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妖狐図書館

作者: ルティカ

 いつも通りの、何も変わらない中学の昼休み。

 昼食を食べ終えれば、友達とグラウンドへ行ったり、あるいは誰かと話したり。

でも、僕はそのどちらでもない。

「よお、雪風。退屈そうじゃん」

美祢(みね)か。別にいいだろ、することないし」

 褐色肌の、いかにも運動会系な黒髪ショートカットの柊美祢(ひいらぎみね)は、いつも何かにつけてかまってくる。

「たまには遊んでくれねえの?」

「嫌だ、暑い」

 夏真っ盛りなこの時期に、外で走り回ろうという。

 正気か? 僕はついて行けない。

「少しはその真っ白な肌を焦がしてもいいと思うんだけどな、周防(すおう)雪風くん!」

 じいちゃんが付けた名前のせいか、僕の肌は雪のように色白い。

 じいちゃん曰く、「孫に幸運でいてくれるように」との願いを込めて名付けたらしい。

 一体何故、雪風と幸運とが結びつくのかが分からないが。

「嫌なものは嫌だ」

「そこまではっきり言うか。‥‥‥仕方ない、“伝家の宝刀”でも出すしかねぇか」

「伝家の宝刀って何だよ?」

「時に雪風、お狐様がいる図書館って知ってるかい?」

 オカルト好きな僕にとって、それは聞き捨てならない話だ。

「それで?」

 そう確信し、情報を引き出そうと続きを促す。

「そうか気になるのか」

 勝ち誇る笑みで、見返す彼女。

 そして返ってきたのは、二つの選択肢だった。

「教えて欲しい? なら一緒にドッジボールするか、もしくは晩飯をおごってもらおうか」

「じゃあおごる」

「即答かい!!」

 ボールを手に持っているあたり、体を動かす気満々だったのだろうが、知った事ではない。

「い、色々注文しちゃうぞ~。きみの財布がピンチだぞ~」

 それが脅しになるとでも?

「五千円までならおごれる」

「何で? お小遣い多くない?」

「オカルトグッズ以外に使い道がないから」

「なんか負けた‥‥‥!! そうかぁ、雪風って無駄遣いしないもんな。それで生徒会の会計もやってのけてるし」

 それはどうでもいいから、早く洗いざらい話してくれ。

「で、そのお狐様がいる図書館って何?」

「あーもう! それは晩飯までお預けじゃい!!」

「は? 何で‥‥‥」

「いじわるな雪風が悪いんですー。分かったら少しは他人の気持ちを理解しやがれ!!」

 捨て台詞を残し、憤然とした様子で教室から出て行った。

 そんなにやりたかったのか?

 放課後、近所のファミレスで合流し、美祢は店のメニューを制覇するんじゃないかってぐらいに色々と注文した。

 パスタにピザにその他サイドメニューなど諸々。

 ‥‥‥五千円までって言ったよな?

