第2章 第4話 Specter Lurkerとの戦い
大阪の郊外、枚方市の樟葉駅周辺。
ここ樟葉の地は古事記にも出てくるぐらい古くからある地名である。
駅から30分も歩けば京都府との府境があるこの地。
京阪本線の大阪淀屋橋駅から京都出町柳駅までの道のちょうど中間点にあたる。
そんなくずはモールを中心に賑わう樟葉駅前の街並みに、不穏な気配が漂っていた。
Wraith Houndの出現から数週間が経過し、怨獣たちの出現場所も多様化していたが、その中でも大阪府、京都府南部、兵庫県東部には特に多くの怪異が集まっている。
街を歩く人々は、次々と現れる怨獣に恐れおののき、日常を取り戻すことができずにいたが、何故か一切報道がなされずSNSで投稿しようとしても上手くいかない。
なので出現歴がある場所にたまたま遭遇した人間以外からは未だに一連の怪異は認識されずにいた。
カルは、白神義影の指揮のもと、蛭子光一と共に再び街を守るべく戦いに臨んでいた。
この日現れたのは、漆黒の影をまとった巨大な怨獣、「Specter Lurker(スペクタ・ラ゜ァカァー)」。
その出現場所は、まさにくずはモールの近く。
ショッピング客や通行人で賑わう場所に現れたその怪物に、カルはすぐに反応した。
「行くぞ、カル!」
白神の命令が飛び、カルはその言葉を聞きながら、足元から渦巻く風を巻き上げる。
燃え上がる拳を構え、目の前に迫るSpecter Lurkerを睨みつけた。
「来い!」
カルが声を張り上げると、瞬時に空間が歪み、Specter Lurkerはその漆黒の影をまとって現れた。
巨大な腕を振り下ろし、目の前の建物を破壊しながら迫る影。
その力強さに、カルは一瞬のためらいもなく、反射的に後ろへ跳び退る。
「くっ!」
カルの足元から、風と炎が爆発的に吹き上がる。炎を纏った拳が振り下ろされ、Specter Lurkerの影に一撃を加えた。
だが、怨獣は瞬時にその姿を消し、次に現れたのは、カルの横に向けられた鋭い爪だった。
「危ない!」
蛭子光一が声を上げる。
カルはそれに反応し、空中で素早く回避する。
だが、敵の攻撃は予測を超えて早く、もう一度振り上げられた爪が再び迫った。
「くそっ!」
カルは、全身に火と風をまとい、再び加速して跳ね上がる。
その瞬間、Specter Lurkerの影が動き、周囲の建物を崩壊させながら、街を破壊し続ける。
だが、その戦いの最中、カルは不安を感じていた。
周囲の通行人は次々と避難するが、その避け方も焦っており、反対側の通りでは子供たちが恐怖で固まっている。
カルの目には、それらの無力な人々が映っていた。
「白神さん…!こんな戦い方じゃ、民間人が巻き添えに!」
カルは心の中で叫んだ。
だが、白神や蛭子光一は、ただひたすらSpecter Lurkerを倒すことに集中している。
おそらく怨獣討伐の功績を1つでも多くして、より多くの報酬を得るためであろう。
日本魔導士連盟は本当に「カネのことしか考えてない」魔導士が多い。
そもそもカル以外のほとんどの魔導士はSNSの「高収入バイト求人」で集まった面々だ。
人を守る使命で動いている魔導士は殆どいないのだ。
カルの心には、その無関心さが冷たく響いていた。
なんやかんやでカルたちはSpecter Lurkerを撃破した。
Specter Lurkerとの戦いが終わり、くずはモール周辺は破壊された街並みに変わっていた。
建物の壁は崩れ、通りには瓦礫が散乱している。民間人たちは避難し、これから日本魔導士連盟の別部隊が後処理で来ることになっていた。
ちなみに何故か警察や消防は来ない。
「討伐成功…!」
白神は冷ややかな目で言う。その表情に、どこか達成感のようなものが浮かんでいる。だが、カルはその表情を見るたびに胸の中で何かが締め付けられる思いがした。
「白神!」
カルは思わず声を上げ、白神に向かって歩み寄る。
「こんな戦い方、どうかしてる!民間人の命をどう考えてるんだ!あんなに無防備に戦って、街を壊して、それでも平気なのか!?」
白神はその怒声にも冷静に応じず次の指示を出そうとしていた。
しかし、カルの怒りは収まらない。
「ボクたちは魔導士として街を守るべきでしょう!?それなのに、ボクたちの戦い方で、どれだけ無駄に人々が傷ついてるんだ!?」
その言葉に、白神がようやく顔を向けた。
その目には冷たい決意が宿っている。
「カル、お前みたいな魔法美少年とか言うふざけた思想の出来損ないにはわからないだろう。俺たちは戦うためにいる。魔力を持つ者が幸せになれる世界を創るためだ。魔力を持つ者の不幸を減らすためには、時にはこの街を犠牲にする覚悟が必要なんだ。」
白神はどうやら「カネのため」に戦ってるわけではなさそうだ。
しかしその冷徹な言葉に、カルの胸の中で怒りと失望が渦巻く。
「そんなのおかしい!ボクは、もっとみんなを守る方法があると思う!」
カルはそう叫び、立ち去ろうとした。その背中を、白神は静かに見送るだけだった。