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生命の樹に眠る者 十七章

生命の樹に眠る者 十七章

 ――ユグドラシルの森、入り口


 ラタトクス隊は、生命の樹の守護者エリシュを一行に加え、結界の前へと向かう。


「それでは、参りましょうか」

「ついに生命の樹とご対面か……うし、頼むよ」


 エリシュは静かに頷くと、エーテル結晶を握りしめる。

 すると、エーテル結晶から淡い翠光が筋となって広がり始め、ゆっくりと視界を満たしていく。

 視界が全て翠の光に包まれたかと思うと、泡が弾けるように、光の粒子となって空気へと溶けていった。


 そして、目の前に大きな樹々に囲まれたトンネルが広がる。


「すごい……いったいどうなってるんだろう」


 結界を解く光が幻想的に広がる中、目に映る自然のトンネル。その光景に見惚れて動きを止める一行に、エリシュが静かに声をかける。


「美しいでしょう?この広さなら、その乗り物で神装機とともに中へも入れますよ」

「あ、ああ……それじゃ、向かうとするか。エリシュちゃんも一緒にキャリアに乗ってくれ」


 ――キャリアがゆっくりと動きだす。その背後……結界の入り口で黒い影が蠢く。


「位相結界か……これは難儀するはずじゃ。くく、感謝するぞ、偽神の子らよ」


 ヘルは不適な笑みを浮かべながら、再び闇の中へと姿を消した。


 ――長い樹木のトンネルを進む。

 見渡せば、森の小枝を小動物たちが駆け回っている姿が目に入る。

 ユーディンたちはキャリアに揺られながら、周囲の幻想的な景色を見つめていた。

 そんな中、グエンは自分の機体の元へと足を運び、その足元に腰を下ろす。

 その様子を見ていた、エリシュがグエンの横に立つ。


「なんだよ、なんか用か?」

「いえ、あなたはいつも一人なんですか?」

「は?どういう意味だよ」


 エリシュの唐突な一言に、グエンは怪訝そうな顔で首を傾げる。


「森の中で見つかった時も、一人でそうやって座ってたものだから……」

「ああ、俺は一人の方が気が楽なんだよ。仲間で群れて馴れ合ってるのを見ると、苛つくんだ」

「どうして?仲間なら仲が良い方がいいじゃない」

「どうして、なんだろうな……仲良くなったやつも、大事な家族も、死んじまったから、わかんねぇよ」


 何かを思い出すように目を細め、機体を見つめるグエン。


「あの機体、今は俺が乗ってるけどよ……昔は俺の親父が乗ってたらしいんだ」

「お父さん?」

「ああ、死んじまったけどな。『ヴァルハラの希望を俺が守る』って、よく言ってたぜ」


 そして、神装機オーディーンを見つめながら言葉を続ける。


「あの神装機、神の血を継ぐもの、そんな希望を守るために戦って死んだ……死んだら何も守れねぇのに」

「本当に、そう思いますか?」


 エリシュが優しい瞳でグエンを見つめる。

 

「ああ、そうだな、神装機も神の血筋も守ることは出来たみたいだ」

「いいえ、それだけじゃない……あなたも、守ってくれてるじゃない」


 思ってもなかった言葉に、呆然とエリシュを見つめるグエン。

 

