犬だって当然子殺しもする話
話のスジを直して一ヶ月。
己を正義だと疑わない胴間声で(事実正義ではあるのだが)男は自論を言い放ち、その音は空気の振動として蝋燭の炎を揺らす。
「こんな害虫のために衛兵の犠牲出す必要なんてないだろ」
正直同感。しかし。
「違法薬物を扱うマフィアを一掃するためですよ。間違ってもレオンファミリーを救うためではない。鼠の駆除のために河川を氾濫させるのを是とする方?」
何度となく繰り返してきた説明を再度するのは億劫という他ない。
融通が効かない、訳ではない。単純に優先順位が違い過ぎる。
「川と何が関係あるって言うんだ。ワケわかんねーこと言ってんじゃねーよ」
……いや、この頭の悪さもあるかもしれない。
ともかく、名前も覚えたくはない衛兵長と俺は、衛兵とマフィアの間にあるどうしようもない垣根を越えて尚仲が悪い。荒野なら死にかけても見間違いと断じて殺すくらいには。他なら命の危険にならない限りは、良き市民である俺は助けるよ。隣人を愛するつもりはないが。
「なに川とかわかんねーこと言ってんだって聞いてるんだが」
このウザさもポイントである。要は上司としての信任が置けないために満たされぬ自尊心を他所で満たすタイプである。
「はあ、誤射しても構わないよな?」
思わず殺意が口から飛び出てしまう。
「何?オレを殺そうとしてんの?」
しかし、殺意には敏感であった。内心の殺意にまで敏感であってほしいまである。
「聞き間違いでは?」
「……クソッ」
クソはこっちの台詞だよ。
◇ ◇ ◇
街に点在する俺達の拠点。よほど丁寧に突き止めたのだろう、見える範囲でもかなりがカバーされ襲撃されている。
レオンファミリーの最小三割ほどまでにその数を減らし、さらに情報が交錯する今、情報戦なんて甘っちょろいことはむしろ仕掛けられる側であった。ゆえに、残存している彼らは烏合に等しい。
所詮はマフィアであり世間様から忌避される麻薬を売り捌く悪の化身の一つであるレオンファミリーに対して、衛兵達が斟酌してくれることはないだろう。
そして。
「いいか!子爵様の命で連れていってやるんだ。間違っても命令権はこちらにあることを忘れるな」
俺が他のマフィアと通じているとでも勘違いしたのだろうか、俺は一人で様子を見に行くことすら許されなかった。
俺達を反乱分子だと考えているのであろう、客観的にみてそれは正しいが、俺は少なくとも考えたことすらない。人がわかり合うのはかくも難しい。
閑話休題。
公権力が夜半に堂々と街を出歩いていられるのは、公権力が依然マフィアに優越していることを示唆している。それで麻薬の蔓延を抑えられないとか公権力の腐敗が進みすぎである。もしくは、衛兵長という重要職を話しの聞けない男が務めているからだろうか。
おっと私情が入った。
燃やして欲しいようだなこの野郎と思わないでもない。いっそ誰かの誤射でぶっ殺させようかな面倒くさくなってきた。
げふんげふん。
早足で敵拠点のうち最大のそれへと向かっている時にソイツは現れた。
フラフラと所在なさげな中毒者特有の足下のおぼつかない様子ではなく。明確に目的を持って動く子供。
そこまでは大して問題ではない。
麻薬蔓延る街で、さらに遠くない場所で襲撃事件があったという背景事情を鑑みれば話は別だが。
いかな理由があろうとそれは蛮勇ではなく無謀の類いであり、悪人を寄せ付ける行動である。
「あのガキは放っておけ!」
優先順位の違う衛兵長をこそ放っておいて、俺は子供を吊るし上げ締め上げた。十歳になって間もないぐらいだろうか、矮躯は片手で持ちあがるには十分で、服で簡単に喉は締められるし両手足のどれも俺には届かない。
「いい夜だね、坊ちゃん。どこ行くの?」
俺の手を噛もうとしてきたため、軽く揺さぶって俺の手から顎を遠ざけた。
「おら答えろよ」
もしくは彼は麻薬の顧客なのかもしれない。しかし若い顧客を俺は大事にするつもりはない。
まあ話すまでは殺さないだけマシだろう。人が疑いだけで他人を殺した例なんていくらでもあるのだから、温情というものである。
「公僕の前で暴行とは良い度胸じゃねえか」
あれ、俺またなんかやっちゃいましたか?
