①
ある夏の終わりに、ピエールが友人のアパルトマンを訪ねると、彼はトランクに荷物を詰めている最中だった。
「やあ、旅行の仕度かい?」
彼は呆れたように「また来たのか」という表情をしたが、礼儀正しく友人を近くにあるソファへ案内した。
「旅行というか、仕事の依頼が来てね。ここから行くには少し遠いし、依頼者からは泊りで来た方がいいと言われていてね。何日間か出かけるつもりだよ。」
「ふうん、場所はどこだい?」
「ピレネーまでは行かないけれど、その手前にある場所だね。自然が豊かでのどかな場所だよ。君はあまり興味がなさそうだけれど。」
「そうだな、あまり行きたくはないかな。どうせなら南の方がいいな。からっとした青空も良いし、新鮮な魚料理も食べたいしね。・・・あっ、どうせそう言うと思ったっていう顔で荷物の整理をするのはやめてくれないか。」
「残念ながら、魚料理は期待できないね。そういうわけで、今回は私ひとりで行くことにするよ。君が来ても、暇を持て余しそうだから。」
「何日くらいかかりそうなんだい?」
「さあ・・・3日間か、それ以上か・・・。なるべく早くに終わらせるつもりではあるけれど、依頼者の話を聞く限りは何とも言えない感じだね。」
「やれやれ。興味はあるんだが、そんなに長く休むわけにはいかなそうだ。残念だけれど、今回は諦めるよ。そのかわり、帰ってきてから話を聞かせてくれよ。」
「まあ君が来てくれたら、いつでも話すよ。」
約束だよ、と言って去っていくピエールを見送ると、ユーグは荷造りを再開した。
都会的な街並みから自然豊かな街並みに変わり、その景色にもすっかり見飽きてしばらく経つ頃、馬車はゆっくりと止まった。御者が降りて扉を叩き「着きましたよ」と声を掛けた。
ユーグは荷物の入ったトランクを抱え、ゆっくりと馬車から下りた。御者は代金を受け取ると、ユーグを置いて去っていった。馬の蹄の音を聞きながら、ユーグは少し先にある屋敷に向かって歩き出した。
古い屋敷だが、持ち主の趣味なのか建物は蔦で覆われることなく薄い黄色の煉瓦で覆われていた。王族がいくつか持っている別荘ほどの大きさはないが、かつてはそこそこ力のある貴族の持ち物であっただろうことが伺われる立派なものだ。周りは木が生い茂っていたり畑だったりして街から少し距離があるが、都会に飽きた貴族がほんのひと時の休息を得るために好んで訪れるであろう長閑さがある。
ユーグは門のところにいた背の高い男に名前を告げると、男は黙って門を開けた。どうやらその先は一人で行かなくてはならないようだ。
屋敷に着いてノッカーを鳴らすと、しばらくして扉が開いた。
「こんにちは。あなた様は・・・?」
「はじめまして。ユーグ・ガルニエと申します。失礼ですが、ジョルジュ氏はいらっしゃいますか?」「ムッシュ・ユーグ!待っていました!私がジョルジュ・・・ジョルジュ・ドゥ・ポーです。」
大柄な男はにこやかに笑うと、メイドを呼んで彼の荷物を運ばせた。どうやら屋敷の主人が自ら出迎えに来たようだ。
「あまり綺麗ではないのですが、どうぞ。」
そう言ってジョルジュと名乗った男は屋敷の中を案内する。 少し暗い廊下を進むと応接間があり、彼はユーグに年代物だが感じの良い椅子を勧め、彼も向かいに腰掛けた。部屋の中は長いこと人が住んでいなかったせいか雑風景だが、部屋の中を明るい陽射しが照らして嫌な気分になることはない。彼は近くにいたメイドにコーヒーを運ばせると、部屋から下がらせた。
「今日は、わざわざこんな田舎まで来ていただいてありがとうございます。パリからいらっしゃったのですから、お疲れでしょう。」
「長い道のりでしたが、来るのを楽しみにしていましたよ。何より、景色が美しい。それに、パリよりも少し涼しいですしね。」
「そう言っていただけて良かった。実はこの屋敷は代々我が家の別荘として管理しているものですが、少し前に亡くなった叔母から相続しものなのです。叔母夫婦には子供がいないこともあり、私が相続することになったのですが、実はここに来たのは初めてで私もあまりよく分からないのですよ。」
「そうなのですね。」
「ムッシュ・ユーグ、あなたは特殊な能力のある探偵なのだとか・・・どうか、この屋敷の不思議な話を聞いていただけませんか?」
ジョルジュは、途方に暮れた表情を隠そうともせずユーグに尋ねた。
「ええ、もちろんですとも。」