第6話「元に戻るだけ」
ある日、クロウと一緒に買い物に行くことになった。いつものように町の人達と話をするが、クロウを見ると、皆、目を丸くしている。
「縁があって、今、一緒に暮らしているんだ」
そう言ったらさらに驚いた様子だった。
クロウが犬たちを見てくると言って少し離れた時に、皆に囲まれた。
「ハルさん」
「うん?」
「得体が知れないにもほどがないですか?」
「大丈夫なんですか?」
なんだか、真剣に心配されているみたいで、苦笑が浮かんでしまう。
「まぁ、確かに得体がしれないか」
苦笑しながらハルがそう言った時、「確かにじゃねえだろ」と、後ろから声がかかった。皆が驚いて、声も出せずにいると。
クロウが苦笑いを浮かべながら、ハルの隣に並んだ。
「まあ……見た目ほど、悪い奴じゃないからさ」
「お前。フォローする気、あるか?」
「一応あるよ」
ハルが笑うと、皆が少し安心したように、ハルを見つめた。ハルは、ふ、と笑いを収めて、じゃあまた来ると、別れを告げた。
その帰り道、クロウは不意に、可笑しそうに笑い出した。
「オレ、完全に不審者扱いだったな。ハルさんと居る変な奴は誰だって……皆がそんな感じだった」
そんな言い方に、ハルも苦笑する。
「でもオレも最初は怖がられたからな。だから、休暇中の騎士だと伝えたんだ。それでも今も珍しそうに見られる。向こうも困っているんだろうが、どう接していいかまだ迷うよ」
「……見られるって?」
「え?」
「向こうは困ってないだろ。むしろ、お前に見惚れている奴らばかりだった」
「……?」
見惚れる? 不思議そうなハルを見つめて、クロウはクッと笑う。
「――お前、よくこれまで無事だったな」
「何が?」
「貞操、よく守ったなって話」
そんな言葉に、ハルは首を傾げた。
「守ったというか……貞操の危機なんて全く無かったよ」
「――ははっ」
クロウは可笑しそうに笑う。「え?」と振り仰ぐと。
「オレ、お前の周りにいた奴ら……アルファどもに同情する」
「何が……クロウ? 何を笑ってるんだ? 意味が分からない」
「はは。なんだかな、お前……」
クロウはハルの首に手をかけて、引き寄せた。
「本当に、可愛いよな」
「……馬鹿にしてるのか?」
ハルが眉を寄せて睨むと、クロウは苦笑した。
「してない。早く帰ろうぜ」
笑いながら馬の手綱を引くクロウ。良く分からないとため息をつきながらも、ハルも微笑んで歩き出した。
――クロウとの日々は穏やかだ。
こんな日がいつまで続くんだろう。少しでも、長く続けばいい。
そんな風に思ったその夜。ある事件が起きた。
◇ ◇ ◇ ◇
家に帰り、夕食を終えて片付けようと立ち上がった時だった。
クロウが不自然に動きを止め、ハルがその様子に気づくと、声を出さぬよう制された。
「窓の外で影が動いた」
緊迫した雰囲気でクロウが囁く言葉に、一瞬で理解し、ハルは頷いた。静かに移動し剣を取って扉の前のクロウに近づく。扉の取っ手を掴みながら、クロウが振り返った。
「オレは扉を出て、左に行く」
「オレは右に」
短く言って頷き合うと、扉をゆっくりと開けたクロウが先に足を踏み出す。ハルも外に出て、家の壁を背に立った。月明かりに照らされたいつもの風景。けれど、ピリピリとした緊張が走る。目くばせをして、互いに逆方向に向かって進み始める。
……強盗の類か? まあ、無くはないか。
一瞬たりとも油断せずに辺りを見回す。家の角を曲がり、進んでいく。風が吹くたびに樹々がざわめく。
戦いで目の前にいることが分かっている敵を倒すのと、どこから何人が、どんな武器で襲ってくるかわからない状況の今とだと、圧倒的に、今の方が戦いにくい。