冗談はさておき、まだ利用価値のある彼らに向けて俺は口を開く。
「こんな夜更けにしかも今日襲撃があったのにもかかわらず、一人で出歩いているなんておかしいでしょう?」夜警なんてしたことないならわからないのも無理はないが。
「暴行していることと関係はないだろう!!」
あー、これはマズイ。子供に希望を持たせてはいけない。こう言うとかなり倒錯的だが、尋問する相手にそのままでも助かると言う希望を与えてはいけない。当然口を割らなくなるからだ。
「おーけいおーけい。しかし、あなた方が私を殺すまでに、私が彼を殺せるでしょう」
で、お前はどうしてここに?
捻り上げながら再度問い詰めると、尋問の訓練など受けていない、すなわち情報漏洩として最も脆弱な少年はようやく口を開いた。
「こ、ころさないで」
そんな誰でも吐ける言葉のために時間を使っているわけじゃない。
「お前は、どうして、なんの目的でここにいた?お前に命令していた奴がいた筈だ。答えろ。場合によっては上を売ったお前を助けてやる」
「オレがどうなっても良いから、ねえちゃんだけは……」
マフィア相手に交渉とは良い度胸をしている。尚褒めてない。俺の親父殿は別のマフィアとの交渉の場でぶっ殺されやがった。あー乱世乱世。
「まー質問に答えろよ。俺も暇じゃない。もしちゃんとした情報を渡してくれるのなら、かっこいーおにーさん達が助けてくれるかもしれない」
「そこまでだ人間のカス。息も絶え絶えだろうが。その手をとっとと離すんだ」
「カスとは失敬な。カスも肥料にはなりますよ。見た目見窄らしい格好ですが、肌艶は年齢を考慮しても栄養状態は悪くないことを示唆している。だいたい一日一食は貰えているでしょう。また男にも関わらず殴打痕が顔面に見られないことからそれなりに丁重に扱われていたのでしょう。そんな彼が何も持っていない?それは都合が良すぎる」
パッと見て分かる外見的情報にばかり踊らされるから俺達程度に出し抜かれるんだよ、カスが。
孤児院であってもよほど経営がひどくなければ食事が出るだろう。孤児院から逆算すれば、子供の名前も割り出せる。どこぞの不貞を暴く探偵のようなことをしているが結局やってることは同じと言えるかもしれない。
「嘘をついてみろ、その首焼き切ってやる」
犬歯を向いて脅しをかけると、ようやく観念したか子供は口を開いた。
「……マフィアのバルジーニ・ファミリーがオレを脅したんだよ。従わなければみんな殺すって」
「嘘をついたら焼き切るって言ったよな?」
「い、いや!いやいや!オレ嘘なんてついてねーし!」
「いんや、お前は一つ噓をついてる。身柄の安全、それだけで報酬になるだと?そんなことはあり得ない。お前は何かしらで飴を貰っているはずだ」
労働には対価が必要だ。
人を縛るのが得意なマフィアが、誰にでもできる人心掌握術を実行していないわけがない。ましてや子供は将来の顧客だ。信賞必罰、何かエサを与えて敵味方識別信号をバグらせる。ただ恐怖で縛る方法もあるにはあるが、マフィアが乱立し勢力図が均衡の中で細かく変動しているのに暴力一辺倒では麻薬を扱い沼に落とすなんて芸当はできない。
「飴?そんなもの貰ってないけど?」
……ばっっかじゃないの此奴?と思わず口から出そうになったが、相手は孤児、と心の中で三回唱えて事なきを得る。俺も少し動揺して気が回らなかったらしい。反省。
しかし同時に、想像以上に信頼できない語り部であることを俺は認識した。
「飴ってのは何か利益の例えだ」
俺への圧力を強める衛兵共の悪意が今は心地よい。
