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第1話「離脱」

騎士団長のオメガと、訳アリなアルファとの関係。

楽しんでいただけたら、嬉しいです。

2万文字程度で完結予定です。

 湖と森に囲まれた、自然豊かなセルフォラ王国。


 第一騎士団団長のハーウェル・アイリスは、整頓した団舎の自室を振り返った。


 様々な業務の引継ぎは昨日までに滞りなく終え、騎士として身に着ける物をすべて棚に片付け終えた。


 扉の横にある鏡の前に立ち、自分の顔をまっすぐ見つめる。

 金の髪にアクアブルーの瞳。肌は陽に焼けてもすぐに白くなる。騎士になる前は――否、騎士になってからもしばらくは、綺麗な顔だの言われていたが、強いことが分かってくると、言われなくなった。

 騎士団で力のあるものに、そういうことを言う奴は居ない。

 

 騎士の服を脱ぐと、騎士として背負っていた覚悟も誇りも、途端に無くなる気がした。

 どこにでもいる、ただの男だなと思うと、自然と苦笑が漏れた。

 この七年間。ただひたすら騎士であろうと努めてきたのにと、一瞬頭を掠めたが。


 ――でも、それで、いいんだ。


 静かな気持ちで部屋に一礼すると、しばらく戻るつもりのないその扉をゆっくりと閉めた。



 団舎を出て馬舎に向かおうとした時、「団長」と呼ぶ声と、駆け寄ってくるたくさんの足音が聞こえた。

 振り返ると案の定、団員達が大勢集まってきていた。


「お前達、訓練の時間だろ」

 苦笑しながら言うと、「団長代理も来てますし」と笑う団員達と、苦笑している団長代理の姿が目に入る。


「見送りは良いと言っただろ。その為に昨日遅くまで、酒に付き合ったのに」


 苦笑交じりのハーウェルの言葉に、団員達は「見送り位はさせてください」と笑う。


「団長が戻られるまでは任せてください。全員、今より鍛えあげて、団長にお返しします」


 団長代理を任せた副団長が、笑いながらそう言った。

 ハーウェルが「ありがとう」と微笑むと、団員達は少し寂しそうな表情を浮かべた。



 ハーウェルは「蒼炎の騎士」と呼ばれ、もう長い間、敬仰されてきた。

 父が亡くなり、兄が伯爵家を継いだのを機に、一騎士として入団したのが十七才の時だった。何年も続く戦で功績をあげて国王に気に入られ、若くして騎士団のトップに上り詰めた。


 ハーウェルの剣は、得意とする炎の魔法で蒼く燃え上がり、敵を一度に何人も倒す。それは味方の士気に多大な影響を与えた。ハーウェルの下には優秀な部下達が集い、連戦連勝。やがて周辺国を制圧し、長く続いた戦乱の時代がようやく終わった。


 二十四歳になっていた。七年もの長い日々がすべて、戦うことで過ぎ去ってしまったことに、戦争が終わってからふと気付いた。戦に勝つことだけが、全てだった。


 国王を始めとする周りの者は皆、ハーウェルに、妻を娶り爵位を新しく得て自らの家を興すようにすすめた。

 それが進むべき道だと、誰もが思うだろうことは、ハーウェルにも分かってはいた。


 けれど、それらすべてを辞退した。

 本当は、一度、騎士団から退くつもりだった。


 何度も、話し合いを重ねた。「有事には戻る、訓練も欠かさない、あまりに戦いだけの日々だったので、しばらくの間だけでも穏やかに生きたい」と何度も伝えた。その甲斐あって、長い間のハーウェルの功績を鑑みた(かんがみた)国王が、渋々ながらも、しばらくの休暇を許したのだった。

 

「団長、どうぞ」

 ハーウェルの愛馬を連れてきた団員から、手綱を受け取る。荷物をかけ、馬に跨った。


「団長、お戻りを待っています。どうぞお気をつけて」

 副団長の声に従い、団員達が胸に手を当てて、頭を下げる。


「こうして大げさになるから、昨夜、別れたのに」

 苦笑しながら言うと、団員達も笑いながら顔を上げた。


「――あとを頼む」

 ハーウェルは、頷く皆の顔を見回すと、背を向けて馬をゆっくり走らせ始めた。

 「お元気で」「ご無事で」と、ハーウェルの背に向けてたくさんの言葉が届く。一度だけ振り返り手を振ってから、速度を上げた。


 休暇にあたり、団長の引継ぎを申し出たが、国王にその許しは貰えなかった。副団長も「団長がお戻りになるまでの代理ならこの身に変えてもやりとげます」と応えた為、団長不在の体制が決まってしまった。


 長い戦いを乗り切れたのは信頼できる仲間が居たから。


 けれど、そんな団員達にも固く秘密にしてきたことがあった。


 人には、男女の性の他に、第二の性がある。容姿や能力に恵まれ、支配階級に多く存在する希少なアルファ性。一般的な能力で最も人数が多いベータ性。妊娠や出産の能力を持ち、ヒートと呼ばれる発情期にはアルファと結ばれることを強く求める本能を持った、最も希少なオメガ性。発情期に番になることで、特定のアルファとオメガで結びつく習性を持っている。


 凛々しい美丈夫と評判で、強い騎士のハーウェルは、疑われることもなくアルファだと思われていた。けれど、本当はオメガ性を有していて、それは、抑制剤を処方する医師しか知らない事実だった。


 ……冗談みたいだよな、こんな体格で、Ωだなんて。

 こんなにも強く見えるくせに――実際、この国でかなり強い地位に居たのに、発情に怯える側だったなんて。

 ――考えても仕方のないことだけど。


 第二次性徴の出るのが遅く、判別しないまま十七で入団、十九の時にオメガと判定された。自らもアルファだと信じていたので、青天の霹靂。もうその時には、騎士団の重要な地位に居た為、退くことは出来なかった。


 アルファの多い第一騎士団では、絶対に悟られる訳にはいかず、最も強い抑制剤を飲んで戦い続けた。前隊長が重傷で退き、団長に抜擢されてからは特に気を使った。団長がオメガなどと知れたら士気に関わる。何とか秘密を保ったまま戦い抜き、戦を勝利で終えた。


 だが、強い抑制剤の影響なのか、ヒートの間隔がとても短くなっている。戦ばかりだった人生も、体調のことも、一人で落ち着いて整えなければと思ったのが、騎士を退くことを願い出た真のきっかけだった。



 ――かくして、騎士団を離れ、王国の最南端の森の奥、湖のすぐ近くの家に住み始めた。そこはハーウェルが「蒼炎の騎士」であることなど誰も知らない、穏やかな場所だった。





「身分差アンソロジー」に参加してkindleアンリミになっていましたが、公開を終えてから、改稿を重ねていて、今回、R15に書き換えたものです。

続きが読みたいなと思って頂けたら、☆☆☆☆☆の評価&ブクマ&感想などなど、

応援いただけたら、励みになります♡ よろしくお願い致します。

BY 悠里

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