オーディンの血筋 一章
オーディンの血筋 一章
――要塞都市ヴァルハラ内部、第2区画
ハンガーにG.O.D(Geneshic Omni Doll)が次々と帰還し、熱を帯びた機体が格納庫に収まっていく。
その様子を、格納庫の奥に鎮座する機体から見下ろす青年がいた。彼は長年動くことのない自分の機体に向かって口を開く。
「オーディーン……僕に何が足りない?どうしたら目覚めてくれるんだ?」
焦りや不安に包まれた表情で、彼は機体に話しかける。その機体の頭部には王冠のような装飾があり、金や黒のカラーリングが他のG.O.Dシリーズとは違うのだと物語っている。
いや、G.O.Dシリーズの元となった神の遺物と呼ぶべきか……
「おいおい、ユーディンさまよぉ?今日も高みの見物かぁ?あんな下級のヨトゥンなんかじゃ相手になりませんってか?」
そんな彼に、明らかに侮蔑を込めた言葉を投げかけてきたのは、グエン=マークという男だ。さっき帰還したG.O.D部隊の一人でもある。
「そんなつもりはないですよ……グエンさんも迎撃任務、お疲れ様でした」
ユーディンは作り笑いを浮かべながら答える。
「はっ!オーディンの血筋だってんなら神装機で戦って見せろよ」
言われなくても、動かせるものなら動かしてるさ。
「はは……すみません」
「ちっ、能無しが……」
そう言い残してグエンは更衣室の方へ去っていき、神装機の前でユーディンは一人佇む。
「聞こえてるよ……いや、聞こえるように言ってるのか」
彼だけじゃない。命を張って戦いに出てる皆が思っていることだ。何故自分ばかりこんな思いをしなきゃいけないのか、それもこれもこのオーディンの血のせいだ……
ただ、オーディンの血筋だからという理由で期待され、その期待に応えられなければ罵倒される。
「僕が悪いのか?いや、周りから何て言われても、選ばれた者としての務めを果たさなきゃ」
何度も繰り返してきた自問自答……
同じように期待され、失望されてきた先代達のことを想い、自分を奮い立たせる。
「諦めるな。血筋のためじゃない、神峰家の皆の、ために……」
そう言葉を漏らした瞬間、胸の奥で違和感を覚える。
"トクン"……
背後に佇むオーディーンから、微かな息吹を感じ、振り向いた瞬間……ユーディンは自分の目を疑った。
「え……だれ?」
神装機の前に見たことのない女性が立っていたのだ。
他に誰も居なかったはずなのに。
声をかけようと一歩近づいた時、ユーディンはその女性の容姿に目を奪われる。
髪は銀色に煌めき、肌は白く透き通っていて、絵に描いたような美しい女性だ。
だが、不思議なことに彼女は藍色の胸当てとスカートアーマーを身につけ、腰に剣まで提げている。
「まるで、昔話に出てくる戦乙女みたいだ」
ユーディンは目の前の女性に見惚れて、目を離すことが出来なかった。
そんな彼に気付く様子もなく、目の前の女性は誰かと話し始める。
「姉さん、オーディン様の神格は感じる?」
「いいえ、今はほとんど感じられないわ」
「そう……とにかく、何か情報を探そう」
そこでようやく彼女は、ユーディンの存在に気付いた。
「ん?人……か、丁度いい。そこの人間、この神装機の操縦士に会わせて欲しいのだが」
「え、っと、その機体の操縦士は、僕だけど……」
「……は?」
その瞬間、彼女から凄まじい殺気?覇気のようなものが吹き出し、ユーディンに向かって襲いかかる。
そして、瞬きした瞬間には、彼の喉元に剣を突きつけられていた。
「っ!」
「貴様のような者が、我が主神の機体の?愚弄してるのか?」
まったく見えなかった……と言うか、この人、すごく怒ってる?殺されるの?何もしてないのに?愚弄ってどう言うことだよ!?
「ちょっと、リシェル落ち着きなさい。彼は操縦士だと言っただけじゃない。まず、あなたの力で確認したら?」
どこから声がしてるんだろう?周りに人はいないのに……
「力を使うまでもないわ……この者から神格なんて感じられないもの」
「リシェル」
少し声音を低くし、怒気を孕んだ声が響く。
「もう……わかったわよ」
リシェルと呼ばれた女性は、諦めた様に首を左右に振り、ユーディンに手をかざす。すると、彼女の瞳は淡く蒼白い光を静かに放ち始めた。
「其の魂を見定めさせてもらう……」
そう言って、じっと見つめられた。なんとなく、動いちゃダメだと思ってじっとしてるけど……この人、ほんとに何者なんだろ?