「あのにーちゃんたちには小麦粉や卵、肉とかもらったけど」
「バカなの?死ぬの?」
あ、やべ。ついに本音が。
「麻薬まみれの街で対価もなしに供給される食糧なんて、何が入っていたかもわからない。コカインやその他薬物が含まれてもおかしくないだろうよ」
知ってるだろ?うまい話には裏がある、って。もちろんそれを知ったうえで食うことは止めやしないが、十年近くも生きているにもかかわらず食べ物を無邪気に口に入れるなんて馬鹿すぎるだろ。―――ああ、もちろん、似たことを俺がやっているが故の話である。よほどの間抜けでない限り生き血とアルコールその他のごちゃ混ぜを俺が売っている時点で想像がつくだろうさ。
愚かさに気付いたのか顔をゆがめる様子に少し笑ってやりたくなるが、相手は子供でかつそんな場合じゃない。
笑いを奥歯で噛み殺し、俺は言葉を続けた。
「で、ユーはどうしてこんな時間に?」
「俺は言われて伝言を伝えに」
ほほほ、繋がった、ね?
「教えろ」
◇ ◇ ◇
「クソが、なんで衛兵なんか連れてやがる」
俺が首をしっかり踏みつけているにも関わらず、明瞭に声が聞こえるのは、はて、骨伝導とかいうやつだろうか。
やはりというべきか、子供の伝令を伝えるべき相手はマフィアだった。
「まだ喋れたんだ」
子供もいるがそんな些事に気を遣うつもりもない俺はその場でダン!!ダン!!と勢いよく踏み付けて息を強制的に止める。これはマフィアでも麻薬に溺れた奴らでもそうそう耐えられない。
「お前に話すことなんてないんだよ。お前は死ななきゃならん。そこにお前の意思なんて関係ない」
やっぱり今殺そう。そう脳裏をよぎると同時に相棒の口から発せられた熱線がその脳髄を焼く。
「……ロナ・ファミリーにはある程度報いを受けてもらう必要があるんですよ」
誰に呟くでもなく言う。
ロナ・ファミリーにはレオン・ファミリーと同等にまで能力を喪失してもらう必要がある。そこまでいけば、むしろ勢力図云々という話ではなくロナとレオンの大喧嘩という構図に収めることができる。
間抜けなレオンが不意打ち食らっちゃった、なんて世間体を気にしているのではない。いや総合的には考慮に入れるが主眼ではない。要は、レオンとロナ双方がある程度矛を収めなければならない程度に被害を被ることだ。それならば、介入してくるであろうマフィアに対抗できる目が強くなってくる。
常に虎視眈々と周囲が落ちぶれていくことを願い時にはその手助けをするがそれは相手にとっても同じこと。
ロナ・ファミリーに対する反撃の狼煙はあの教会だが、アレは間違いなく俺という不安要素がどう動くかを知らせたはずだ。では、マフィアとかいう個々で戦略的に動くことを許さない組織で意思決定を下し末端まで命令を伝達することを考えるとあの子供が伝令役だったのだろう。その証拠に伝令役という紐で繋がった片方にはマフィアがいた。
『飼料用の粉末貝殻500キロ』
伝言の内容は、要領を得ないもので、一見承認が扱うにふさわしいかもしれない情報だった。内陸で貝なんて取れるわけでもなし。おそらく一定の符牒で意思決定を連絡していたのだろう。
それでも、いくつか背景情報を補助線にし、出題傾向を掴めば難解な図形問題だって解ける。
俺は歯噛みする。
酒場など人間が集まる、つまり空間に占める情報密度が高い場所を利用しすぎて孤児などを利用した情報網構築など思いもしなかった。尤もそれで制御できる情報量というのは管理できてもそう多いものではないし、子供ということで抜け漏れが発生することを考えるとリスクが大きいものである。麻薬に汚染された大人も同じだろって?それはそうだ。