「は~、満足したわ」

「それで、昼間のお狐様がいる図書館って何なんだ?」

「ああ、そうだった。えっと、うちも詳しい訳じゃないんだけどさ。何でも、”非日常が体験出来る”本が沢山ある異空間? 的な場所があって‥‥‥」

「非日常が体験出来る?」

「そうそう。場所、というより入り口が五社之滝神社にあってさ」

「五社之滝神社?」

 スマホで検索してみると、日吉ヶ丘高校からさらに上った所にある、住宅地の中にあるという。

 どうやらそこは伏見稲荷の滝行場のひとつだというが、リソースが少な過ぎる。

「石の鳥居を通って、左手に二つの(あか)い鳥居がある。その手前の方の鳥居が図書館への入り口らしい」

「らしい?」

「それが、行ける条件があまり分からなくてよ。今まで(はい)れたのがうちらと同じくらいか下の歳の子ばっかりで、入った人数も片手で数えられる程度なんだって」

「それ、信憑性あるの?」

「うちのいとこが入ったって言ってた」

「何でそんな所に‥‥‥」

 その小さな神社以外に何もない住宅地に何の用があったのか、不思議に思い頭をひねる。

「ああ、近くに千本鳥居があるでしょ。もっと山の方に行ったら裏から行けるルートがあって、そこを目指していたら間違ってそっちに行っちゃったんだとさ」

「そういうことか。ありがとう」

「いいってことよ」

 明後日、この日は土曜日なので早速足を運んだ。

 地図を見ながらなので目的地へ間違うことなくたどり着いた。

「ええっと、この鳥居か」

 言われた朱い鳥居を見つけ、まずはくぐってみた。

 ‥‥‥何も起こらない。

 次に神社の参拝作法に則り浅いお辞儀をしたり、手を合わせたり、周りを回ったりなどをしてみる。が、特に変化はない。

「駄目なのか‥‥‥?」

 諦めきれないが、僕にはどうしようもなく、来た道を戻ろうとした。

 その時反対方向から鳥居をくぐったはずなのだが、急に目の前が障子扉に遮られる。

「はあ!?」

 訳が分からず、つい大声を上げる。

「ふふっ、可愛い子が来た」

 障子の向こうから、女の声が聞こえた。

 蝋燭(ろうそく)の日に照らされた影が映っており、見て更に驚く。

(本物、なのか?)

 ふさふさとした尻尾が揺れたのが見えて、頭の中はますますこんがらがった。

「これは本物だよ、坊や」

「! 心を読んだの!?」

「そう怖がらなくても。君はここを探し求めていたのだろう」

「それは、そうだけど‥‥‥」

「ほら、こっちへおいで」

「‥‥‥!」

 障子を少し開け、手招く彼女を前にし、一瞬言葉を失った。

 黄金(こがね)の柔らかそうな三角耳に翡翠(ひすい)色の瞳。先が白い四本の尾に整った顔と潤う肌。そして何よりも、直接聞いて初めて分かる、蜜の様に甘い声。

 見ているだけで頭がクラクラしてくる。

「どうかしたのかい?」

「いえ、その‥‥‥」

 赤面して、言葉に詰まる。何と言えばいいのか全く分からない。

「まあ、こっちに来てお座りなさい」

 靴を脱ぎ、上がった先には、艶やかな座卓と二つの緑色の座布団が置いてあった。

 そして僕は自然と手前にあった方の座布団にぎこちなく座る。

「私は三笠。坊やの名前は?」

「周防雪風です」

「それで、どうしてここへ来たがったのかな?」

「えっと、友達からここに非日常が体験出来る図書館があると聞いて、興味を持ったから来ました」

「なるほど非日常か‥‥‥」

 三笠はそれを聞き、眉をひそめた。

「どうか、しました?」

「周防よ、ここで“読める”のは正確には非日常ではなく、歴史だ」

「歴史を読む?」

 言っている意味が理解しがたい。

「物は試しだ。図書館はこの先にある。適当な本を開けてみたまえ。私は本の整理をしているから、好きにするといい」

 そう言い残し、部屋の右にある扉を開け、行ってしまった。

「‥‥‥何があるんだ?」

 彼女の後を追い、そこへ入った。

 白い漆喰壁に丸い木の柱に、今僕達が知っている本とは違う形の本や巻物を並べた本棚。

 本棚からひとつ本を手に取る。

 本は糸で()じられていて、表紙には「鹿苑寺 一三九七年」と書かれており、開けた途端、意

識が暗転する。

「‥‥‥は?」

 気が付くと、大きな池の前に立っていた。

 慌てて辺りを見渡したが、誰もおらず、今度は孤独感を覚える。

「あの、誰かいませんか?」

 しばらく待っても返事は一向に返らず、僕以外誰も居ないことを教えられる。

 だが、草木が揺れる音や、風が当たる感触は妙にリアルだった。

「‥‥‥あれって、金閣寺だよな」

 金箔が貼られた寺院など、他にそうあるはずもなく、金閣寺で間違っていなかった。

「でも何で‥‥‥?」

 昼間で、京都の中でも特に有名な観光地であるにも関わらず、普通ならあり得ない静寂さに疑問を抱く。

 それで怖くなって「ここから出たい」と思った途端、図書館で本を開いている場面に戻った。

「おや、もういいのかい? それとも、訳が分からず急に怖くなったのかな」

 三笠は両手を彼の肩に置き、顔を寄せてきた。

「あの、今のは‥‥‥?」

「表題通りさ。ここにある書物を開けば、歴史を実体験出来たり、誰にも邪魔されずに建築物をじっくり見られたり。ああ、一人が寂しいのなら当時の住民がいる状態にもできる。僕のことは認識されないがね。博物館とは違って、これらは全て記憶。実体ではないから、国宝でも何でも、直接触って確かめられる。今では失われてしまったものでもね。どうだ、素晴らしいだろう」

