第9話:二人三脚、本番
そして迎えた体育祭当日。
晴れ渡る空の下、校庭には赤組と白組に分かれた生徒たちが並び、それぞれ競技に臨んでいた。
俺たちのクラスも全員気合い十分で、応援の声が飛び交っている。
しかし
「……やばい」
俺は自分の腕に巻かれた赤いリストバンドを見ながら、小さくため息をついた。
そう、俺たちは赤組。
そして、ペア競技の二人三脚の本番が、もうすぐ始まろうとしていた。
(大丈夫か、これ……)
正直、練習の時点で氷川さんの運動音痴っぷりは散々思い知らされた。
バランス感覚はゼロ、走ろうとするとすぐ転ぶ、リズムを合わせようとすると逆にぎこちなくなる。
(今からでもメンバー交代とかできないのかな……)
そんなことを考えながら横を見ると
「……」
氷川さんは、いつも通り無表情だった。
が、よく見ると、腕をぎゅっと握りしめている。
(……もしかして、緊張してる?)
体育祭のような大きなイベントで注目されるのは、氷川さんにとって珍しいことだろう。
普段クールに見えても、こういうのは苦手なのかもしれない。
「氷川さん、大丈夫か?」
俺が声をかけると、彼女はちらっとこちらを見た。
「……平気」
しかし、目をそらしながら言うその声は、ほんの少しだけ硬かった。
(やっぱり、緊張してるんだな)
俺は軽く笑いながら言った。
「まあ、練習は転びまくったけどな」
「……その話はしなくていい」
氷川さんは微かに頬を膨らませた。
(……あ、ちょっと可愛い)
「では、二人三脚競争の選手はスタートラインに並んでください!」
アナウンスが響き、俺たちはスタート地点に向かった。
隣には他のペアたちもスタンバイしている。
「氷川さん、まずはリズムを合わせることを意識しような」
「……うん」
俺たちは互いの足首を布でしっかりと結び、構えを取る。
隣のペアのやつらは、もうすでに息ぴったりで軽くステップを踏んでいる。
(……あれ、俺たちだけ不安要素しかなくね?)
そんなことを考えているうちに
「よーい……スタート!!」
パンッ!
合図とともに、各ペアが一斉に走り出した。
俺たちも、いち、にっ、いち、にっ……とリズムを取ろうとしたが
「……っ!!」
ドンッ!
「うわっ!?」
俺たちは開始3秒で転倒。
砂埃が舞い上がり、俺は思わず咳き込んだ。
「……ごめん」
氷川さんが小さく呟く。
「いや、大丈夫。まだ巻き返せる」
俺は慌てて立ち上がり、氷川さんの手を引く。
(焦るな、まずはペースを整えて)
「いち、にっ、いち、にっ……」
「……いち、にっ……」
少しずつ歩幅を合わせ、なんとか走り始める。
最初こそぎこちないが、リズムが合ってくると意外とスムーズに進めるようになった。
(このままいけば)
そう思った瞬間だった。
「きゃっ……!」
氷川さんのバランスが崩れ、再び転倒。
「わわっ!」
俺もつられて倒れ込み
気がつけば、氷川さんと俺が重なった状態になっていた。
(……え?)
俺は状況を把握しようとしたが、すぐに異変に気づく。
――めちゃくちゃ近い。
というか、至近距離。
俺の胸の上に氷川さんが倒れ込んでいて、顔が本当に数センチしか離れていない。
ふわっと、彼女の髪の香りが鼻をくすぐる。
「……っ!」
氷川さんは一瞬固まり、みるみるうちに顔が真っ赤になった。
「~~っ!!」
そして、勢いよく体を起こし、俺から離れる。
「な、なにしてるの!?」
「いや、お前が転んだから……」
「~~~~っ!!!」
氷川さんは耳まで真っ赤にしながら、そっぽを向く。
(……やっぱり、この人、めちゃくちゃ照れ屋だな)
俺は苦笑しつつ、再び立ち上がった。
「よし、もう一回いくぞ」
「……うん」
彼女は小さく頷き、今度はしっかりと足を合わせようと努力しているのが伝わる。
(よし、今度こそ――!)
俺たちは再び走り出した。
途中、何度かふらつきながらも、なんとかゴールを目指す。
「氷川さん、あと少しだ!」
「……っ!」
そして
なんとかゴール。
結果は、当然のように最下位だったが、俺たちは最後まで諦めずに走り切った。
「……お疲れ」
「……うん」
息を整えながら、俺はふと氷川さんを見る。
彼女は相変わらず無表情だったが、どことなく達成感が滲んでいるように見えた。
(まあ、最初よりは上達した……のか?)
俺はそんなことを考えながら、競技の終わったフィールドを後にした。
こうして、俺はまた一つ、氷川さんの意外な一面を知ることになった。
クールな氷の女王は
二人三脚でめちゃくちゃ転ぶし、至近距離になると超照れる、ポンコツツンデレだった。