的確に情報を集めるセンス以外に符牒とリスクヘッジが必要な、繊細な情報網はおそらく俺に教会をけしかけたロナ・ファミリー側にいる黒幕によるものだろう。もっと人員を割いて、教育して、リスクヘッジして、とすると考えるだけで目眩がする。
もしこれからも同様に情報網を構築しこのように目につきにくい形で行われていたとしたら?同様の不意打ちを受ける可能性がある。
怖くて怖くて、奴ら全員焼き殺してやりたくなるね。
マフィアが通常直接食糧を扱うことはない。なぜなら村から食糧を買い上げたりといった市場経済的に非効率的なそれは麻薬のそれと比べて圧倒的に利ザヤが稼げない。ゆえに、行商などを支配下に置く形での間接統治が一般的だ。同時に、レオンファミリーが他マフィアを装って他マフィアの軋轢を増やし力を削ぐのと同様に、泡沫マフィアが大手の名を騙るのもよくあることであった。
ゆえに、子供が口にしたバルジーニ・ファミリーという言葉も吸血鬼を殺す銀の弾丸たり得ない。
「クソッタレ、何も聞かないまま殺しやがって。俺が衛兵長だぞ」
「私以上にマフィアに詳しいものなら是非ともご教授願いたいものですな」
「チッ」
「初歩的なことだ、この程度で簡単に口を割る人間から出たバルジーニ・ファミリーは絶対的に本体ということはあり得ない。ならば、組織的な抵抗力を残しているのはロナ・ファミリーになるでしょう」
これぐらいの皮肉なら通じるのかと嘲笑交じりの驚きをまじめ腐ったツラの裏に隠しつつ、完全に沈黙させるべく毒を放つ。
「分かりますか?レオンファミリーが潰された暁にはロナとバルジーニの一騎打ちだ。当然麻薬により痛覚も恐怖もなくした怪物が、腕や臓物を失ってでも殺し合う地獄絵図が見れますよ」
尚、一般人も麻薬汚染された挙句に使われるのは間違いない。みんなで地獄をパンクさせようぜ!キャンペーンでもやるつもりなのだろう。
今の均衡は、三つ巴だからこそ成立しうる。
では、仕掛けてきたロナを潰せばどうなるかも想像に難くないだろう。バルジーニが一人勝ちとも見えるが、吸収されたレオンやロナの残党が不安分子となり、しかし彼らなしでは麻薬供給体制も支配体制もままならない。そこには他のマフィアが付け入るスキがあるからおすすめしないな。泡沫マフィアが台頭するリスクもある。殺した敵が実は穏健派でその後状況が悪くなるなんてよくあることで。ちなみに、ロナとバルジーニが裏で組んでいた場合も考慮しているが、その時は俺はこの街なんぞ見捨てるまである。
ーーーだから、ロナとバルジーニの力を削ぐ為に協力しろ。
俺の含意は余すところなく伝わったらしい。つくづく世界の共通言語は暴力ではなく恐怖である。
おっと、そろそろ足手纏いも追いやっておかないと。
「で、今度はマフィア数人なんて規模じゃないはずです。十人、もしくはそれ以上。守りながら戦うのも限界だと思われます。その子の住所である孤児院も特定され攻撃されてもおかしくないので、詰所かそこらで一時的に預かることをお勧めします」
「てめえなんぞに提案されるまでもねえ!……元々そのつもりだ。連れていってやれ」
◇ ◇ ◇
その晩、空っぽになった衛兵詰所で一人の少年と一人の衛兵は死んだ。
翌朝戻ってきた衛兵により発見された遺体のうち、特に少年は両手足と首で切断されたバラバラ遺体で転がっていたと言う。
ギミック詰め込みすぎて削っての繰り返し。
完全一人称が崩れるところだった。