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ヴァルハラの神衛 九章

ヴァルハラの神衛 九章

 ――ヴァルハラ、第4区画、居住区


 リシェルとの対話の後、自宅へ戻る頃には、要塞の天井スクリーンが茜色に染まりはじめていた。

 ヴァルハラの空は本物ではない。

 第4区画の天井を覆う人工パネルが、決まった周期で空模様を映し出しているに過ぎないのだ。

 だが、薄紅に染まるその光景は、不思議と胸を落ち着けてくれた。


「さて、今日は色々あって疲れたな。ゆっくり休まないと」


 家の中に入ると、慣れた手つきで部屋の灯りをつけ、冷蔵庫の中の食事を温める。


「父さんも母さんもまだ帰ってこないだろうし、ご飯と風呂を済ませて布団に入ろうかな」


 独り言を喋りながら、温もったご飯を片手間に食べ、浴室の準備をすすめる。


「なんじゃ、親御さんは帰ってこんのか?」


 不意にミーミルから声をかけられ、一瞬驚いたが、すぐに返事を返す。


「え?ああ、二人とも樹里博士と研究室に篭ってることが多いんだ。帰って来ない日もあるけど、それが普通だから」

「ほう、本当に研究ばかりしておるんじゃな」

「そのおかげでG.O.Dの強化ができてるし、皆のためになってるんだよ」

「確か、エーテライト装甲と言っておったかの。大したものじゃ」

「うん、そう言えば、神装機もオーディンの神格の力を引き出せば強くなるの?」

「うむ、人族の身に宿った神格の力をどうやって引き出すのかはわしにも分からぬが、神族がその力を使う時は心の奥から力を引っ張り出すイメージと、その力をどう使うかのイメージが重要じゃな」


 イメージばっかりで、どうしたらいいのかよく分からないな……


「オーディンの場合は創造の力、予知の力といったものでな、想像力だけで新しい物を作り出すことが出来たんじゃ。予知の力はその名の通り、数秒先の動きが可視化されて、自分の周りがゆっくり動くような感覚らしいが」


 スローモーション、初めて神装機に転送される前のあの感覚かな?


「己の中の神格を感じることができれば、神装機のインターフェースシステムを介して、機体の出力制御のリミッターを外せるのじゃ。わしらは『神装展開』と呼んでおるが、強大な敵と戦う時の切り札と言ったところじゃな」


 リミッターを解除?確か、ユグドラシル・ドライブはエーテルを吸収して出力を生み出すはずだけど。


「わざわざリミッターを取り付けなくても、ずっとその状態でも良かったんじゃ?」

「いくら神族と言えど、神格を神装機と同期させるのは負担がかかるのじゃ。それに、ユグドラシル・ドライブのエネルギー供給率も遥かに上回る故、長時間の稼働が出来ぬ」

「そうなんだ、本当に切り札って感じだね」


 神装展開、僕にも使えるんだろうか……

 ミーミルと話しながら、シャワーを済ませ、溜まった湯船に体を沈めていく。


「それとは別の方法もあるには、あるんじゃが」


 浴室の中で声が反響する。

 

「別の方法?」

「左様、しかし神々の黄昏の時分に使っていた物故、今は何処にあるかもわからぬ」

「そうなんだ……千年も前の遺物か。まだまだいっぱいあるんだろうな。トゥンがいなかったら、探せるのに」


 ヨトゥンが、いなければ……あいつらはどこから来てるんだろう?

 今更ながらに、ふと気になった疑問を呟く。


「ヨトゥン、て何なんだろ?」

「ふむ……あやつらは生物達が心の奥から生み出す、負の感情、恐怖や怒り、憎しみといった、他者を害そうとする意識から産まれる存在じゃ」

「それって、いくら倒してもいなくならないんじゃ……」

「そうじゃ、だからこそオーディンは創造の力を使って世界の理を変えようと戦ったのじゃよ」

「創造の力、それで世界の理まで変えられるものなの?」

「可能じゃろう。ヨトゥンは負の感情を糧に産まれるが、その核が産まれる場所は決まっておる。その核が糧とする感情を書き換えることができれば、ヨトゥンは産まれぬというわけじゃ」


 風呂から上がり、着替えを済ませてから布団に転がる。


「それが出来たら、もうヨトゥンと戦う必要はないのか……その核が産まれる場所は、わかってるの?」

「うむ、北の氷原の遥か地下にある冥界の門。そこがやつらの産まれる場所じゃ」

「北の氷原、そこで力を使うことが出来れば戦いを終わらせる事ができる……」

「ユーディンよ、おぬしの考えとることは解るが、今のままでは無理じゃぞ?」

「わかってる。オーディンの力を引き出せるようにならなきゃ、僕が……」

「焦っても出来ることではないぞ?まずは神装機の感覚に……ユーディンよ、聞いておるか?」

「……すぅ」


 ユーディンは静かに寝息をたてていた。


「ふむ、色々なことが一度に起きて疲れたじゃろう。ゆっくり休むのじゃぞ」

 (斯様な若者にオーディンの神格は荷が重すぎるのではなかろうか……その荷を軽くすることがわしにできるじゃろうか)


 機械に宿る老人の魂は、今を生きる若者の生く先を憂いていた。


 ――翌日、ヴァルハラ、第1区画、ブリーフィングルーム


 ヴィーダル司令と樹里博士から呼び出され、ブリーフィングルームに足を運ぶユーディン。G.O.Dの隊員も続々と集まり、物々しい雰囲気を感じる。

 部屋の奥に座ってる年配の男性が、『フェリクス=アーディ』さん、歴戦の元G.O.D部隊の隊長で、レイヴァンスさんを隊長まで叩き上げた人だ。

 その隣に座ってる二人の女の子は『ソレーユ=シグフェイル』と『ルーナ=シグフェイル』、双子の姉妹で年齢は15歳と若くても、二人の連携精度が高いことが評価されている。