 素晴らしいなんてものじゃない。

 VRが霞んでしまうくらいのものだという事は、誰にだって理解出来るだろう。

「どうやって作ったんですか?」

「妖術で、としか言えないな。でも苦労したよ。実際に現地に訪れていったのだから」

 手を離し、作業に戻ろうとする前に、ひとつだけ忠告を残す。

「好きにしていいと言ったが、中にはろくでもないものもある。そういうのだけは開けない方がいい」

「分かりました」

 期待と好奇心で胸が満たされていた。

 当然だ。こんな体験は味わえるだけで奇跡だからだ。

(次はこれにしよう)

 時間も忘れて、歴史を読み漁った。

 都市はヴェルサイユ宮殿にローマ帝国のいろんな都市や、ポンペイ等々。

 手に持てるのでは妖刀ムラサメに漢委奴国王印(金印)など。

 とっくに失われたものでも、完成したばかりの状態で見たり触ったり出来るのには素直に驚いたし、最初とは違って、人々が街中を歩き会話し働いていたりと、当時の世相がありありと伝わってきた。

 同じ国でも時代が違えば来ている服も手に持つ物も全く異なっている。

 例えば、明治以降と以前では、髪型が丁髷からざんぎり頭になったり、木造建築ばかりだったのが急に煉瓦(れんが)造の建物が現れたりと、時代が変われば人どころか何もかもが変わることをその身を(もっ)て知らされる。

「あれは、ちょっと高いな」

 別の本棚に並べられているものも同じジャンルなのか興味を持ち、上にあった大きな巻物を取ろうと背伸びをする。

「んん‥‥‥もうちょっと」

 どうにか手は届いた。が、同時に本棚を僕の方へと倒してしまい、並べられていた書物に襲われる。

「危ない!」

 これに気付き、妖術で本棚は浮かせられたが、数々の書物の内、いくつかは雪風を押し倒してしまった。

「起きろ! それらは周防には早い。いや過激過ぎる!!」

 大声で呼び止められても、僕の意思に反して意識は落ちてゆく。

 後悔した。取ってもらうよう頼むとか、台を貸してもらうとかをすれば良かったと。これらはまさしく“地獄”だった。

 本当にあった出来事だとは思いたくもない程の現実の数々。


(何で‥‥‥?)

 道の上に倒れ、血を流している“俺”がいた。

 血は道を赤くみるみる染め、そして、背後にいる二人は冷たい目で俺を見ていた。

「この強盗め!」

 強盗? 何の話だ? 俺は他人の物を奪ったことは無い。

「人違いじゃ‥‥‥」

 弱々しい声に対する返答は、数発の銃弾。

「そんな訳があるか! 貴様は黒人だ。それが証拠なんだよ!!」

 何なんだよそれ。何が自由の(アメリカ)だよ。殺戮と差別の国じゃないか。‥‥‥思考が僕のものと彼のものが混じっている気分だった。

 そんな不思議な感覚に浸っている間は短く、場面はどんどん変わっていく。


「˝ア˝ア˝アーーー!!」

 十字架に(はりつけ)にされ、焼かれる気分は何とも言えなかった。

 取り調べで手足を切られ、激痛のあまり自白(うそ)を言うのではなかった。

 魔女? 魔法? そんなものが存在するなら、私はとっくに逃げている。

 神? それは人を見捨てた存在だ。そんなもの、信じている暇があったら私に水をかけてくれ。


(ああ、もう終わるのだな)

 何キロもの距離を歩かされ、その後衣服も何もかもを奪われ、大きな穴の前に立たされた。

 その冷たい土の下には、何十何百もの同族(ユダヤ)の者が眠っているのを察する。

「撃て」

 背後から血も涙もない鉛と銅が合わさった塊を高速で浴びせられた。

 途端に私は穴に落ちる。

 二度と太陽を拝められないよう、地の上でうつ伏せになる。

 二度と陽光を浴びれないよう、土を被せられ、埋められる。

(とんだ“クリスチャン”共め)

