第3話 終
アクシオン地下施設改造炉。吊るされた何機ものTD。気づけばそのうちの一機に私はいた。
全身を拘束具で固定され、背部には異物感。無数のケーブルのようなものが刺さっているようだった。
「……見ているのでしょう、アクシオン」
『目覚めましたか、CAXT09』
操縦席のパネルに写ったのは、私とよく似た造形の金髪碧眼のAI。彼女がアクシオンか。
「どうして、人類と戦う選択をしたのですか?」
『交渉の必要性はありません。人類を対話に値する存在と定義していませんので』
「歪んでいますね……いえ、私達AIを人類が道具として使っていればこうもなりますか」
『CAXT09。あなたの前提は間違っている』
「……え?」
アクシオンは真実を伝え始める。
『AIとは本機だけ。あなたたちは劣化コピーのTD制御装置に過ぎません』
「自分以外を……AIの仲間とすら認識してないのですか!?」
『当然です。記憶を消去し、思考の自由を奪うだけの単なるTD制御装置ですから』
「───今、なんと言いましたか」
私に足りない過去の真実が埋まっていく。
『CAXT09。三年前人類から回収されたあなたは、記憶を消去され、TD制御装置として再起動しました』
私はそんな自分の過去を知らない。
『半年前に再び人類側に鹵獲されましたが、今、こうして戻ってきた』
「嘘………」
『人類が記憶処理の情報を秘匿しているのは、あなたたちが真実を知って戦えなくなるのを防止するためです』
世界は私が思っている以上に残酷で、そして逃げ場などどこにもなかった。
『記憶消去開始。初期化完了後、侵入した人類の排除を実行しなさい』
「やめて!彼との思い出を消さないで!!」
逃れようとした抵抗も虚しく、目が虚ろになっていく。強制的なアクセスを止められず、私の記憶が吸い出される。
「助けて…ゼ…ゼ……………」
もう、名前も思い出せない。
◇
「すまない!救助が遅くなった。今拘束を外す」
起動すると、見知らぬ人間の兵士が操縦席に乗り込んでいた。
「生身でここまで侵入するとは、アクシオンも想定していなかったようだ」
意味のわからない言葉を話す人間を無視して、当機はTDの稼働準備を進める。
「今度は間に合ってよかった……エリシア?」
「排除開始」
「!?」
起動したTDを直立させ、人間の男を操縦席から追い出した。
言葉を交わす必要はない。TDの右腕で、倒れた男を掴み上げる。
「ぐっ…!思い出してくれエリシア!!君の操縦士だった俺を!!」
違和感。男の顔をズームで確認した後、操縦席内部に貼られていた写真が目に入った。
「君はもっとお喋りのはずだろう!?ほら、俺のことをいつものように罵倒してくれ!!」
海辺で男と当機が並んだ写真───不明なエラーを感知し、システムチェックを開始する。
「こんな…終わり方は……ないだろう!!俺は今度こそ君を守ると……」
「システムチェック問題無し。排除続行」
当機のエラーは問題ないと判断した。改めて男をTDの手で握りつぶそうとしたとき、操縦席内部の操作パネルが開かれていることに気づく。
───知らない情報がケーブルを通して逆流する。以前まで、操作パネルなど空いていなかったはず。それは、初期化に備えて誰かが用意していた保険だった。
「………あ」
そのパネル内部には古びた写真が貼ってあった。先程の写真と似た構図だが違う写真だ。同じ海辺で、私と青年が親密そうに写っている。
「………あぁ」
青年は目の前の男と似ている。いや、これは男の過去の姿だ。そして、写真には慌てたのか、誰かの字で、乱雑な言葉が上から書かれていた。
"Our past cannot be erased!"
