた」
オーディンの神格を受け継いでいるから、眷属として支えようとしてくれてるのかもしれない……それでも、リシェルさんのおかけで、エリシュの死を受け入れられた。
「いいえ、オーディーンの暴走を止められなかった私にも責任はあるもの」
「リシェル、流石に甘すぎるわよ?」
今まで静かに話を聞いていたブリュンヒルドが、声をかけた。
「ユーディン、あなたが無謀にも神装を展開させたのが原因なのよ?」
ブリュンヒルドさんの言う通りだ……
「はい……」
「姉さん、過ぎたことを責める必要はないわ。ユーディンは十分に自分のしたことを理解してる」
「リシェル……あなた」
「ほっほっ、本当に甘いのぉ」
ミーミルの声……オーディーンを暴走させてから初めての会話だ。
「ごめん……それから、生命の樹はどうなったの?」
「それは、結論から言うと……保護は出来ておらん」
「生命の樹自体が地下深くに根を張り巡らせていて、あの場所から動かせないそうよ」
「そう、なんだ」
エリシュさんが命を賭して守ってくれたもの……
「ヨトゥンも生命の樹を狙うつもりはないようじゃからの。生命の樹のとこは一旦保留じゃ……して、ユーディン」
「な、なに?」
「神装展開……使いこなすための訓練が必要じゃな」
神装……また暴走してしまうんじゃないか、その気持ちが溢れてくる。
「それは……」
「不安なのは分かるぞ?じゃが、今のおぬしにはリシェルの血が混ざっておる」
リシェルさんの、血……
「オーディーンが暴走したのは、大量のエーテルが体内に入り込んだからじゃ……神族の血を輸血した、今のおぬしになら、神装を展開させても暴走することはあるまい」
「そうね、それならすぐに訓練を始めましょう。私も付き合ってあげる」
そう言うや否や、ユーディンは光に包まれ、治療室から転移した。




