第7話:氷川さんと雨宿り
放課後、俺は教室の窓をぼんやりと眺めていた。
外はどんよりとした曇り空。
昼休みの時点では晴れていたのに、いつの間にか雲が広がり、今にも雨が降りそうな気配だった。
(……早めに帰ったほうがいいかもな)
俺はカバンを肩にかけ、帰ろうと廊下に出た。
すると
「……相沢」
聞き慣れたクールな声がした。
振り向くと、そこには氷川さんが立っていた。
今日も相変わらず表情は無表情だが、どことなくじっとこちらを見ている気がする。
「ん? どうした?」
「……一緒に帰る?」
「え?」
一瞬、耳を疑った。
氷川さんが、自分から俺を誘った?
思わず彼女の顔をまじまじと見つめると、氷川さんはすぐにぷいっと視線をそらした。
「……たまたま帰る方向が同じだから」
「あ、ああ……そういうことね」
別に特別な意味はないと言わんばかりの態度。
(いや、でもわざわざ誘ってきたってことは……少しくらいは俺と一緒に帰るのが嫌じゃないってことだよな?)
そんなことを考えながら、俺たちは校門へ向かった。
外に出ると、案の定、ぽつぽつと雨が降り始めていた。
「……マジか」
空を見上げると、今にも本降りになりそうな黒い雲が広がっている。
周囲の生徒たちも、慌てて傘を開くか、走り出していた。
俺はカバンの中を探る。
(……やべ、傘忘れた)
朝は晴れてたから、油断して持ってきていなかった。
「氷川さん、傘持ってる?」
「……ある」
彼女はカバンから折りたたみ傘を取り出した。
しかし、それを開こうとした瞬間
ザァァァッ!!
突然の豪雨。
「っ!?」
さっきまで小降りだったのに、一気に本降りになった。
校門の近くにいた生徒たちは、急いで走り去っていく。
俺たちはとっさに近くの屋根のあるバス停に駆け込んだ。
「……めっちゃ降ってきたな」
肩にかかった雨を軽く払いながら、俺はため息をつく。
氷川さんも制服の袖を絞りながら、少しだけ憂鬱そうな顔をしていた。
「……どうする?」
「うーん……少し待つか」
さすがにこの雨の中、傘なしで歩くのは無理がある。
しばらく待つことにしたが、雨脚は一向に弱まる気配がない。
「……仕方ない」
氷川さんはポツリと呟き、折りたたみ傘を広げた。
「……入る?」
「え?」
「一緒に……」
彼女は無表情のまま、ちらっとこちらを見た。
(え、相合傘ってこと……?)
確かに、このまま雨が弱まるのを待っていたら、暗くなるかもしれない。
でも、まさか氷川さんがこんな提案をしてくるとは思わなかった。
「……いいの?」
「……別に、放っておくのも悪いし」
そう言いながら、氷川さんはほんの少しだけ頬を赤くしていた。
(あ、やっぱちょっと照れてる?)
俺は内心ニヤつきそうになるのを必死でこらえながら、
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
そう言って、傘の中に入らせてもらった。
***
「……狭い」
「まあ、折りたたみだからな」
俺たちは肩を寄せ合うようにして歩いていた。
傘はそれほど大きくないため、自然と距離が近くなる。
俺はなるべく氷川さんにぶつからないよう気を使ったが、それでも肩同士がたまに触れる。
(や、やばい……!)
氷川さんの髪から、ほんのりシャンプーの香りがする。
こんなに至近距離で一緒に歩くなんて、今までなかったから、変に意識してしまう。
ふと、隣を見ると
「……」
氷川さんも、微妙にぎこちない表情をしていた。
普段はクールで表情を崩さない彼女が、今はなぜか微妙に落ち着かない様子で、そわそわしている。
(あれ? もしかして氷川さんも意識してる……?)
俺は、試しに少しだけ歩幅を変えてみた。
すると
「っ……」
氷川さんは一瞬肩を震わせ、そっと距離を取ろうとした。
でも、傘が狭いため、結局すぐに肩が触れてしまう。
「……近い」
「いや、これ以上離れたら濡れるだろ」
「……それは、そうだけど」
氷川さんは顔を横に向け、俺から視線を逸らした。
そして――
耳が、真っ赤になっていた。
(……あ、これめっちゃ恥ずかしがってる)
クールな氷の女王が、たかが相合傘でこんなに照れるなんて。
俺はなんだか面白くなってしまい、つい意地悪を言ってみた。
「そんなに俺とくっつくの嫌?」
「っ!?」
氷川さんの肩がピクリと震える。
「そ、そういうわけじゃない……けど」
「ふーん?」
「……っ、もう、黙って歩いて」
俺にツッコむわけでもなく、ただ恥ずかしそうに呟く氷川さん。
(……やっぱ可愛いな、この人)
俺はそんな彼女のツンデレっぷりを楽しみながら、雨の中を歩き続けた。
こうして、俺はまた一つ、氷川さんの意外な一面を知ることになった。
クールな氷の女王は
相合傘をするとめちゃくちゃ照れる、純情ツンデレだった。