第5話:氷川さん、勉強中は……?
放課後、俺は図書室にいた。
テスト週間が近づいてきたこともあり、今日は友人の佐藤と一緒に勉強することになったのだ。
しかし、教室は騒がしくて集中できないので、静かな図書室に場所を移した。
「ふぁ~、勉強だりぃ……」
佐藤が椅子にぐったりともたれかかる。
「お前、テスト近いのに大丈夫かよ」
「まあ、ギリギリなんとかなるっしょ」
「フラグ立てんなよ」
俺は苦笑しながら教科書をめくる。
今日は数学を中心に勉強しようと思っていたのだが
「……ん?」
ふと、視線を感じた。
何気なく顔を上げると、向かいの席に氷川さんが座っていた。
(……あれ? いつの間に?)
彼女はノートに何かを書き込んでいて、相変わらずクールな表情だった。
しかし、時折こちらをちらっと見ているような気がする。
俺は少し迷ったが、思い切って声をかけてみることにした。
「氷川さんも勉強?」
「……まあ」
「数学?」
「……うん」
やっぱり無口だな、と思いつつ、俺はふとノートを覗き込んだ。
「どこやってるの?」
「……ここ」
氷川さんは、数学の教科書のあるページを指差した。
それは微妙に難しい応用問題のページだった。
(うわ、ここ俺も苦手なとこじゃん……)
しかし、俺が問題を確認する前に
「……すぅ」
「……え?」
俺は驚いた。
氷川さんが、机に突っ伏して寝ていた。
(え、勉強しに来たんじゃないの?)
まさかの展開に、俺と佐藤は顔を見合わせる。
「おいおい、氷川、寝るの早すぎね?」
「いや、俺もそう思う……」
普段の氷川さんからは想像もつかない姿だった。
彼女は机に腕を乗せ、その上に顔をうずめるようにして寝息を立てている。
(……意外と、寝顔かわいいな)
なんというか、いつものクールな雰囲気とは違って、すごく無防備な感じがする。
それに、頬がほんのり赤い。
俺が思わず見とれていると
「……すぅ」
ぐらっ
氷川さんの体が傾き、俺の肩に寄りかかった。
「っ……!?」
予想外の展開に、俺の心臓が跳ね上がる。
(お、おいおい……!)
目の前には、クールで完璧なはずの氷川さんの無防備な寝顔。
しかも、彼女の髪が俺の首元にふわっと触れてくすぐったい。
普段はツンツンしてるのに、今はこんなに無防備なんて……。
(……やばい、なんか意識しちまう)
俺はなるべく冷静を装いながら、そっと肩を揺らした。
「……氷川さん、起きろって」
「ん……?」
氷川さんはゆっくりと目を開けた。
ぼんやりとした表情で俺を見つめ、そして
「……っ!?」
一気に目を見開いた。
「~~~っ!!」
氷川さんは顔を真っ赤にして、勢いよく体を離した。
「……な、なに?」
俺が戸惑いながら聞くと、彼女は口をパクパクさせた後、ぷいっとそっぽを向いた。
「……寝てない」
「いや、めっちゃ寝てたけど」
「寝てない!」
「……」
(……あれ? これ、なんか見たことある流れだな)
昨日の家庭科のときもそうだったが、氷川さんは自分の失敗を認めるのが苦手らしい。
そして、誤魔化そうとするときはだいたい顔を真っ赤にする。
(……うん、完全にツンデレだな)
俺は内心で納得しながら、軽くため息をついた。
「まあ、勉強で疲れてたんなら仕方ないけどさ」
「……別に、疲れてなんか」
「はいはい」
適当に流しながら教科書を閉じる。
「てか、数学やろうとしてたんだろ? わかんないとこあったら聞いていいぞ」
「……」
氷川さんは少しだけ考えた後、そっとノートを開いた。
「……この問題、わからない」
「どれどれ……あー、ここな」
俺は彼女のノートを覗き込み、ペンを手に取る。
「ここは、まずこの式をこう変形して……」
俺が解説し始めると、氷川さんはじっと俺の手元を見つめた。
その瞳は、さっきまでとは違い、真剣な色を帯びていた。
(……こういうときは、やっぱりすごい集中力だな)
普段はクールで人と距離を置いている氷川さんだけど、ちゃんと理解しようとするときは真剣に向き合う。
その姿勢は、なんとなく彼女らしくて、俺は少しだけ嬉しくなった。
「……わかった」
「お、理解できた?」
「……うん」
氷川さんは静かに頷く。
「ありがとう」
その一言が、いつもより少しだけ優しく聞こえたのは、気のせいだろうか。
こうして、俺と氷川さんの図書室での勉強会は幕を閉じた。
俺はまた一つ、彼女の意外な一面を知ることになった。
クールな氷の女王は
勉強しながらすぐに寝落ちする、ちょっと抜けてるツンデレだった。