生命の樹を守る者 十六章
生命の樹を守る者 十六章
――ユグドラシルの森
「行っちまった……お前らはなんでここに?」
グエンがユーディンを横目に尋ねてくる。
「何でって、グエンさんを呼びに来たんですよ」
「とは言っても、さっきの娘が戻ってくるまで待たないといけないのかしら?」
「そうなるだろうな……なぁ、ユーディン」
徐にグエンが名を呼ぶ……
「なんですか?」
「さっきは……いや、そうじゃねえな。今まで、悪かったな」
「急にどうしたんですか?気持ち悪いですよ」
「うるせぇな、俺なりに思うことがあったんだよ」
「僕の方こそ……つい、頭に血が昇ってしまって、すみませんでした」
頭を下げようとするユーディンの肩に手を置いて、首を振るグエン。
「お前が謝ることねぇだろ?神装機のこととか、血筋のことを考えりゃ当たり前のことだ……」
「グエンさん……」
「それもやめろ、グエンでいい。歳もそんな変わんねぇだろ?」
「そうですか?僕は19歳になりましたよ」
「俺は21だぞ」
「本当だ、思ったより歳が近い。そう言えば、リシェルさんは……」
話の流れで、リシェルに歳を尋ねようとしたら……
無言で剣を突きつけられた。
「年齢に何の意味がある?」
「いえ、ないですね……ごめんなさい、剣を降ろしてください」
そして、スゥーッと剣を下げていくリシェル。その様子を見て、グエンが笑い出した。
「く、はははっ、何だよお前ら、面白ぇな」
「何で笑うんですか」
「いや、お前らのこと、もっと卑屈で真面目なやつなのかと思っててよ」
「卑屈、って僕のことですか?」
「他に誰がいんだよ」
「な、グエン……だって、嫌味ばっかで感じの悪いやつだと思ってましたよ」
「はは、そりゃ間違ってねぇよ」
腹を押さえながら笑うグエンの姿を見て、心の中の澱みが少しずつ晴れていくような気がした。
こうして、二人の蟠りが解け始めた頃、樹の上から人の気配が降りて来た。
カサカサと葉が擦れる音と、枝が揺れる音と共に目の前にエリシュが膝をついて着地する。
「お待たせしました。族長もお会いになりたいとのことです。森の入り口から結界の中へとご案内致しますので、外で待機されている方々もご一緒にいらしてください」
「お?やけにすんなり通してくれたな。これもオーディンの力ってやつか?」
グエンが皮肉っぽく声をかけてくるが、不思議とこれまでのような不快感は感じなかった。
「どうかな」
「いいから、早く戻りましょ」
リシェルがスタスタと前を歩いていく。
「リシェルさん、置いてかないでくださいよ」
エリシュを伴い、3人は森の入り口へと向かっていく。
――森の入り口
4人が森の入り口へと戻るにつれて、香辛料の匂いが鼻をくすぐってきた。
「この匂い……」
「ああ、カレーだな」
「かれえ?」
「お腹が空いてくる香りですね」
ユーディンとグエンは馴れ親しんだ香りに、今夜の食事が何なのかわかったようだが、リシェルとエリシュはすんすんと匂いを嗅いではお腹をさすっていた。
「お!やっと帰ってきたか。待ちくたびれたぞ?」
レイヴァンスやライナが、夕飯の準備をしながらユーディンたちに気付き、手を振る。
「お前ら、なんか人数が増えてないか?」
「ああ、生命の樹まで案内してくれるらしい」
サクッ……エリシュは腰に差していた剣を地面に突き立て、片膝をついて頭を下げた。
「わたくしは、エリシュと申します。この地で代々、生命の樹を守護する者です」
「はぁ、こりゃご丁寧にどうも。俺はレイヴァンス=テイル、この生命の樹の捜索部隊、ラタトクスの隊長をしてます……それで、案内とは?」
カレーのルーがついたお玉を、肩にトントン、と当てながらレイヴァンスが尋ねる。
「はい、この森では生命の樹……わたくし達は神域と呼んでいるのですが、そこへ侵入しようとする者を惑わす、結界が施されているのです」
エリシュはそこで一旦言葉を区切り、森の入り口へと向き直る。
「森に入る前に、この結界石を使うことで迷うことなく、わたくし達の集落へと辿り着けます」
そう言って、首にかけてある卵大ほどの石を見せてくれた。色は鮮やかな翠色で、奥が透けて見えるほど綺麗な物だった。
「ほう、この反応は……エーテル結晶か。それも、不純物が皆無と言って良いほど凝縮されておる」
ミーミルの声に肩をビクッとさせて驚くエリシュ。
「い、今の声は?」
「すみません、オーディーンに宿っている仲間の声で……ミーミルと言うんですが、頼りになるお爺ちゃんなんですよ」
「ユーディンよ、お前までわしを老いぼれ扱いするつもりか?」
「違うよミーミル!どんな人かエリシュさんに伝えただけじゃないか」
「ふん、まぁ良いが……その結界石とやらがあれば、生命の樹へ辿り着けるのじゃな?」
「は、はい。そうです……ですので、準備が整い次第出っ…『くぅ〜』…ぱ、っ」
思いの外、大きなお腹の音に一同がエリシュに視線を集める。
「あ、あの……これは」
「ふぅ、隊長!出発前に腹ごしらえしようぜ、カレーの匂いで腹が減ってしょうがないんだよ」
少しわざとらしく声を張るグエンに、皆が調子を合わせる。
「そうだね、ご飯を食べてからでもいいかな?良かったらエリシュさんも一緒に食べませんか?」
ユーディンの誘いに、耳を赤くしていたエリシュが頷いた。
「は、はい。お言葉に甘えて、よろしいでしょうか?」
「もちろんだ、うし、ライナ!ご飯をよそってくれ!皆でカレータイムだ!」
わいわいと食事の準備が進んでいく中、深刻な顔をして鍋を見つめる乙女がいた……
「なんなの……これは?鼻を刺す香りといい、この色、ぐつぐつと泡をたてる泥水……人間は、こんなものを食べるの」
「そのようね、成分分析の結果は、ターメリックやチリ、クミンなどの香辛料に加えて、脂質や塩分が含まれているわ」
「身体には良さそう、ね」
「一緒に煮込む野菜からも栄養が取れることを考えれば、食事として理にかなっていると言えるわね」
「そうね……」
神妙な面持ちで配られた皿を見つめるリシェル、その様子に気付いたユーディンが声をかける。
「リシェルさん、カレー食べたことないの?初めて見たら驚く色かもしれないけど、食べてみて。本当に美味しいから」
ユーディンの言葉に、ギリ、ギリ、と音をたてて動くかのように首を下に向ける。
「お、オーディン様の、命とあらば……」
どうしてカレーを食べるだけでそこまで深刻な顔をするのかが分からないが、彼女は意を決してスプーンを口に運ぶ。
「はむ……ん、ん〜!?」
(なに、これは!?口に含んだ瞬間から鼻を通り抜けるスパイスの香り……この白い米と混ざり合うことで、味覚をまろやかに包み、辛さが主張してこない)
「おいしい……」
「でしょう?さあ、食べて!エリシュさんもパクッと、ね」
「は、はい!」
ユグドラシルの森、生命の樹への道のりが示された。
新たな出会いとともに、和やかな雰囲気で親睦を深める一行だったが……彼らの運命はここから大きく変わっていく。