「何でこんな朝早くに呼び出されるのよ、サボディンまでいるし」

「お姉ちゃん、ユーディンさんを、そんなふうに言っちゃダメよ」


 めんどくさそうにしながら、僕のことをサボディンと呼ぶのが姉のソレーユで、それを嗜めるように落ち着いた子が妹のルーナだ。ちなみに、サボディンは神装機で戦えない僕がサボってることからそう呼ばれてる。

 その隣に座っている男性は『セルマ=ロッシュ』さん。この双子をまとめる隊長でもあり、何でもそつなくこなせる、お兄さん的な感じだ。

 そして、ジルさんとグエンさん、レイヴァンスさんが席につき、最後にリシェルさんも入ってきて、僕の隣に座った。


「リシェルさんも呼ばれたんですね」

「今後のことを話し合うから、手を貸すなら来てくれって言われたのよ」

「そっか、ありがとう」


 リシェルさんが座ったところで、ヴィーダルが腰を上げる。


「さて、揃ったな。皆も知ってるだろうが、神装機が目覚めたと同時に、ヨトゥンにも新たな動きがあった。今後の我々の動きについて説明する」

「待ってくれよ、司令。その女はここにいていいのか?」


 グエンが怪訝そうにリシェルを睨みつける。


「構わん。オーディンの眷属として共に戦ってくれる者だ」

「オーディンの眷属ねぇ」


 今度はユーディンを眉根を釣り上げなら睨んでくるグエン。

 その態度だけで気分が悪くなる……一緒に戦う仲間だっていうのに、何を考えてるんだろうか。


「続けるぞ、まず現状の確認だが、ヘルと呼ばれるヨトゥンによって神装機ヘイムダルが奪われた。神装機を奪った目的は分からんが、明確な意思、敵意を持って接触してきたヨトゥンの存在が確認されたのは初めてだ」

「他にも、そのヘルのようなヨトゥンがいるってことか?」


 フェリクスが落ち着いた様子で尋ねる。


「それは、現状ではわからん。だがその可能性はあるだろう」


 その答えに、フェリクスは「ふぅ」と重く溜め息を吐いて目を伏せた。


「奴らが、今後は組織立って活動することも考えられる。念のために、ここの戦力の拡充を図り、ニブルヘイムと移動商船隊へ協力要請を出した」

「おいおい、ニブルヘイムはともかく、グレイブウォーカーが協力してくれるのかね?」


 レイヴァンスが移動商船隊の名前に反応する。

 確かに、移動商船隊と自称はしてるけど、やってる事は遺跡荒らしと変わらないって噂をよく耳にする組織だ。


「ヨトゥンの動きがわからん以上、戦力になるのであれば利用する」

「戦力ねぇ、そううまく話が進んでくれりゃいいが」

「どうなるかは、応答待ちだがな。それと、ヨトゥンに備えて戦力を拡充するのと並行し、少数部隊の編成も行わねばならん」

「少数部隊?」

「ああ、神装機が目覚めたことで、生命の樹の存在が示唆された。その捜索についてもらいたい」

「おいおい、ここから離れて少数で動くなんて危険じゃないのか?」


 レイヴァンスの言葉にヴィーダルは声音を重くする。


「わかっている。だからこそ、この部隊には機動力と十分な殲滅力が必要だと考えている」

「遭遇したら戦って、やばくなったら全力で逃げろってことかよ」

「……異論はあるか?」

「異論って言うか、そこまでして生命の樹を探す必要があるのか?」

「それは……」


 ヴィーダルが樹里博士の方へ視線を向ける。それに応えるように博士が立ち上がり、白衣を翻す。


「私から説明するわ。先日、稼働した神装機の話になるんだけど、神装機を動かすのに必要な神格……オーディンやヴァルキリーの神格は、生命の樹の恩恵を受けないと目覚めないらしいの」


 僕とリシェルさんの方をチラリと見てから、博士は話を続ける。


「つまり、生命の樹が無くなってしまうと神装機は動かなくなってしまう。ヨトゥンに見つかる前に、私達が見つけて保護する必要があるのよ」

「そう言うことだ、これでも異論はあるか?」


 各々、神妙な顔で首を振る。


「では、捜索に向かうメンバーを伝える。機動力と火力、状況の判断力を考慮し、レイヴァンス=テイル、グエン=マークの二人を任命する」

「はぁ、そういう厄介な任務はいつも俺じゃないのよ」

「げぇ、行きたくねぇ」


 二人とも乗り気でない様子で愚痴を漏らす。


「そして、この捜索部隊に神峰=ユーディン。お前にも参加してもらいたい。生命の樹に詳しい者が同行して欲しいのでな」

「は、はい。了解しました」


 捜索部隊か、グエンさんと同じ部隊なのは正直気が引けるけど……生命の樹のことなら、ミーミルがいてくれた方がいいもんな。


「よし、以上だ捜索部隊以外の者は解散してくれ」

「ふぁ〜、終わったー」

「お姉ちゃん、真面目に聞いてた?」

「ほらほら、会議は終わったんだから、黙って帰るよ」


 ヴィーダルの言葉に残留組がそろそろとブリーフィングルームを後にしていく……

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