そんなことを考え始めたところで、彼女が目を見開く。
「……っ、これは?」
「どうかしたの?」
「この魂の形は、オーディン様のものだけど。神格は感じられない……まるで殻に閉じ込められているみたいに」
「つまり、オーディン様の神格はまだ目覚めていないということね。あなた、危うくこの方を殺めるとこだったわね?」
「うっ」
よくよく見ていると、声が聞こえてくるのはこの女性の左腕の方からで、リストバンド型の端末を着けているのがわかった。誰かと通信してるみたいだな。
そうなると、尚更この人は何者なんだ?侵入者ならギャラルホルンの警報が鳴るはずだけど……
「……あの」
僕は意を決して、尋ねてみることにした。
「あなたは誰なんですか?」
「ああ、悪かったわね。私はリシェル……リシェル=ベアトリス、ヴァルキリーの一人よ」
ヴァルキリー?昔話に出てくる戦乙女の……
「えっと、そんなはずないですよね?だって…千…ねん」
――ヴゥォォォォォォオオオン!
脳に揺さぶりをかける重厚な音が響き渡り、ユーディンの言葉は掻き消される。
『管制塔より各区画に通達!何者かが侵入したもよう!ギャラルホルンから得られた情報では、侵入者は一人、各員、警戒せよ!……繰り返します。何者かが侵……』
何者かが侵入って、今……目の前にいる人が凄く怪しいんだけど。
「まさか、侵入者って!」
「私のことか?」
いや、それだとおかしい。ギャラルホルンは要塞に侵入者が入った時点で警報を鳴らすはずだ……この人がここに入ってから結構な時間が経っている。
――
『管制塔より通達。侵入者は第5区画へ侵入したもよう!戦闘員はただちに……え!そんな!』
第5区画は神装機の研究ラボがある所だ。今あそこには父さんと母さんがいるはず……っ!
『侵入者は第5区画にて凍結状態だった神装機ヘイムダルを奪い、消失したとのこと!各員は警戒体制を維持してください!』
「ヘイムダルが奪われた?」
リシェルは管制官の言葉に顔を顰める。
「一体、何が起きたんだ?父さんと母さんは!」
両親のことを心配し、区画間移動用のリフトに向かおうと、ユーディンが動き出した瞬間……神装機オーディーンの前に黒い霧が現れた。
「な、なんだ!?」
「この気味の悪い感覚……そんな!どうしてお前が!?」
リシェルがあり得ないものを見るように声を荒げる。
そして、霧の中から金色の髪の女が姿を現す。
「おや?この神格は、ヴァルキュリアかい!」
「グルヴェイグ?いや、違う!この魂はヘルの……冥界に封印されているはずのお前がどうしてここにいる!」
「ふふふ、この身体は便利だぞ?さすがは不死身の魔女と呼ばれるだけはある……さて、このオーディンの機体と神核も妾が貰い受けるぞ」
ヘルと呼ばれた女が手をかざす……
「させない!」
リシェルは一歩踏み出したと思ったら、一瞬で女のもとへ移動し、剣を振り下ろす。それを、ヘルは黒い霧の瘴壁で受け止め、弾き返す。
「くっ!」
「無駄じゃ!お前程度の神格では妾に傷をつけることすらできぬわ!」
何が何だかわからない……次から次へと色んなことが起きて頭がおかしくなりそうだ。それでも、直感でわかるこいつはやばい……
「ん?そこの人間……お前は、もしや……くくく、あははははは!これは重畳じゃ!貴様、オーディンかえ?神格が弱過ぎて気付かなんだわ……丁度良い、逝ね」
女の指先から黒い糸のようなものが打ち出され、僕の心臓を目掛けて迫ってくる。瞬きする間に僕の胸を貫かんと迫る死の糸を見て、僕は悟った。
「……あ、死ぬ」
こんなのを避けるなんて僕には無理だ。
神装機の後継者として、その役割を果たすことも出来ずに死んでしまう……そんなのは、嫌だ……
でも、おかしい……頭の中ではこうやって普通に考える余裕がある。それに何故か、周りのものすべてがスローモーションにでもなったかのように、ゆっくり動いている。
ドクン
心臓の鼓動とは違う、自分の中の何かが脈打つのを感じた。
熱い。身体の奥からせり上がる、得体の知れない奔流。
感じたことのない力の流れ、けれど確かに自分の中に“ある”もの。
(これは……)
自問するより早く、全身を強烈な衝撃が貫いた。
次の瞬間、ユーディンの身体は眩い光に包まれた。
そして……世界が、揺れた。
光の中心で目を見開く……ユーディンの瞳に映ったのは、
封印され、沈黙を続けていた神装機――オーディーンの目が、ゆっくりと、覚醒の輝きを灯す瞬間だった。
……目覚める。
それは、運命の始まり。
失われた神の力が再び地に降りる。