「……おれも?」


「はい、命の燈が消えても、こうしてあなたの力となってくれているもの」


 エリシュがグエンの機体にそっと触れると、エーテル結晶から優しい光の筋が溢れていく。


「この機体には、多くの魂と想いが込められているわ」


 その光の中から一つだけ、手に包み込む様に握り、グエンに手渡す。


「お父さんの想いも、ちゃんと残ってるもの」

「親父の?」


 グエンは受け取った光から、確かな暖かさを感じた。

 そして、その光はグエンの手を離れ、ゆっくりと光の残滓を残しながら漂い……グエンの胸へと溶けていった。


 その瞬間、周囲に溢れていた光が消え、静寂に包まれる。


「いまのは、何だったんだ?」

「魂の残滓、とでも言うのでしょうか……魂はエーテルとなり、世界を巡る。わたくしたち、守護者の間ではそのように言われているの」


 エーテル結晶を胸元にしまいながら、エリシュは語り始めた。


「魂は、エーテルと深く結びついているの。高濃度のエーテルには、強い想いや記憶が宿るとされていて……それは神装機にも応用されているの」 

「なるほどな、意外と守護者様らしいとこあんだな」

「な、らしいとはなんです!」

「だってよ、最初に会った時なんか声も手も震えてたじゃねえか。思わず笑っちまったよ」


 エリシュは顔を紅くしながらグエンに詰め寄る。


「そう言うグエンは、最初に会った時から失礼です!わたくしの言うことに、すぐ揚げ足をとって」

「そんなことしてねぇよ、お前が勝手にボロ出してただけだろ?」

「あ、あれは……その」

「ふ、はははっ…はぁ、お前と話してると退屈しねぇわ」

「またそうやってバカにして」

「バカになんかしてねぇよ、サンキューな」


 いつも殺伐とした表情をしているグエンが、穏やかな笑顔を浮かべながら感謝を告げる。


「もう、あなたと話してると調子が狂います」


 エリシュが顔を背けたと同時に、キャリアが止まり体が傾く。


「おっと…」


 倒れそうになったエリシュの肩を、グエンが支える。


「あ、ありがと」

「あぁ……」


 前方の運転席からグラードの声が響く。


「案内役の娘さんはどこだ?集落っぽいとこに着いたんだが?」

「も、もう着いたみたいね、行かないと」


 エリシュは逃げるようにキャリアから降りていった。

 それを目で追うグエン、今までに感じたことのない胸の動悸に戸惑いを感じていた。


 ――神域、守護者の集落


「ここで、エリシュたち神域の守護者が生活してるんだね」


 ユーディンがエリシュに声をかけると、彼女は少しそわそわした様子で振り返る。


「そ、そうですっ、さあ行きましょう。族長の元まで案内します」


 一行はライナとグラードをキャリアに残し、エリシュについて集落の中を進んで行く。しかし、族長の家に近づくにつれて集落の様子が慌ただしくなっていく。


「なんでしょう……騒がしいようですが。すみません、少し様子を見てまいります」


 そう言って、エリシュは他の住人たちのもとへと駆けていく。


「何だろう、僕たち歓迎されてないのかな?」

「そういうわけでは無さそうだけど、気になるわね……」


 ユーディンとリシェルが周囲の状況を見回していると、エリシュが戻ってきた。


「失礼致しました。どうやら、何者かが結界の中へと侵入した形跡が見つかったそうです。あなた方以外に誰が……」


 難しい顔で考え込むエリシュに、グエンが声をかける。


「ここで考えるより、まずは族長んとこだろ?早く行こうぜ」


 その言葉は、今までのようなぶっきらぼうさは感じられず、穏やかな口調だった。


「おい、ユーディン……なんかグエンのやつ気持ち悪くねぇか?」


 レイヴァンスが信じられないものを見たかのように、目を瞬かせていた。


「はい、僕も最初は気持ち悪いって思いました」

「いやぁ、良いことなんだろうけど……なんか気持ち悪いんだよな」

「おい、聞こえてんぞ!」


 グエンが額に血管を浮かせながら睨みつける。


「げっ、いつも通りじゃねぇか!」

「うるせぇ!ふざけてる場合じゃねぇだろ、行くぞ、隊長さんよ」

「お、おう……悪い、エリシュちゃん、頼む」

「はい、こちらです」


 5人は急ぎ族長の家へと向かい、エリシュが先に中へと入っていく。しばらくして、壮年の男性がエリシュとともに外へと出てきた。


「遠路はるばる、ようこそおいでなさいました。私が現族長のエリックと申します」


 片膝を地につけて、頭を下げるエリック。


「どうも、俺はレイヴァンスと言います。急な来訪にも関わらず、迎え入れていただきありがとうございます」

「いえ、本来であればゆっくりとおもてなしをさせていただきたかったのですが、そうも言っていられません。生命の樹まで、共に来ていただけますか?」

「もちろんだ……」


 ――族長エリックについて集落の奥へと向かう


 そこには、まるで巨大な木の幹をくり抜いた様な空間が広がり、その中心には幾重にも連なる木の根が絡まり合い、鎖のように縛り付けられた機体があった。


 だが、その機体の前に黒い霧が広がり始める……


「おいおい、ありゃなんだよ?」


 レイヴァンスがこの異様な光景に声を漏らす。

 

「あの黒い霧は、まさかヘルが!?」

「それに、あの機体……ヴァーリ?嫌な予感がする、姉さん!」

「わかってるわ」


 リシェルが光に包まれると同時に、集落の上を蒼銀の騎士が空気を切り裂くように駆け抜ける。

 そのまま、エーテルの槍を構えて黒い霧の中へと飛び込む……ギィン!

 と瘴壁に弾かれる音とともに、霧が散開し視界が開けた。


「またおぬしか?ゆっくり相手をしてやると言ったであろう」


 ヘルはこちらに振り返ることもせず、神域に捉えられている機体に触れる。


「ああ……兄上、お会いしたかった……今、その魂を縛る鎖から解き放ってさしあげましょう」


 縛られた機体が瘴気に包まれていく。


「なにをするつもり!」

「ふふ、邪魔をするでないぞ?お前たちはそこで見ていよ……冥府の住人(シャドウサーヴァント)よ、あやつと遊んでやれ」


 ヘルの言葉でウルキューレの周囲に3つの暗い球体が現れる。そして、その中から這い出るように黒い甲冑を纏った闇の巨影が姿を見せる。


「こいつらは?」


 リシェルが警戒して、後方へ距離を取る。


「初めて見る相手ね……リシェル、油断しないで」

「ええ、だけど……早くヘルを止めないと」


 そこへ、オーディーンが神域へと降り立つ。


「ミーミル!?」

「急ぐのじゃユーディン、ヘルを止めなければまずいことになるぞ!」


 いつも冷静なミーミルに焦りの色が見え、只事ではないと感じるユーディン。機体に乗り込み、レイヴァンスたちに声をかける。


「レイヴァンスさん!皆を避難させてください!」

「ああ!グエン!キャリアまで集落の人達を誘導する、急げ!……エリックさんも、ここにいては巻き添えを喰います、さぁ」


 エリックとエリシュは青褪めた顔で神域を見つめる……


「ぁ、ああ……神域が闇に、なんてことだ」

「ヴァーリ……」

「ちっ、何呆けてやがる!すぐにこっから離れるぞ!」


 グエンとレイヴァンスが二人を抱えるようにその場から離れる。


 ――生命の樹を守る神域に、ヘルの闇が広がっていく。

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