表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

犬の先祖はオオカミな話

ころなってたいへんね、馬鹿でもかかるんだから風邪じゃないわ



こんがりこんがり、丁寧に。

パンを焼く窯のように、蒸し焼き状態では水はむしろ不快指数を上げる。

燃えている。全て燃えている。


燃え上がった炎を前に「まだ死なないかな」と俺は時間を測る余裕さえあった。

どうせ俺なら教会すらも賄賂で買収しようとすると思って、直接手を下しに来たんだろうが、集団は基本炎でまとめて熱消毒するので。数は俺に利する。


そんな中、左足を引き摺るように教会跡火災現場から逃れようとしている男はとってもよく目立った。


「ぐっもーにん若いモン、調子は如何?」

「ーーーちっ。外見てから言えや、もう直ぐ夕方だよ」

分かって言ってんだよ。手前のファミリー燃やした炎で朝みたいに明るいねって言う皮肉だよ分かんないよな。


ともあれ皮肉を解説するほど無駄なこともそうこの世には無いだろう。

「矢玉かなにかでもあるまいし、もっと命は大事に使ったらどうか?」

命は大事だよ、一回しか使えないんだから。


俺の皮肉を心で理解してか、苛立った様子の男は吼える。

「散々殺しておいてお前が言うな!」


「ああ、失敬失敬、怒らせちゃったか。俺が本当に欲しい情報はただ一つ。どうやって俺の情報を掴んだ?暗殺もたった二度で抑えるなんてあまりにもならずものとしての自覚がないじゃないか、えぇ?」

「誰が教えるか!」

おや残念。とは言え俺のファミリーは麻薬を取り扱うとは言え規則(ルール)を守り守らせる関係上、あまり規則(ルール)から逸脱するような薬物は取り扱っていない。そう、たとえば自白剤のような効果を発揮する薬物だとかは他のファミリーに一日どころか百日の長がある。


薬物的に吐かせることができない、それは爪を剥いだり目を十時間以上開かせ続けるなどの古典的かつ安全な拷問ぐらいでしか情報を抜き出すことができないわけで、強気の発言には一定の見立てがありそしてそれは一定程度正しい。


でも、当然そんなローテクに甘んじている俺達も学習はしている。

最終的に全員、殺せばよいのだ。


根切りは完全に憂いを断つことのできる手段であるが、昔からそれを完全に行えていたわけではない。おそらくマフィアの歴史において、脈々と受け継がれている歴史を断つと言うことは難しく、そして簡単だ。


抵抗する気力を失わせるほどの影響力を未来永劫保持し続ければ、問題はない。


今の所、散らばったロナ・ファミリーの残りがどれくらいの数になるか想像もつかないが、要するに俺達が街で最大の影響力を発揮し誰も俺達を陥れようとする協力者になりたがらなければいい。

俺の意を適切に汲み取った相棒が再度気炎を吐くのを宥めながら俺はもう一つの懸念事項を口にした。

「それで、あなたの相棒はどこに行ったのかな???おそらくお前が教会から出てきた時に分かれたんだと思うけど」

「教えると思うか?」

「いやまったく?」

しかし、それ自体が答えでもある。

聞きたいことも一度は聞けた俺は死刑宣告をした。


「死ぬなよ」

そんな言葉とは真逆の死刑宣告に男が抵抗の声を上げた瞬間、炎が男の体を包み、二つ目の火柱が出現した。

「やめっ、ギャアアアアアアア?!」

大きな大きな叫び声は呼吸がうまくできていることの裏返しだ。


それに、実際それほど熱くはない。


だって、

ぱんぱかぱーん。

「ウルトラ上手に、焼けましたー」

熱感覚と痛みの神経が通る表皮深くまで焼いたのだから。

男の深部感覚で立っていられようとも、全身の皮膚という最大の臓器が破壊されたことによるダメージは計り知れない。


第三度の熱傷が体表の80%以上。当然少し生き長らえようと、感染症や何かで死ぬだろうね。皮膚なんてものを移植できる人間がいるとも思えないし、高度な医療技術を持っていても、マフィアなんぞに数ヶ月も付きっきりで気の抜けない看病などそうできるわけがない。



故に緩慢かつ凄惨な死は、数分かけてなされる確実な焼死よりもリアルで脅しの効果はより大きくなる。

安全安全。


いや、少しだけ問題があった。

ジタバタと手足を矢鱈に振り回す男の表皮は早速裂けていく。

また、火力をサーブする過程でゆで卵みたいになった水晶体は何も映さない。

耳は……どうだろうね?

鼓膜は場合によっては焼けているかもしれない。十中八九問題ない。


まさにストレスを発散しきった子供のように満足げに腕の中でけぷりと気炎を吐く相棒の、艶めいた毛皮の乱れを整えるように撫でて俺は再度問いかける。


「聞くが、答える気はあるか?」

「俺の命が尽きるとしても……!!」

あちゃ~、意地になっちゃったか。でも自分と、自分のコミュニティ以外の命なんて塵芥でしょ。全人的な愛(アガペー)とかあるなら宗教でも旗揚げしてると思うし。いや?その前に宗教弾圧に潰されてるかなHAHAHA。


身悶えて動くから。

肉体を保護する筋肉のリミッターが外れたように暴れる男をむしろ苦しみから解放してあげようとはやる相棒を宥めるのに苦労する。


教会にちなんで磔にするのもいいが、それだと数日で命を落としてしまうしな。もっと長く、強く怨嗟の声を上げ続けてほしい。

公衆の面前で潰れた声で、自分がもはや何を言っているのかもわからず無様を晒して死んで欲しい。


出荷を待っている豚のように理想的な・・・というと豚に失礼か。豚なら使いどころあるけど人畜生など肥料にも寄生虫の関係で難しいかもしれない。


「悪いけど俺も暇じゃない。Have a (よき)good die(死を)!」


玩具の跡片付けができない大人は、燃え盛る教会に男を押し付けて処分することにした。

燃え盛る熱気で、すぐには焼け死ねない量の熱量で内側から焼かれて死ぬ気分はどうだ?


