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「屋敷の守り神?」
ジョルジュはユーグの言葉に戸惑うように繰り返した。壁の近くにいる執事も思っていた答えとは違ったようで驚いたようだが、表情を変えることはなかった。
「はい。なんでも、この辺りでは時々家に住み着くことがあると聞きました。住み着いた家の住人たちに良いことが起こるというので、それにあやかるためにわざわざ泊まりに来る人もいるのだとか。」
「そんな話、初めて聞いたな。」
「あまり貴族の屋敷に住み着くことが無いようですね。どちらかというと、商人の家などにいるようなのです。守り神のいる家は、商売がうまくいって財を成すほどだとか。他にも、ずっと痛かった腰が良くなったり長年子供に恵まれなかった夫婦に子供が生まれたりすることもあるようです。私も初めて聞いたときは驚きましたが、実際にこの屋敷を見て周っても嫌な気分になることはありませんでしたので、気になさることは無いかと思いますよ。実際、住んでみても何も起こりませんでしたから。」
「そうか・・・。でも、考えてみたら叔父上は商売をされていてかなりの財産を築いていたようだし、君の言う通りかもしれないな。」
「守り神は住み心地のよい家に住み着くと聞きました。余程この屋敷が気に入っているのでしょう。伯母上がご存命だった頃と同じように屋敷を維持なされば、あなたにとっても良い結果となるかもしれません。」
「なるほど。では、今後もこの屋敷を維持できるように手配しよう。」
「それがよろしいかと。」
「ああ、それと、君はあの少女を見たかい?」
「ええ。でも、同じ少女かどうかはわかりません。ブロンドの長い髪をした10歳くらいの少女でしたが、その辺りにいる町娘のような子でしたね。確かに髪は美しかったですが。」
そう答えると、ジョルジュは明らかにがっかりした顔をした。
「あの子を見かけたという2階の部屋も、ひょっとしたら守り神が逃げ出さないように簡単に行き来できないようにしているのかもしれません。私も確認しましたが、あの部屋に入る通路を確認できませんでした。そっとしておくほうが良いかもしれませんね。」
ジョルジュは納得したように頷くと、少女への興味をすっかり無くしたようで、話題はパリで流行している葉巻の話になった。その様子に、執事が安堵の表情を浮かべたことを見たが、それと同時に、ユーグも同じくらい安堵したのだった。ジョルジュは夜更けまで自分がコレクションしている煙草入れや帽子の話をすると、満足したのかユーグに謝礼を渡して別れた。
ユーグがいつものように庭にある椅子に座っていると、かさりと音がした。後ろを振り返ると、庭師の男がこちらを見ている。
「あんたか。いつもここにいたのは。」
「・・・黙ってお借りして申し訳ありません。この場所が気に入ったので。」
「いや、いい。きっとあの子に呼ばれたんだろう。」
そう言って男は、ローズがいつも腰掛けている椅子に座った。汗をぬぐうために帽子をとった男の髪はかなり白い色が混じっていた。
「この場所は、儂の爺さんがこの屋敷の庭師をしていた時に作った場所なんだ。ちょうど屋敷の周りからは見えないようになっているだろう?」
「はい。見つけたときは驚きました。」
「当時の旦那さまには見つからないように造ったと聞いたことがある。」
そう言って、男はしばらく庭に咲く花を眺めていた。
「儂にはあの子が見えないが、なんとなく気配は感じるよ。庭に綺麗な花を咲かせるのも、仕事だからというのはもちろんだが、あの子が喜んでくれるような気がするからさ。」
「花が好きな子だったのですね。」
「そう爺さんが言っていた。どの花も喜んでいたけれど、やっぱり薔薇の花が咲いた時が一番嬉しそうだったらしい。だから薔薇の花は一番力を入れて育ててるんだ。」
ユーグはバスケットから使っていないカップを出し、紅茶を入れて男に出した。今日はローズにではなく、彼にお茶を出して欲しいということだろう。
「いいのか?」
「ええ。もちろん。」
男は恐る恐るカップを手に取ると、そっと紅茶を口に含んだ。
「うまいな。何とも言えない良い香りだ。」
そう言って男は目尻を下げた。