第1話:氷の女王との遭遇
朝の教室は、いつもと変わらない日常の光景が広がっていた。
クラスメイトたちはそれぞれの席で雑談し、昨日のテレビ番組やゲームの話で盛り上がっている。俺、相沢陽向も、そんなクラスの端っこで友人たちと適当に話しながら、新学期の雰囲気を感じていた。
今日から2学期が始まる。席替えもあり、新しい座席が決まる日だ。俺は黒板に貼られた座席表を見て、少しだけ眉をひそめた。
「……マジか」
俺の新しい席は、窓際の一番後ろ。そして、その隣に記された名前は
「氷川澪……」
クラスで知らない奴はいない。成績トップ、運動もそこそこ、でも何より印象的なのはそのクールすぎる態度。
「氷の女王」
クラスメイトたちがそう呼ぶ彼女は、いつも一人でいる。
話しかけても「うん」「そう」と短く返すか、そもそもスルー。表情を崩すことはほとんどなく、誰とも特別仲がいいわけでもない。
俺は正直、そういうタイプの人間が苦手だった。
話しかけても反応が薄いと、どう接していいかわからない。
(ま、席が隣になったからって、話す必要はないか)
そう自分に言い聞かせ、特に気にしないことにした。
ホームルームが終わり、1時間目の授業が始まる。
俺はちらっと隣を見る。
氷川さんは、やっぱり無表情だった。
横顔は整っていて、目鼻立ちもすっきりしている。黒髪のストレートがさらりと肩にかかり、無駄な動きが一切ない。まるでお人形みたいだ。
(これで、もうちょっと愛想がよければな……)
そんなことを考えながら、俺は授業に集中することにした。
昼休み。
俺は友人の佐藤と田中と一緒に弁当を広げていた。
「お前、氷川と隣の席になったんだって?」
「……うん。まあ、別に特に何もないけど」
「へぇ、話した?」
「いや、特に。そもそも、話しかけてもあんまり返ってこないだろ」
「まあな。てか、陽向が無視されたら普通に傷つきそう」
佐藤が笑いながら言う。
「でもさ、氷川ってめちゃくちゃ美人だよな。ちょっと冷たいのが逆にいいっていうか、クールな美人って感じで」
「まあ、それはわかるけど……」
「でも、笑ったところ見たことないな」
「確かに。誰か氷川の笑顔、見たことある?」
田中がそう言った瞬間、俺たちは視線を交わし、そして全員首を横に振った。
クラスメイトの誰もが認める美少女だけど、その感情が表に出ることはほとんどない。だからこそ、「氷の女王」なんてあだ名がついてしまったのだろう。
「ま、俺には関係ないけどな」
そう言いながら弁当に箸を伸ばした、そのとき――
「……」
ちらっと、視線を感じた。
(……ん?)
さりげなく隣を見ると、氷川さんがこちらをじっと見ている。
いや、見ているというか……俺の弁当を見ている?
(……もしかして、俺の弁当に興味ある?)
俺は少しだけおかずを持ち上げ、試しにアピールしてみた。
「……いる?」
「っ……!? い、いらない!」
急に視線を逸らし、顔をそっぽに向ける氷川さん。
その耳は、ほんのり赤くなっていた。
(……え? なんか今、ちょっと可愛かったんだけど)
普段クールな彼女の、ほんの一瞬だけ見せた動揺。
それが妙に気になり、俺は無意識のうちに氷川さんを観察してしまう。
(いやいや、別に俺は氷川さんに興味があるわけじゃないし……)
でも、さっきのリアクションは明らかに普通じゃなかった。
「陽向?」
「あ、悪い、なんでもない」
俺は慌てて視線を戻し、弁当に集中することにした。
しかし、その日を境に――
俺は少しずつ、氷川さんのことが気になり始めることになる。
放課後、席で荷物をまとめていると、ふと隣の氷川さんがこちらをちらっと見た。
「……さっきのこと、忘れて」
「え?」
「お弁当のこと」
「ああ……うん、別にいいけど」
俺が頷くと、氷川さんは小さくため息をついた。
「……なんでもない」
そう言って、氷川さんはそそくさと教室を出ていった。
(なんだ、あれ……)
なんとなく気になりながらも、俺も帰る準備をする。
でも、このときの俺はまだ知らなかった。
この日を境に、俺の平凡な日常が大きく変わり始めることを――。