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ブロンド  作者: 東堂 アカリ
11/13

「儂の爺さんが庭師をしていたころ、当時の旦那さまが孤児院から小さな女の子を引き取ってきた。とても可愛らしい子で、孤児院にいるくらいならこの屋敷の下働きにでもさせようと思って引き取ったらしい。爺さんと婆さんが住み込みで働いていたこともあって、その子は二人が育てていたんだ。」

「屋敷にはおふたりしか住んでいなかったのですか。」

「旦那さまが来るときだけコックやメイドがたくさん来たらしいが、それ以外は二人で管理していたらしい。ほら、あそこの右の角の建物が見えるだろう?」

そう言って男が指さした先には、ジョルジュが少女を見たと言っていた部屋があった。

「あそこの部屋に3人で暮らしていたんだ。」

「あの部屋ですか。でも、どこからも入れないようですが。」

「一階の廊下の突き当たりから入れるようになっていたんだが、ずっと前にその扉が壊れてしまってね。使うこともないだろうからと、今は壁紙を貼って入れないようになっているんだ。」

男は屋敷を眺めながら言った。

「その子は日に日に美しくなっていってね。それに気づいた旦那さまが、ゆくゆくは養子にして裕福な商家にでも嫁がせようと思ったらしい。自分の孫のように可愛がっていた爺さんと婆さんは悲しかったらしいが、このままこんな田舎にいるよりは華やかな街での生活のほうが良かろうと送り出そうとしていたらしいんだ。」

「・・・。」

「その子には家庭教師がつけられて、貴族の娘のように勉強することになった。それまでのびのびと育っていたあの子にとって、そんな生活は辛いものだったようでよく泣いていたらしい。この場所は、爺さんがあの子を隠すために造った秘密の場所なんだ。だから、この場所から見た花が一番綺麗に咲くように世話をしているんだ。」

男は満足そうに庭を眺め、紅茶を飲んだ。男の言う通り、確かにこの場所に咲く花は庭の中で一番美しいように見えた。

「その子が10歳を超えたころだったか、夏にこの屋敷を訪れた旦那さまが春になったら一緒にパリへ連れて行く、とおっしゃった。」

風が吹いて、傍の草木がさざめくように揺れた。太陽の光を浴びる緑の葉がやけに眩しい。草花の影が、一瞬、男の顔の上を通りすぎていく。

「爺さんと婆さんは悲しんだが、その子の悲しみは周りから見ても気の毒になるほどだったらしい。その子はパリにいるよりもこの屋敷で過ごしたい、爺さんと婆さんと一緒にいたいと最後まで言っていたそうだ。だが、一介の使用人が主人に逆らうことが出来ようか。3人は離れるのを惜しむように春になるまで過ごすしかなかった。でも、結局その子がパリに行くことにはならなかったんだ。」

男は睨むようにこちらを見ると、紅茶を飲み干してそっとカップを置いた。

「その子は死んでしまった。夏の終わりから軽い咳が止まらず、冬の寒さで更に酷くなってしまった。その子が寝込む数日前から、嵐が酷くて薬を買いに行くことも出来なかったらしい。二人で必死に看病したが、寒い冬の日の朝、眠るように亡くなったそうだ。」


 

 ユーグは庭師の男に連れられて、庭の奥に立っている林檎の木のそばに行った。男は蕾の薔薇の花を一輪、木の根元に置いて座り込むとしばらく目を閉じていた。

「この木は、あの子が小さい頃によく登ったりして遊んでいたそうなんだ。本当はこの木のそばに墓を作りたかったらしいが、流石に自分のものでもない屋敷の庭に墓を作ることは出来なくて、亡骸から髪をひと房とって埋めたと言っていた。」

男はしばらく目を閉じたあと、ゆっくりと納屋に向かって歩いて行った。後を振り返ることなく歩いて行くその背中に、ユーグはずっと疑問に思っていたことを言った。

「ジョルジュ氏が街で注文した梯子ですが、受け取ったのはあなたではありませんか?」

「・・・受け取ったのは儂じゃない、孫だ。あの日、たまたま手伝いに来ていたんだ。ふん、あの若旦那が何をしようと思ってあんなものをよこしたかなんてすぐに分かったさ。何にも知らないくせに興味本位であの部屋を覗いて欲しくないね。あの部屋は、あの子が亡くなった時のままにしてあるんだ。ここにいたいと言っていたあの子が、いつまでもあの場所で暮らせるように。」

その言葉はユーグにも言われているようで、しばらくのあいだ何も言うことが出来なかった。

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