慎重に次の角も周り、家の外周の半分は異常無し。
クロウの方か。思った瞬間、剣を合わせる音がした。瞬間的に走り出す。角を曲がると、クロウの後ろ姿。誰かがその足元に倒れていた。
倒したのかとホッとして「クロウ」と声を掛けると、振り返ったクロウの頭上に月が見える。何だか一枚の絵のように見えて、目を細めた時。木の上に人影。何かの武器で狙っている。咄嗟に魔法を唱えた。剣に炎を乗せ、鋭く弧を描いて空を切る。炎に捕らわれた敵は木の下に崩れ落ちて、もう動かない。そちらを振り返ってから、クロウは辺りを見回しながらハルの元に歩み寄った。
「蒼い炎、見事だな――助かった」
「いや……話はしたか? 誰なのかは」
「分からない。端から殺す気満々で来たから倒した」
「そうか」
仕掛けてきたのは相手で、殺意は明らかだった。それでも――また人を斬ってしまったな、と俯いたハルを、クロウは抱き寄せた。
「魔法の瞬間、蒼く光るお前の瞳」
「――?」
「本気で惚れる」
「また馬鹿なことを」
苦笑して見上げると、クロウの手が頬に触れる。
「お前を狙ってる奴、本気でたくさん居ただろうな」
「まあ……人を多く斬ってきたからな。恨まれてはいる」
「――ん?」
「ん?」
二人、間抜けな顔で見つめ合う。クロウは苦笑した。
「違う。そういう意味じゃねえよ」
「どういう意味だ?」
「昼間も言っただろ。騎士としてのお前も、普段の可愛いお前も。好きな奴はたくさん居ただろうなって意味だよ」
「そんな意味なら、無いよ」
「自覚ないのが、ほんと……そこまでくると迷惑だな」
「迷惑……?」
意味が分からないなと、眉を寄せるハルに、ふ、と可笑しそうに笑いながら一度キスをして、クロウは倒れている二人を見下ろした。
「離れた所に埋めてくる。お前は家に入ってろ」
「オレも行く」
「いい。こういうのは慣れてる。一人の方が早いからオレがやってくる。馬を借りる」
そう言うクロウには有無を言わさない迫力があり、ハルは言い返せないままに家に押し込まれた。仕方なく夕食の片付けをしながら、クロウを待つ。
……慣れてるって何なんだよ。
一緒に行けばよかったと、ハルはため息をついた。
さっきの奴らは、ただの強盗じゃない。木の上から、飛び道具で狙うなんて、暗殺を稼業にしてる奴くらい……。オレを狙った? クロウ?
二人ともに狙われる理由はありそうだ。
――今日、町で見つかったのか?
そう思うと、この生活も長くはない気がしてくる。
しばらくして帰ってきたクロウは、ハルを抱き寄せた。
「クロウ……?」
「ハル」
じっと見つめてくる瞳を、見上げる。
ゆっくりキスされて、自然と瞳を伏せた。
◇ ◇ ◇ ◇
その夜、遅く。
ふと目が覚めると、クロウがハルの髪を優しく撫でていた。
「クロウ……起きてたのか?」
そう聞いたハルにふ、と微笑んでから、クロウが静かに言った。
「番にならないか」と。
しばらく考えてから、ハルは、無理だと答えた。
自由なクロウ。騎士団長の番なんて、欲しくはないだろう。自分と居ると、クロウにも迷惑がかかる。今夜みたいなことも、またあるかもしれない。
クロウはしばらく後、「分かった」とだけ呟いた。
そして、その翌朝。
身支度を完全に整えて、ハルが目覚めるのを待っていたクロウは、ハルが目を覚ますと、しばらく出てくる、と言った。
もう帰らないかもしれないと思いながらも、ハルは何も言わずに頷いた。
そんな気がしていた。当たり前だ。
番の申し出を断ったんだ。むしろ居られても気まずいし、困る。
これで良かったんだ。
クロウが居なかった日々に戻るだけ。そう思い込むことにした。




