第2話:氷川さん、運動は苦手?
2学期が始まって二日目。今日の3時間目は体育の授業だった。
俺たちの学校では、2学期からペアでの体育実習が増える。種目によっては、男女でペアを組んで協力しなければならない。
そして、俺のペアは
「……よろしく」
クールな表情のまま、少しだけ頭を下げる氷川さんだった。
(マジか…)
またしても彼女と組むことになるとは。席替えに続き、体育のペア決めでも隣とは、なにかの運命なのか?
しかし、俺はまだこの時点では知らなかった。
この体育の授業で、氷川さんのある意外な一面を知ることになるとは。
「じゃあ、ペアでキャッチボールをやるぞー」
今日の授業はソフトボールの基礎練習だった。俺たちはグラウンドに出て、ペアごとに向かい合いながらボールを投げ合う。
「よろしくな、氷川さん」
俺が軽くボールを投げると
ぽてっ。
氷川さんは、見事にキャッチをミスした。
「……あれ?」
彼女はボールを拾い、何事もなかったかのように投げ返してきた。
が、ボールは俺の真横を通過。遠くのフェンスまで飛んでいった。
「……」
俺は思わずフェンスの方を見つめる。
軽く投げたはずなのに、どこへ飛ばしてるんだ……?
「氷川さん……もしかして、球技苦手?」
「べ、別に苦手じゃないけど」
少し目をそらしながら言う彼女。
明らかに動揺してる。
普段クールな彼女が、こういう態度を見せるのは珍しい。これは間違いなく図星だ。
「……今のは風のせい」
「無風だけどな」
「…………」
俺のツッコミに、氷川さんは完全に沈黙する。
(あれ、もしかしてめっちゃ恥ずかしがってる?)
今までのクールな雰囲気が嘘のように、少し頬が赤い。
それがなんだか珍しくて、俺はつい笑ってしまった。
「悪い、笑うつもりはなかったんだけど……ちょっと意外だったから」
「……何が」
「氷川さん、何でもできるイメージだったからさ。苦手なこととか、あんまりなさそうだったし」
俺が素直にそう言うと、氷川さんは少しだけ視線を落とした。
「……完璧なわけ、ない」
その声は、ほんの少しだけ拗ねたように聞こえた。
「おいおい、氷川、大丈夫か?」
クラスメイトの佐藤が心配そうに言う。
「さっきのボール、めっちゃフェンスまで飛んでったけど」
「……別に問題ない」
氷川さんはあくまでクールを貫こうとしている。
が、やはり球技は本当に苦手らしい。何度か投げ合ってみたが、キャッチミスは多いし、投げる方向も安定しない。
「氷川、意外とポンコツじゃね?」
「ポンコツではない」
即座に反論する氷川さんだったが、次の瞬間
ボールが手に当たらず、後ろに転がる。
「……」
氷川さんはしばらく無言になった後、静かにボールを拾い上げた。
俺はその様子を見て、なんというか……思ったより不器用な人なんだなと思った。
(氷の女王、か……)
クールで完璧に見えて、実はちょっとポンコツ。
そのギャップが、妙に可愛らしく思えてしまうのは気のせいだろうか。
「……」
俺がぼんやりと考えていると、氷川さんが小さくつぶやいた。
「……相沢」
「ん?」
「その、コツ……教えて」
「え?」
今の、俺の聞き間違いじゃないよな?
「……別に、苦手ってわけじゃないけど」
「いや、めっちゃ苦手そうだったけど」
「…………」
俺の指摘に、氷川さんは唇をぎゅっと結ぶ。
そして、視線を落としながら、ぽつりとつぶやいた。
「……でも、下手なのは、ちょっと悔しい」
(……あれ?)
俺は思わず彼女を見つめた。
さっきまでクールに振る舞っていた彼女が、今はほんの少しだけ拗ねたような表情を浮かべている。
これは……なんか、可愛い。
「……わかった。じゃあ、簡単なところからやろうか」
「……うん」
俺は軽くボールを持ち、氷川さんに向けた。
「まず、投げるときに手首をちゃんと使うこと。あと、体の向きも意識するといい」
「……こう?」
「そうそう。で、投げるときに」
俺は自然と氷川さんの腕をとり、軽くフォームを直す。
すると
「……っ」
ビクッ
氷川さんが、一瞬だけ肩を震わせた。
「……ど、どうした?」
「な、なんでもない」
顔をそむける彼女の耳は、真っ赤になっていた。
(……あれ? これってもしかして……)
もしかしてだけど
氷川さん、俺に触れられるの、めちゃくちゃ意識してる?
クールで冷たい彼女が、ここまで赤くなっているのは初めて見る。
(……なんか、ちょっと楽しくなってきたかも)
そんなことを思いながら、俺はボールを拾い直した。
「じゃあ、もう一回やってみようか」
「……うん」
さっきまでと違い、氷川さんの声は少しだけ小さくなっていた。
***
こうして俺は、また一つ、氷川さんの”意外な一面”を知ることになった。
クールな氷の女王は、実は
運動音痴で、不器用で、ちょっと恥ずかしがり屋。
これからの学校生活、俺はどうやら退屈する暇はなさそうだ。