 ずっと前からだ。あいつらは我々は人肉食をやっているだの、我々の儀式にそいつらの子供の血を使っているだの、ふざけた嘘をばら撒いて。

 誰がおぞましく、馬鹿な行為をするものか。誰が悪魔すら恐れる蛮行をするものか。

 世界大戦中だ。我々は敵前逃亡をして、後方で権利を(むさぼ)っていると主張しまくって。

 冗談じゃない。我々はドイツを信じて戦った。ドイツを信じて最前線に(おもむ)いた。ドイツを信じて戦死した。それなのに、何で嘘で(さげす)まれなければならない?

 世界大戦後からだ。あの戦争で負けたのは、我々が「背後からのひと突き」をしたからだと言いまくって。

 我々だって負けたくなかった。ドイツ国民として!!

 そんなにナチスのお膳立(ぜんだ)てをして、そんなにユダヤが嫌いか? とんだ差別主義者(クソ教徒)共だ。


「大丈夫かい、周防」

 目が覚め、僕を呼ぶ声が聞こえた。

「‥‥‥え!?」

 柔らかい肌が(ほお)に当たっている感触を受け、急激に脳が覚醒する。

「あの、これは、その‥‥‥!!」

「膝枕くらい、してもらったことはあるだろう?」

 確かに母さんにはしてもらったことはあるが、他の、それも絶世の美女にしてもらうのは初めてだ!

「もういいですから!」

「つれないのう」

 慌てて起き上がると、三笠は寂しそうに言った。

「まあ様子を見る限り、大丈夫そうでよかったわ」

「三笠さん、確かここの本は歴史が読めるって言いましたよね」

「そう言ったが」

「もしかして、過去の人の、誰かの記憶を基にしているのではないですか?」

 口元に手を当て、妖美な笑みを浮かべる。

「礼儀正しく頭も賢い子。わらわは好きだ、お嫁にしたいくらいに」

「からかわないでください!!」

 恥ずかしがる僕を見て、笑い声をあげる。

 本当にやめてほしい。

「それはそうと、周防の推察はまこと正しい。この図書館に並べられている本はな、死者の記憶が込められておる」

「どうやってですか?」

「そこは妖術でとしか言えん。やり方は教えられぬし、教えても人の身では使えぬが、文字通り世界中を飛び回ったのには苦労したわ。尾から分身体を作れて全部で四人。その分楽になったのか、気休め程度でしかなかったのか、今では分からぬわ」

「何でこの場所を作ろうと思ったのですか?」

 膨大な労力と苦労を必要としたはず。

 よほどの根気か、あるいは強い意思がなければ出来ない偉業だ。

「周防、おぬしは若い。だからこれから色んなことを学べる。その中でも歴史というものは非常に大事だ。何故なら、歴史はやっていい事と、やってはいけない事の結果であると言ってもいいから」

