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第5話「飽きるまで」


 ◇ ◇ ◇ ◇



「クロウ?」


 夕食を片付けている間に、クロウの姿が見えなくなった。探しながら家を出ると、馬舎で馬を撫でながら、歌を口ずさんでいるクロウを見つけた。


 歌ってる声、初めて聞いた。


 初めて聞く優しい歌にハルの口元が綻ぶ。もう少し聴きたいと思ったのに、後からついてきたヴァロとウニが、クロウの元へ駆け寄ってしまった。振り返るクロウと目が合う。


「来てたのか」

「ん。今の、どこの歌だ?」

「……ああ。祖国の歌だな。自然と出てたか」


 くす、と笑うクロウはしゃがんで、まとわりついている二匹を撫でながら、ハルを見上げた。


「そういえば、こいつらの名前はどういう意味なんだ?」

「遠い国の言葉で、ウニが夢で、ヴァロが光だ」

「へえ。良い名だな」

「そう思うか?」

「思う。ハルらしい」


 ハルらしいと言う程知らないのに、と思いながらも、クロウがそう言ってくれるのがなぜか嬉しく思えた。微笑むハルに気付き、クロウは立ち上がった。


「今、すげえ可愛い顔してる」


 馬や犬を撫でるみたいに、ハルの金の髪をくしゃくしゃと撫でて、甘く、口づける。


「可愛くない」

「……可愛いよ」


 引き寄せられて、口づけられる。


 ――ああ、なんか、駄目だな、これ。クロウに依存してしまいそうだ。

 オレのことを何も知らず、ただ、今ここにある自分を、馬や動物を愛でるのと同じように、ただただ、可愛いと言ってくれる。

 こんなことがそんなに嬉しいとか、意味が分からない。


「たまには外で酒でも飲むか?」


 誘われてハルは頷いた。犬達を家に戻してから、つまみと酒と布を持って、湖に向かう。地面に布を敷き、湖の方を向いて腰を下ろす。グラスに注いだ酒を少し飲んで、ハルはふと息をついた。


「夜は少し冷えてきたな……」

 ハルがそう言うと、何を思ったかクロウが立ち上がる。不思議そうに振り仰いだハルを、クロウは後ろから抱き締めた。


「あたたかいだろ?」

 笑みを含んだ声で言われ、心臓が弾んだ気がして、ハルは黙った。顎を取られ振り返ると、笑んだ唇にキスされる。とても幸せな気がして、瞳を開けてクロウを見つめると、クロウ越しに、夜空一杯の星が目に映った。


「クロウ……」

「ん?」

「すごく、星が綺麗だ」

「――そうだな」


 再びキスしてから、ゆっくりと唇を離すクロウ。ハルはすっかりクロウに寄りかかる形で抱き込まれ、二人で星を見上げた。少しの沈黙の後、ハルは静かに話し始めた。


「父が亡くなって兄が伯爵家を継いだ頃、国王が、周辺の国を制圧して平和な国を作ると、改めて宣言したんだ。オレは、自分の全てを賭けて、それを一緒に成したいと思った」

「それで騎士になったのか」

「ああ。一人の騎士として必死で戦って気づいたら七年が経ってた……長いこと、こんな気持ちでは、星も見なかった」

「セルフォラ王国は、勝ったんだろ?」

「ん。……オレも結構、活躍したんだよ?」

「そうだろうな」


 静かな声で答えるクロウに、ハルは小さく笑ってから、視線を落とした。


「人を、たくさん殺した――後悔はしていない。国王と国のために戦った。敵も何かしらの目的があって命を懸けた。国王は凄い人だから、敵味方関係なく、死んだ多くの人達の分も平和な国を作ってくれると信じているし、それを助けたいとも思ってる……ただ、騎士団の中で、オメガを隠すのはかなり大変で……」


 そこまで言ってハルは少し黙った後。「話し過ぎたかな」と苦笑する。


「愚痴になってたな。すまない」

「謝るなよ――ハルは外も内も美しいなと再確認しただけだ」

「……美しくないよ」


 苦笑して振り返ったハルに視線を合わせて、クロウは言った。


「戦でやむをえず殺した人を思うハルが好きだ。平和な国を作るためだから後悔はしていないというハルもな。心が美しいと思う」

「恥ずかしいし。そんな大したことじゃないよ」

 静かに笑うハルの頬に触れて、クロウも微笑む。


「クロウは、なぜ旅をしてるんだ? 元は騎士だろ?」

「分かるか?」

「剣の使い方とかで、何となく」

「――随分前の話だが……。オレの国は大分離れた所にあるんだが……国王が、自分の為だけに他国を侵略するような人間だった。オレは貧しい平民の出で、家族も早くに死んだんだが……アルファだったおかげで騎士団に入れて、最初はそれが誇りだったし、疑うこともなく国王を守り戦った」

「――」

「だが、ある時気付いたんだ。オレがしたいのは、こんな奴を守って戦うことじゃないと思った。それで国を離れた。……しばらく後、王弟が内乱を起こしたのは聞いた」

 静かなクロウの声に、ハルは頷いて、息をついた。


「――生まれる国や家が違うだけで、先の運命も違うよな……」

「そうだな。オレとお前も、本当ならこんな風にしていられるはずはない。……でも、今は一緒に居る。不思議だな?」

「そう、だな」


 それきり二人とも言葉を発さず、ただ星空を見上げていた。静かにクロウが先程の歌を口ずさむ。クロウを振り仰ぐと、クロウは歌を止めて微笑んだ。


「続けてくれよ。聞きたい」


 そう言うと、クロウは続きを口ずさみながら、ハルを包むように抱き締めた。

 こんな風にしてくれる人がいるなんて、本当に不思議だと、ハルは思う。クロウに惹かれている自分にも、気づいていた。

 それでも、今だけの関係だと自分に言い聞かせる。


 クロウはいずれ旅に出るだろうし、ハルも結局は騎士団の団長に戻る。

 だから今だけ、クロウが飽きるまで居られればいい。


 そんな風に思う日々が続く。



 ◇ ◇ ◇ ◇




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