第6話:氷川さんと放課後ゲーセン?!
放課後。
今日は部活もなく、特に予定もなかった俺は、適当に帰ろうとしていた。
しかし――
「……相沢」
ふいに背後から声をかけられた。
振り向くと、そこにはいつものようにクールな表情の氷川さんが立っていた。
「ん? どうした?」
「……その」
なぜか氷川さんは少し言いづらそうにしている。
「帰り道、一緒……行く?」
「え?」
思わず聞き返してしまった。
だって、氷川さんが自分から誰かを誘うなんて、今まで見たことがない。
(え、これって俺、誘われてる……?)
なんか、妙に緊張してしまう。
だが、ここで変に意識するのもよくない。
「お、おう。いいけど」
「……うん」
氷川さんは相変わらず無表情だったが、なぜか少し歩調が速い気がする。
(……もしかして、ちょっと緊張してる?)
そんなことを考えながら並んで歩いていると、ふと氷川さんが足を止めた。
「……」
彼女がじっと見つめているのは、駅前のゲームセンターだった。
「ゲーセン……?」
「……行ったこと、ない」
「え?」
「興味はあったけど、なんとなく入りづらくて」
(そっか……)
確かに氷川さんみたいなクールで近寄りがたいタイプの美少女が、一人でゲームセンターに入るのは想像しにくい。
「じゃあ、せっかくだし寄ってく?」
「……いいの?」
「もちろん。俺も久しぶりだしな」
そう言うと、氷川さんはほんの少しだけ口元を動かした。
たぶん、それは彼女なりの笑顔だった。
***
ゲームセンターの中は、思ったよりも賑やかだった。
音ゲーの派手なリズム、クレーンゲームの動作音、格ゲーのボタンを叩く音。
俺たちはまずクレーンゲームのコーナーへ向かった。
「……これ、難しいの?」
「んー、簡単なやつと難しいやつがあるな。取れそうなの選んだ方がいい」
俺がそう説明すると、氷川さんはしばらく考えてから、あるぬいぐるみを指差した。
「……これがほしい」
彼女が選んだのは、ちょっと不格好なネコのぬいぐるみ。
「意外とこういうの好きなんだな」
「……かわいい」
氷川さんは小さく呟く。
(あ、今のはちょっとレアな発言かもしれない)
普段クールな彼女が、こういうものを「かわいい」って言うのはなんか新鮮だ。
「じゃあ、やってみるか」
俺はクレーンゲームのボタンを押し、アームを操作した。
ガシッ……
アームがぬいぐるみをつかむ――が、途中で落ちる。
「……」
「……惜しいな」
「もう一回」
氷川さんは無言でコインを入れた。
しかし、挑戦すること三回目。
やっぱり、うまく取れない。
「……難しい」
じっとクレーンを見つめる氷川さん。
(もしかして、ちょっと悔しがってる?)
「俺がやってみるか?」
「……頼む」
俺は軽く笑いながら、コインを入れた。
慎重にアームを動かし、ベストな位置を狙う――。
そして――
「……おっ!?」
ぬいぐるみが、ゆっくりと落ちてきた。
「やった!」
俺はぬいぐるみを取り出し、氷川さんに差し出した。
「はい、どうぞ」
「……」
氷川さんは、ぬいぐるみを受け取りながら、じっとそれを見つめた。
そして――
「……すごい」
ぽつりと、そんな言葉を漏らした。
(なんか、めっちゃ嬉しそうじゃないか?)
普段感情を表に出さない氷川さんだけど、今はほんの少しだけ顔が緩んでいる。
「……ありがとう」
「お、おう」
ちょっと恥ずかしそうに言う彼女を見て、俺もなぜか気恥ずかしくなった。
***
その後、俺たちは対戦型のリズムゲームをやることにした。
「こういうのは得意?」
「……やったこと、ない」
「じゃあ、俺がやり方教えるよ」
俺は軽く説明しながら、氷川さんと並んで画面を見た。
「じゃあ、いくぞ!」
音楽が流れ始める。
画面上のマーカーがリズムに合わせて降ってくる――が、
氷川さん、全然タイミングが合ってない。
「……っ」
画面上でコンボが途切れ、スコアが全然伸びない。
「氷川さん、これもしかして――」
「……リズム感、ない」
自分で言いながら、顔が少し赤くなっている。
(……やっぱり運動と同じで、不器用なのか)
しかし、氷川さんは負けず嫌いらしく、何度も挑戦する。
「……もう一回」
「よし、じゃあ今度は俺がアドバイスするから」
「……うん」
何度かプレイしているうちに、少しずつスコアが伸びていった。
「やった、記録更新!」
「……やっとできた」
氷川さんは満足そうに息をつく。
(こういう時の表情、ほんとに嬉しそうなんだよな)
普段は無表情だけど、何かを頑張った後に見せるこのささやかな笑顔が、なんだかクセになりそうだ。
***
ゲーセンを出る頃には、すっかり夕焼けになっていた。
「……楽しかった?」
俺が聞くと、氷川さんは少し考えた後、静かに頷いた。
「……うん」
そして、ぬいぐるみをぎゅっと抱えながら、ぽつりと呟く。
「……また来たい」
(……あれ? これってまた誘ってもいいってこと?)
なんだか俺は、変なドキドキを覚えながら、彼女の横顔を見つめた。