第4話:氷川さん、料理は壊滅的!?
翌日。
今日の3時間目は家庭科の調理実習だった。
俺たちはエプロンを着け、グループごとに分かれてキッチンに立っている。
そして、俺のグループには――
「……よろしく」
氷川さんがいる。
(またしても一緒か……)
ここ最近、席替えに始まり、体育のペア、そして今日の家庭科まで、なぜかやたらと氷川さんと組む機会が多い。
俺のグループは、俺・氷川さん・佐藤・田中の4人。
今日の課題は、オムライスを作ることだった。
「よし、じゃあ役割分担しようぜ」
佐藤が率先して仕切り、俺たちは手分けして作業を始める。
「じゃあ、俺はチキンライス作るわ」
「俺は卵焼く!」
「氷川さん、じゃあ材料切るのお願いしていい?」
俺がそう言うと――
「……え?」
氷川さんが、一瞬だけ戸惑った表情を見せた。
(……ん?)
珍しくわかりやすく動揺している。
まさかとは思うが――
「……料理、苦手だったりする?」
「べ、別にそんなことない」
目を逸らしながら答える氷川さん。
(いや、これは絶対苦手だろ……)
だが、ここで否定しても仕方ない。
とりあえず、任せてみることにした。
「じゃあ、玉ねぎのみじん切りお願い」
「……うん」
氷川さんは包丁を手に取り、まな板の上に玉ねぎを置いた。
しかし――
ザクッ。
明らかに雑すぎる切り方で、玉ねぎが大きな塊のまま残る。
「……」
「……」
俺と佐藤と田中は、思わず沈黙する。
「……氷川さん?」
「なに?」
「これ、みじん切りっていうか……ほぼざく切りじゃね?」
「…………」
氷川さんは口をつぐみ、無言で玉ねぎを見つめる。
「ちょっと貸して」
俺は彼女から包丁を受け取り、手際よく玉ねぎをみじん切りにした。
「ほら、こんな感じで細かく刻むんだよ」
「……」
氷川さんは俺の手元をじっと見つめていたが、少しだけ口を尖らせた。
「……最初からできるとは言ってない」
「そっか、じゃあ練習すればいいな」
俺は軽く笑いながら包丁を渡した。
「もう一回やってみる?」
「……やる」
ちょっと不機嫌そうな顔をしながらも、氷川さんは包丁を握り直す。
(……なんか、新鮮だな)
今までのクールなイメージとは違い、こういう不器用なところがあると、逆に親しみやすく感じる。
***
その後、なんとか玉ねぎのみじん切りは成功。
俺たちは順調に調理を進め、オムライスの仕上げに入る。
「よし、あとは卵を焼いて、ご飯に乗せるだけだな」
「卵焼きは俺に任せろ!」
田中がフライパンを握り、卵を焼こうとした瞬間――
「……やる」
氷川さんが、フライパンを奪った。
「え?」
「さっき、玉ねぎはやらせてもらえなかったから……これくらいはできる」
(お、やる気になったのか?)
俺たちは期待のまなざしで氷川さんを見守る。
しかし――
ジュワッ!!
「……っ!」
卵を流し込んだ瞬間、火力が強すぎたのか、フライパンから激しく煙が上がった。
「うおっ!? 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫……」
そう言いながら、氷川さんはフライパンを慌てて振る。
しかし、その動きがぎこちなく、卵がぐちゃぐちゃに崩れていく。
(あ、これ完全に失敗パターンだ)
案の定、出来上がったのは、ただのスクランブルエッグだった。
「……」
「……」
俺と佐藤と田中は再び沈黙。
「……オムライスって、こんな感じでいいのよね?」
「いや、明らかに違うだろ」
「……っ」
氷川さんは顔を逸らし、微妙に肩を震わせた。
(あ、やばい。ちょっと恥ずかしがってる)
昨日の体育の時もそうだったけど、氷川さんは完璧主義っぽいのに、意外とポンコツな部分がある。
そして、失敗するとすぐに顔を逸らして誤魔化す癖があるらしい。
(これは……なんか、可愛いな)
俺は笑いを堪えながら、そっとフライパンを手に取った。
「じゃあ、次は俺がやるよ」
「……っ」
「氷川さんは、仕上げのケチャップアート担当な」
「……うん」
素直に頷く氷川さん。
普段クールな彼女が、こうやってちょっとしょんぼりするのは新鮮だった。
***
その後、なんとか形の整ったオムライスが完成。
「じゃあ、氷川さん、仕上げよろしく」
「……うん」
氷川さんはケチャップを手に取り、慎重にオムライスの上に文字を書き始めた。
(お、結構丁寧な字書くんだな)
俺は彼女の手元を見つめながら、完成を待つ。
そして――
「……できた」
彼女が書いた文字を見て、俺は思わず吹き出しそうになった。
『がんばった』
「……」
「……」
氷川さんはじっと俺を見つめる。
俺は堪えきれず、笑いながら言った。
「……氷川さん、意外と可愛い字書くんだな」
「~~っ!!」
氷川さんの顔が、一気に赤く染まった。
「わ、笑うな!」
「いや、別に笑ってないけど……」
「べ、別に深い意味はないから!」
そっぽを向く氷川さん。
(これは……ツンデレ確定だな)
俺は確信しながら、オムライスを一口食べた。
***
こうして、俺はまた一つ、氷川さんの”意外な一面”を知ることになった。
クールな氷の女王は、実は料理が絶望的に下手で、褒められるとすぐに照れるツンデレだった。