さながらオペラのコーラスのように必死に上げられた苦鳴は俺の気分を良くさせる。

……っと、いけないいけない、相棒に精神面が引きずられる。


◇ ◇ ◇

汝姦淫することなかれというのは、逆に言えばそうやって縛らないと人はやるってことだ。全人的な愛(アガペー)なんてお題目を教会が掲げるのも、常人には到底できないからだ。


見も知らない人間の死を両親兄弟はたまた妻夫と同様に悼める人間がむしろ少数派であり、他人を嘲笑う本性が全くない人間なんてものはむしろ頭がおかしいといっていいだろう。


同様に、マフィアの裏切りを禁じる規則(ローカルルール)も裏切りが存在しているからこそ禁じているんだ。

聖書にも兄弟が殺しあう展開があったようななかったような。まあいい。


インスタント火葬というパフォーマンスを経ても、俺に対する直談判を経ても、虫が身中にまだいるだろうことは今更論じるまでもない。


故に、ファミリー全体が拘束されている今こそ自由に動くことができる好機だ。


「ふざけたことを言うな麻薬商人。所詮お前の代わりなんていくらでもいるんだ。今の体制を維持できないのならいっそとっとと死んでしまえ」

「そんなことをおっしゃらないでください。私と領主サマの仲じゃあないですか」

多くの人間を麻薬という底なし地獄に落とし込むという悪行に手を染めるにあたっての共犯者。

勿論主犯は俺だが、制度を整えたのは、間違いなく目の前の人物だ。

俺ごとき酒を飲んでも問題ないとでもいうのか、ワインなぞを片手に俺の話を片手間にしているのは、腹立たしい。


お互いに軽蔑し合う間柄、かつその軽蔑しているもので強固に繋がるという矛盾。感情だけで生きていけないほどに社会を拡大してしまったのが人間とかいう馬鹿だ。

同時に、その悪感情を表せるかどうかで権力の差が表れる。

「もちろんタダでとは申しません。麻薬に浸りきっている戦士階級の皆様。そのリストを献上しましょう」

俺が用意したのは公務員である戦士階級のリスト。祖父の代から仕えているやつらもいるが、麻薬に身も心も依存してしまっては戦闘行動に到底耐えられない。

「お前が麻薬などを持ち込まなければ…!!」

「……」

俺はばしゃりと頭からかけられたワインを何も言わずに受け止める。

しかし、だ。麻薬蔓延を止められなかった、つまりそれだけの不平等を放っておいたのはお前の責任だ。その結果としてお前は麻薬を合法化せざるを得なかった。


権力という権利と義務とはワンセットだ。統治する義務を十全に熟せなかった。前提が他所と比べてどうとか関係ない。それだけなんだよ。


俺は垂れてくるワインを避けるように伏し目がちに、内心の怒りを目線から悟られないようにした。


「で、リストはどこだ?」

「ここですよ」

俺のこめかみをコツコツと叩く。

「麻薬でラリった脳みそなんぞ信用できるか」

「麻薬なんぞ私が自ら摂取するわけがないのはご存知でしょうに」

麻薬を用いた自白剤の精度でも、脳髄の情報を正確に取り出すには至っていない。そのことは、俺が古典的な拷問に遭う危険度を上げると共に、自白剤を使われる危険度を下げていた。釣り合わないが、俺の価値は相応に高まっている。


「早くその脳味噌の中身を渡して死んで貰いたいものだ」

俺はそう思ってないけどな。麻薬に溺れた街など子供に継承させるには厳しすぎる。この街と一緒に焼け死ぬ以外に道はないだろう。そこが彼我の差だろうか。

「喜べ、衛兵長に協力するよう命令してやる。お前の部下はどうなっても良いんだったな?」

「……はい」

上位者からすれば、麻薬を扱うマフィアなどいくら殺しても殺し足りない。生死不明の俺の家族(ファミリー)がどうなろうが構わないのだ。

俺はうやうやしく頭を下げて、その下で奥歯を噛む。

愚か、あまりに愚か。生死不明から死亡確定にするために頭を下げるのも愚か。


曲がりなりにも、たとえ裏切りがあったとしても家族だった。彼らを路頭に迷わせ誘拐や盗賊、強盗といったちゃちな裏稼業に就かせないためのマフィアだ。だとすれば、俺一人で人を雇って多少麻薬を売り捌くことができようとも、なんの意味もなさないことになる。ここで虚無主義が俺に牙を剥いてくるとは、「持たない者は奪われることもない」ってか?そうやって考え直してみると笑いたくなるな。



「……ああ、それと」

あることを思い出して俺は振り返りざま声をかける。

「隣の青い芝、なんていうんでしたっけ?男爵領?も汚職に塗れて腐敗が進んでいるので、滅ぼすには十分な証拠が腹を探れば見つかると思いますよ」

「いつの情報だそれは?」

「麻薬によるアッパー効果ですよ。とは言え裏取りは済ませてあります。あとは煮るなりご随意に」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