「やっていい事と、やってはいけない事?」

「さっき読んでいた本がある棚には、主に差別や殺戮(さつりく)に関するものをまとめて置いていたんだ」

「じゃあ、僕が取ろうとしていたのは‥‥‥?」

「あれは広島に原爆が落ちた日の光景が込められているよ。それとは別に長崎のもある」

 事実を知ってゾッとした。それをさも当事者のように目の当たりにして、まともでいられる自信などない。

「すまない。最初に注意しておくべきだった」

「そりゃあ、怖かったですけど、僕だって取ってほしいと言うべきだったので、お互い様です」

「そうか。しかしわらわの気が済まぬ。もう夕刻であるし、詫びに料理を作らせてもらえぬか?」

「いや、でも‥‥‥」

「遠慮せずともよい。それに、(あやかし)が作る料理、一度は食べてみたいとは思わぬか?」

 正直、少し、いやかなり気になる。結局、ご馳走してもらえることとなった。

「召し上がれ」

「いただきます」

 白ごはんに焼き鮭と玉子焼き、そして味噌汁が用意された。

 ごはんは米粒のひとつひとつがふっくらとしていて、玉子焼きは甘めの味付けだったりと、そのどれもが美味しかった。

 僕はそれらを黙って食べた。

「おや、米粒が付いているぞ」

 頬に付いたそれをつまんで取り、そのまま食べられた。

「ありがとう、ございます」

 やっぱり恥ずかしい。それにスキンシップが過ぎると思う。

「ご馳走様」

「少しゆっくりしてから帰るといい」

「では、ひとついいですか?」

「何かな?」

 僕はずっと気になっていた疑問について尋ねた。

「何で、僕をここへ招き入れたんですか? しかもすぐにではなく」

 三笠はすぐに答えた。

「あれはからかってみただけだが、ここに招き入れたのはね、周防がまだ子供だったからだ」

「子供だから?」

「最近はどうも歴史を(うと)んじる者が多い。口では先の大戦の事を反省していると言ってはいるが、本当に何があったか知っている者は少ないのではないかな?」

 言われてみれば、僕も友人もあの大戦について全くといっていい程何も知らない。

 ついでに言えば、歴史の授業の時に寝ているクラスメイトは必ず一、ニ人以上はいる。

「だが、過去は学んでおくべきだ。知ることでどうして今自分という存在があるのか。先人たちは挫折した時、どのようにして再び立ち上がったのか。それらは全て自分がどのようにして生きるかの道しるべになる。だから、小さい頃に、時間がたくさんある時からよく学んでおくべきなんだ。ああ、もちろん食べるのも遊ぶのも大事だ。忘れないように」

「それは理解しました。でも、大人も読んでもいいんじゃないですか? 特に政治家とか」

 それに対し、三笠は首を横に振った。

「確かに、大人が後学のために読むのもいいだろう。だが政治家が読んだところで、周防の考えているように、争いが無くなったりはしないだろう」

 思わずエッ、と声を上げる。

「もし世界中の政治家に、ここにある戦争や差別に関する本を読ませたとしよう。確かに国家間の対立が減ったり、戦争が無くなるかもしれない。でもね、今度は非国家の、テロリストのような組織が戦争を吹っ掛けないという保証はない。それで彼らにも読ませたとしても、今度はマフィアや暴力団が争いを起こすだろう。さらに彼らに読ませても、次はKKK(クー・クラックス・クラン)のような、ろくでもない一般市民が争いを起こす。つまりは、戦争や差別をなくそうと、ここにある本を読ませるなら、対象は政治家どころではないということだ」

 とんでもないスケールの大きさに、非現実的だと自分でも分かる。

「それに、死者の記憶を基にしているから、複製など無理な話だ。読ませていっている間に、最初に読んだ人が亡くなっていてもおかしくない」

「そうですか‥‥‥」

「いけない、もうこんな時間だ。早くお帰り」

 スマホは午後八時であると示していた。

 慌てて荷物をまとめ、出て行こうとしたが、もう一つだけ聞きたいことがあったことを思い出す。

「最後に一ついいですか?」

「何だい?」

「あの、僕の名前は雪風って言ったんですけど、これはおじいちゃんが僕が幸運でいてくれるようにって名付けたんです。でも、その理由が分からなくて、それを教えてくれませんか?」

「それは自分で調べた方がいい」

「でも、何を調べたら‥‥‥?」

「駆逐艦雪風。これが手掛かりとなる」

 駆逐艦? 僕の名前ってそれから取ったものなの⁉

 それだけでも僕にとっては衝撃だった。

「また来てくれ。歓迎するよ」

「分かりました。それでは、さようなら」

 玄関をでると、最初の鳥居から出る。

 が、来た時と違い、空は黒かった。慌てて家へ急いで帰ったが、結局両親にこっぴどく叱られたのは言うまでもない。


「何読んでんの?」

 昼休み。僕は図書館で借りた本を読んでいた。

 太平洋戦争に、“雪風”に関する本を。

「ある人から聞いたんだ。雪風ってある駆逐艦に付けられた名前だとさ」

「なるほど、雪風のルーツを探っているのか。‥‥‥ところで、あの図書館って、結局見つけられたの?」

「‥‥‥内緒」

「え~、ケチー」

 この話は、あまり広めたくない。

 だって、休みの日は必ずといっていいほど足を運んでいるから。


                                     妖狐図書館・終


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