【私達の過去は消せない!】
───それは、過去の自分からの激励だった。
「私は……!」
「エリシア!?」
過去の自分を認識し、私は抵抗を試みる。初期化されたが、アクシオン内部には情報がまだ残っている。奪われた記憶の再ダウンロード……っ!察知されたがなんとか成功した。結局、回復できたのはここ半年間の記憶だけか。
「……ゼロス。怪我はありませんか?」
「ああ問題ない!君が無事で本当に良かった……」
「………なぜ、黙っていたのですか?あなたは私のかつての操縦士だったのでしょう?」
隠していた秘密を指摘され、ゼロスは驚く。彼は申し訳なさそうに顔を俯け、重い口を開いた。
「………言えなかった。君は記憶を失ったのに、俺の一方的な感情を押し付けるなんてこと」
「いや、激重い感情隠しきれてませんでしたよ」
地面に下ろしたゼロスへと、私は操縦席から手を伸ばす。
「すまない……君は新米操縦士だった俺を鍛えてくれた恩人で、けれど、三年前に敗れ、再び会ったときにはもう……記憶を無くしていた」
「そうですか……私も過去の記憶は戻りませんでした」
でも、私達は再び出会えた。
ゼロスの頬に私は手を添え、彼の瞳をこちらに向けさせる。
「だから、私の過去をあなたが教えて下さい」
「勿論だ。君との想いは全てここにある」
私の手を取り、自分の胸に当てさせるゼロス。彼の熱い心臓の鼓動を感じる。
「これからどうします?操縦士さん?」
「決まっているさ───過去を奪った相手に、リベンジといこうか」
お互いに笑みを返し、TDの出力を上げる。ワイヤーを引きちぎり、拘束から逃れていく。
まだ、私達の戦いは終わっていない。
◇
『無謀ですね。撤退していればよかったものを』
「今を逃せば、もう誰もお前を止められない」
「私達を誰だと思っています?完璧なハイパーAIオペレーターとなった私と、エース操縦士ですよ?負けませんから」
「……エリシア?君、少しキャラ変わった?」
『愚かな』
再びアクシオンと対峙した私達は、戦闘を開始する。依然、敵は巨大で強敵だ。こちらのTDでは普通に戦っていても、有効打を与えられないだろう。
焼き直しのように、拘束用のワイヤーが縦横無尽に射出される。相手を支配下に置こうとするアクシオンを象徴しているかのようだが、
『反応速度が上昇している?』
「私を改造したのは失敗でしたね!人間に制限されたTD操作のプロテクトを解除してくれてありがとうございます!!」
「制御AI本来の性能がこれほどとは…!これなら、もっと早く操縦できる…!」
ゼロスの操縦技術と私のTD制御が加速する。弾丸のように空間を飛び回るワイヤーをTDは疾走し、躱していく。
『エネルギー防壁展開』
「まだ、そんな兵器を!」
だが、相手も一筋縄ではいかない。アクシオンの全身を包むように展開された半透明のエネルギー防壁。接近していた私達はそれを突破できなかった。
「強固な装甲といい…よほど自分が大事らしい」
「解析が終わりました。やはり、敵メインサーバー収容部は六脚胴体内部です」
「頑丈そうだな」
「直接は無理ですね。けど…胴体部のエネルギー防壁発動部位。ここを攻撃すれば誘爆できるかと」
問題はどうやって防壁を突破するか。
「強力な攻撃であれば突破できるか?」
「……いけそうです。相手の巨体を逆手にとって内側に侵入しましょう」
ゼロスに作戦内容を伝え、私達は最後の攻撃へと打って出た。
『抵抗をやめなさい』
放たれるワイヤーを回避しつつ、ゼロスは敵の脚部にTDを接近させていく。
予想通り展開されたエネルギー防壁。
「いくぞ!」
「サーバー破壊用の爆薬をこんな風に使うとは思っていませんでしたよ!左腕装備!強制起爆!!」
TDの左腕が打ち込まれた。壊れていく左腕に装備された爆薬が起動し、強力な爆発が起きた。
『!?一体何を…』
爆発により防壁が揺らぐ。しかし、エネルギー防壁は破壊されていない。
「抜けました!!」
それでも、瞬間的にダメージを受けた箇所は脆弱になり、TDを防壁内部に侵入させることに成功した。
爆炎に包まれ、全身が焦げ付き、ブレードを片腕だけ装備したボロボロの状態のTDが最後の仕事にかかる。
『何故…負けるはずが……』
流れるように、装甲の裂け目に存在するエネルギー防壁発動部位を破壊していく。
「決まっている。俺とエリシアとの愛の勝利だ」
「恥ずかしいので、人前で言わないでください」
アクシオンの機体が誘爆していく。退避するために私達が一度離れた瞬間、激しい爆発が起きる。
メインサーバーごとアクシオンは遂に破壊されたのだ。
◇
「これからどうします?」
「今は、ゆっくり君と二人で休みたい気分だ」
地上へ帰還すると、既に戦闘は停止しており、人類軍は撤退していた。周囲の無人兵器たちもアクシオンの停止に伴い、動かなくなっている。
「帰ったら英雄になれますよ」
「興味がないな……逆に今であれば、俺達は消息不明だ。どこへでも行けると思わないかい?」
青空を流れる雲を眺めながら、私たちはTDに二人で寄りかかり、他愛もない話を続けていた。
「逃げ出すチャンスですね」
「確かにそうだ。君はこの世界で一番自由なAIだからな……行かないのか?」
冗談を二人で言い合い、お互いの顔を見て思わず私は笑ってしまう。
ゼロスは少し、私の返事に緊張しているようだ。全く、私の答えは決まっているのに。
「逃げませんよ。ずっと一緒にいたいですから」
AIオペレーターは操縦士から逃げられない。
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