⑤
「梯子?しかも3メートルもあるのかい?」
「はい。無理でしょうか。」
「いや、無理ではないけどね・・・。少し前に、同じような注文があって驚いてるとこさ。しかもふたつもね。」
「え、ふたつもですか?」
「そうそう。本当はもっと長いものが欲しいとも言われたんだけど、素人が使うようだったら危ないからね。まあ、3メートルでも危ないけど。」
そう言って、大工の男は豪快に笑った。 ユーグが来たのは、屋敷の一番近くにある街の家具職人の店だ。繁盛しているようで、店の中は鋸やとんかちの音が絶え間なく続き、新しい木の香りが漂っている。
「新しく引っ越してきた人みたいだからね。本当はうちで梯子なんか作らないんだけど、困っていたようだったから引き受けたんだよ。」
「新しく引っ越してきた・・・もしかして、北東にある古い屋敷でしょうか?」
「・・・お客さん、知り合いなのか?」
家具職人の男はそれまでの人懐こい笑顔を急に消して、強張った表情で言った。
「ええ、仕事の関係で少し。」
「ふうん、そうかい。」
「・・・あの、何か?」
「いや、ねぇ。・・・前に注文を受けたからできた梯子を届けたんだけどよ、最近になって届いていないって言うんでね。俺は屋敷の人に確かに渡したし、代金も受け取ってるのに。なんか、変なことを言う変わり者が来たなぁって若い奴らと話してたんだ。」
「梯子は出来上がってたんですか。」
「ああ、注文を受けて1週間後には出来上がったんで届けたよ。」
「誰が梯子を受け取りました?」
「俺は行ってないから分からないな。おおい、前にお屋敷に長い梯子を届けた奴、いるかい?」奥にいた若い男が「はい」と言って歩いてきた。
「俺が、確かに屋敷に梯子を運びました。」
「そうでしたか。誰に渡したか、覚えていますか?」
「若い男です。後で運ぶから置いておいてくれと言われました。金も貰いました。」
「若い男、ですか・・・。もっと詳しく教えていただいてもいいでしょうか。」
「背はそんなに高くなくて、痩せている男でした。帽子をかぶっていたので髪の色もよく分からなくて。・・・すみません、少し前のことなんであまり覚えてなくて。あの、もういいでしょうか?」
「ああ、すみません。もう結構ですよ。」
男は頭を下げると、忙しいのか足早に去っていった。
(屋敷で見たのは、年配のコックと庭師、何人かのメイドだけで・・・若い男なんていただろうか。それとも、誰かと見間違えたか。)
ユーグは、男の後ろ姿を見ながら考えた。男は黙々と木に細工をしている。
「すみません、忙しいのにいろいろと聞いてしまって。それから新しい梯子は出来たのですか?」
「いや、時間がかかるって言って作ってないよ。」
「それでは、私が代わりに注文して代金を払いますので作っていただけますか。もし良ければ今支払っても構いません。」
「旦那が?」
「はい。屋敷の方に頼まれている仕事でどうしても必要なのです。あと、いくつかお願いがあるのですが・・・。」
ユーグと家具職人の男が少しのあいだ話し合うと、相手は快く了承してくれた。
その日、日が落ちる前にユーグは屋敷に戻り、何食わぬ顔でコックの用意した夕食を食べた。
4日後の朝に、ユーグは再び街までやってきた。屋敷に滞在している間に、気に入ったレストランやカフェも見つけてとても気分が良い。ただ、今日は用事があるので寄り道をするつもりはない。
「こんにちは。先日注文したものを取りに来ましたが、出来ていますか。」
「ああ、旦那。ほら、あそこにありますよ。」
近くにいた青年が、出来たばかりの梯子を指さした。
「こんなに早く作ってくださりありがとうございます。綺麗に仕上がってますね。」
「ありがとうございます。」
ユーグがお礼を言うと、家具職人の男は奥からがっちりとした男を連れてきた。
「それと、例の約束の。この男が行きますので。」
「ありがとうございます。少し遠いですが、大丈夫ですか。」
男は「大丈夫です」と言うと、軽々と梯子を持って出て行った。